第百八話 繋がり始める思い
「で、実際対処法はあるのか?」
「ないですね」
「まったく……」
逃げ遅れていた生徒達も送り届け、いよいよ祟り神への対処に当たる二人だったが。
帰ってきた言葉は端的かつ絶望的。
それも平然と言って来ているのが尚恐ろしい。
「あらゆる物理攻撃も攻撃魔法も効きません、今自分達で出来る事は少しでも長く気