第百十話 もしかすると一番大きな差は……
結局、ミナトはいつも通り振る舞っていた。
あの巫女さんを見た時の様子は絶対に普通じゃない。
確かに普段から普通じゃないことだらけだけど、それでも確信が持てる。
これまで色んな事に驚かされて来て一番印象に残っているのは、フレアさん達と一緒にミナトの家に行った時。
突然の出来事すぎてよく分からなかったけどあの時の表情は僕に大きな影響を与えたと思う。
そしてそれは多分僕だけじゃない。
あの場に居た全員がそう思ったと思うし、少なくともフレアさんはあれから少しだけ変わったように見える。
過去の事は気にしないって決めてはいたけどあれを見た時は流石に揺らぎかけた。
それでもう一度考え直して、まずは隣に並べるようになってから。またそう決心したのに。
ふと思ってしまった。
本当にこれでいいのか、と。
あの後、森でミナトを見つけた時。
一言目に言われたことは、「大丈夫」だった。
絶対大丈夫なんかじゃないって心では分かってたのに、僕は追求する事は出来ず。
結局何も出来ずにただその場に立っている事しか出来なくて。
一晩経った今でも不安に思う。
合宿最終日。
「よし、数日間でこれはかなり上出来だな。流石だぞ」
滝に打たれながらの瞑想は今朝も行い。褒めてはもらえた。
ミナトの様子もいつも通りに見える。
それでも拭いきれない不安はどうしても出てきてしまう。
「あのさ……」
「ん?どうした?」
{言った方が、聞いた方が良いのかな。それとも……触れない方がミナトの為になるのかな}
悩んだ。
言い始めるまでに散々自問してきたはずなのに、それはちゃんと済ませたはずなのに。
いざ口に出そうとすればやはり不安が心の中から湧き出てきて止まらない。
「……そう言えば今日最終日だけど何やるんだろうね、昨日あんな事あったからもう一回演習するのかな?」
結果、僕は逃げた。
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体が温まったら宿舎の方に戻った。
その時偶然巫女の人と鉢合わせたけど……。
ミナトはいつもみたいな様子で挨拶をしていて。
昨日の事を謝り、再び感謝を伝えてから一言二言だけ言葉を交わして別れた。
いつもみたいな様子。普段よく見ているミナトのはずなのに、僕には必死に取り繕っているみたいに見えた。
最終日のプログラムは、演習の時と同じ班でクラス対抗戦をする事になり。
聖魔祭の個人戦を班対決でするようなルールで。
クラス対抗、なのでミナトとクロム君の再戦を期待する生徒は僕含めそこそこ居たようだけど。
結局そうはならず。クロム君はルチアさんの班と試合をしていた。
ミナトは相変わらずの動きで班を勝利に導いていたけど、僕は変になってしまったのか。
いつも通りの動きでいつも通りの指示と表情をしているのにまたしても取り繕っている様に見えてしまった。
一度考え始めれば思考がそういう方向に引っ張られてしまう。
と聞いた事があるのでそのせいだと自分に言い聞かせるようにしながら、残りの合宿時間を過ごした。
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荷物と一緒に馬車に乗り、合宿所を後にする。
「いやーマジでキツかったなこれ……筋肉痛めっちゃヤバいし」
「これ位でなきゃ意味が無いんだろ。確かにしんどくはあったがいい合宿だったと思うぞ」
「僕も有意義な時間だったと感じているよ!皆と高めあう事が出来たからね!」
「ほんとテンション高いなお前、でも言いたい事がちょっと分かるのもなんかなぁ……」
馬車の中では皆が楽しそうに話していたけど、あまり会話には入れずにいて。
本当に自分はこのままでいいのか。
そう自問自答するばかり。僕が出した答えも固めた決意も、結局揺らぎっぱなしだ。
今丁度馬車も山道でガタガタしているから集中できないのか、思考も纏まらないでいると突然。
「全員伏せろ!」
ミナトが叫んだ。
次の瞬間何か凄い音がしたと思ったら馬車は転倒。
ここ以外にも多くの馬車が、上から振って来た木や岩で倒れていた。
{なんだ、何が起こった!?事故?それとも魔物が近くに……}
事態が分からず動けなかったのは二~三秒位だったと思う。
僕が何が何だか分からない間でも時間は止まらないし、動ける人は動く。
「先生頼みます!」
馬車が倒れてから十秒経ったかどうか位の時、再びミナトが何かを言う。
またしても僕は何も分からない。
しかし見えたのは、頼みますと言われたミケーレ先生が助走をつけてから高く飛んだ事。
そしてそれとほぼ同時にミナトが恐らくそこから木や岩が降って来たであろう崖の様に高くなっている場所に走り出した事。
とにかくマズいと思って僕が立ちあがって周囲を再び見渡して、多くの生徒が倒れている事を確認した時。
上から先生が降りてきて、既に体が塵になり始めていた羽の生えた魔族とフレアさんを抱えていた。
{フレアさん?それにあれは魔族!一体何が起こってるんだ……}
分からない。
事態の把握は遅れてしまったが、思考を止めるな。その教えを守る為に必死に頭を回す。
恐らくミナトが先生に頼んだのはフレアさんの救出だ。
羽の生えた魔族が掴んで行ったのかなんなのかは分からないが、とにかく連れ戻す為に動いた。
そしてそのミナトは、恐らくこちらを狙って障害物を落としてきた奴を追いに行った。
ゆっくりでも現状を理解しようと必死に考えた。
でもその時、全ては終わっていたようだ。
「アイク、フレアを頼む。もしかすると怪我してるかもしれないから救護の先生の元へ連れて行ってくれ」
魔族を倒した先生が指示を出す。
負傷の少なく自力で立ち上がっている者を選んだだけで、なにか特別な理由は無いだろう。
「分かりました……」
先生は僕にフレアさんを託した後、ミナトを追って森の中へ入っていった。
周囲の生徒達は互いに助け合って馬車の中から脱出したり、他の先生方も指示を出して動いていた。
では僕はどうだろう。
確かに事態の把握に関しては速かった方かもしれない。
だが実際に行動を起こしたのは僕以外の人達で、ただ突っ立っているだけだった。
{……今はそんな事考えるときじゃない!先ずはフレアさんを他の先生達の所に連れて行かないと。
そしてその後は動けずにいる人達を助けるんだ、出来る事をやれアイク。落ち着くんだ}
必死に自分に言い聞かせながら、行動を起こし始める。
実力だけでない差を明確に感じて。
どれだけ動揺して困惑しても、時間は止まってくれない。
僕が立ち止まっている間にも他の人は動き続ける。
誘拐事件の時よりも更に強い無力感が湧いて来たとしても。
動き続ける以外に選択肢など無い。
この合宿編、および今章ももう直ぐ終わります。
物語の節目かと言えばそうではありませんが、一応形式上ね。
今後もアイク達の成長は止まりませんし、ミナトの周辺には更なる試練が待ち構えています。
これからもどうか何卒!