第百九話 運命は巡り、いずれ収束していく
(!始まったか……)
アイクが連れて来たと言う巫女の一行が祟り神討伐を開始した事を感知する。
魔法とは少し違うが感覚的には非常に似ている反応だ。
(にしても凄いな、、、霊力って言うんだっけ?
ここまでの聖のエネルギーを感じたのはケレス以来か)
厳密には魔法と違うらしいが系統は似ている。
今も語り継がれている伝説の聖女ケレスと同等の反応、という時点で今回来ている巫女の実力の高さが伺える。
ミナトはまだ彼らを直接見てはいないが、戦いが終われば感謝を告げに行って話してみようと考えていた。
役割がハッキリした現在自身の役割は周囲の魔物の警戒。
それは忘れずキチンといつも通りの動きで迫ってくる魔物達を次々と斬り伏せていく。
(ここまで来れば本当に耐えるだけでいい。
最後まで気を抜かずに、、対処し続けるんだ)
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(最後まで、対処……)
一行が到着してから更に数時間が経過。
どうやら戦いは長期戦となっている様だ。
(長ぇ、、、そういやあん時も時間かかってたっけ……んで今回は前回と違って人数も少ないからさらに時間が掛かると……)
思い返せば、以前戦った時もそうだった。
しかもその時は近くに神社があった為神職達の人数も今回より多く、更には専門外とは言え圧倒的な実力のあったケレスも居た。
だからあの時間で済んだものの今回は……人手が足りない。
苦戦したりしている様子ではないが単純に時間の掛かる相手なのだろう。
如何に無駄な動きをそぎ落とし体力を維持させる事に長けるミナトと言えど、流石に疲労が溜まって来ていた。
そんな時。
ふっ、と反応が消える。
(終わったっぽいな……長い間戦ってたのは俺だけじゃない。
あの人達にお礼言いに行かなきゃ、別にもう動けないって程でもないし)
討伐が終わった事を探知し現場に向かおうとするミナト。
重い体を動かして森の中を進んで行くと、一行が見え始めるまで十分も掛からなかった。
(あ、居た。先生もアイクも来てたか、なら丁度いい。一緒に……ぁ?)
先に来ていた彼らと一緒に礼を言おうとした瞬間。
巫女の一人の顔が視界に入る。
「!ミナトーこの人達だよ!助けに来てくれたの!」
少し離れた位置で止まっている彼に気付き、アイクが気さくに声を掛けるが。
いつもの様な反応は返ってこない。
ゆっくり近づき、もう一度巫女の顔を見つめるだけ。
「あの、、私の顔に何か付いていますか?」
彼女が困惑するのも無理はない。
まるで死人でも見ているかのような顔をされたら、誰でも戸惑ってしまう。
「……」
ミケーレも異変に気付くが様子見の構え。アイクも同様だった。
(綺麗な黒髪、大きくて輝いている様に見える瞳)
似ている。
もう顔を思い出す事すら困難なはずなのに、そう思った。
何百年も前の人間と似ているなんて。そんなはずはないと分かっていながら。
「……助けに来てくださってありがとうございました。
自分は、、残滓が飛び散っていないか確認してきますね……」
明らかな作り笑顔を浮かべてから、ミナトは再び森の中へ入っていった。
祟り神の纏っている靄が魔物や植物に飛び散り。
それによって稀に祟り神復活の元になったり、凶暴な魔物へと変貌する事もあるので残滓の処理は大切な工程だが……。
明らかに様子が普通ではない。
彼が立ち去った後、結局何もわからず困惑しっぱなしの一行らにミケーレからのフォローが入る。
「すみませんうちの生徒が無礼な態度を…」
「いえいえお気になさらないでください、きっと長い間の戦いで疲れていたんでしょう」
「普段はああいう事をする奴ではないので恐らくそうだと思います。
もう日も沈み始めていますし、今日は宜しければうちの宿舎に泊っていかれますか?」
彼女は一応周囲の男達に相談をしてから、結局その提案に乗り。
今夜はここで泊っていく事になったそうだ。
見たところ、巫女の彼女がこの一行の中心人物らしいが。
それはあくまで除霊であったり実力的な部分で。それ以外の生活面は周囲の者達がサポートしているようだ。
実際、相談していた時も決定していたのは男の方であった。
{ミナト……}
それよりもアイクが気にしていたのは、明らかに不自然な様子で行ってしまった彼の事。
何故あんな顔をしたのか。彼女の顔を見て何を思ったのか。
全く分からない。
しかしその時、またしてもフォローが入る。
「アイク、あいつの事気にしてるんだろ?後で話でも聞いてやれ」
実に先生をしているミケーレに、自信なさげなアイク。
「でも話してくれるでしょうか……特に今回みたいな事は」
「分からないもんだぞ?私から見てお前の事はかなり信頼している様に見える。
あいつだって完璧超人な訳じゃない、誰かに寄りかかりたい時があるはずだ。
それは本来私たちの役割なのかもしれないが……今は友達、って奴が必要なんじゃないかと私は思う」
友達、というワードが出てきた事に。
何かの違和感を感じつつも、もしミナトの為に出来る事があるなら。
と奮起し。何かを決めた様子だ。
その様子を見て安心した表情を浮かべる彼女は、本当に先生をしている。
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一人森の中で、座り込んで起き上がらないミナト。
頭に思い浮かぶのはさっき見た彼女と、彼女そっくりな昔の知り合い。
そしてその姉だった。
(カヤ……なんで、なんで今になって思い出すんだろうなぁ……)
かつて鬼人と呼ばれる程恐れられたミナトは、本当に復讐の鬼だった。
仲間たちと軽口を叩くことはあっても。
旅の最中彼の頭の中は復讐の事でいっぱいでそれは時折仲間達に危惧される程。
そんな彼の道しるべだったのが。
正確にはそれに成りかけたのがサクラ、という少女。
彼女は復讐しか頭の中になかった彼に世間一般的言われる普通の幸せ、を教える事が出来た唯一の人物だった。
これは生まれてから誰よりも長い時間を共にしてきた親友のアレウスですら成し遂げられなかった快挙と言っていい。
しかしそんな彼女も亡くなってしまった。
奇襲を仕掛けてきた災厄の六人に狙われた彼女をミナトは守る事が出来なかった。
姉の死を誰よりも嘆いたのは妹のカヤで、いつまでも泣き叫んでいた姿が彼の頭にこべりついて離れなず。
鬼人のミナトが動けなくなる程心を痛め付けられたあの時から。もう四百年。
(随分酷い偶然もあるらしいじゃないか……)
記憶は一瞬で蘇った。
思い出せなくなっていた顔も、声も、仕草も。
あの時に置いてきたはずの全てが、今度は頭から離れない。
「……俺は、、自分の心はもっと強いものだと思ってたよ。
なのに駄目だな……お前の事になると本当に弱いや……サクラ」
彼女の妹カヤにそっくりなあの巫女は、実際子孫である。
ヤマト族同士で血を繋いできた事で顔が似ていたのだろうが、それでも神のいたずらと言える偶然だ。
ミナトの精神は、強く並大抵の事で崩れることは無い。
だが彼にとって昔の大切な者達は最大の弱点と言える程かけがえのないもので。
どうすることも出来ないものだ。
しかし。
もし……もしその弱点を克服できる時が来るとすれば。
それはその大切な人物たちと同じ位に大切な人が、今に出来る事だ
どこか心を昔に置いて来てしまった彼を変える事が出来るのは、これからの未来であり今。
簡単な事ではない。
これからの事なんて誰にも分からないから。
ただ一つ確実なものがあるとすればそれは……。
「はぁっ……はぁっ……」
必死に彼を探すアイクが、その重要なカギである事は間違いないだろう。
サクラはミナトの初恋の人、に当たる人物です。
名前から分かる通り彼女もヤマト族で、今回心の中で思っていたように綺麗な黒髪と美しい瞳を持っていました。
それから、どこか視線が引き寄せられるような不思議な雰囲気を纏っていた彼女はミナトにとっての光そのもので。
彼の人生の中でもしかすると、一番幸せだった時期はそんな彼女と過ごすことの出来ていたあの時だったのかもしれません。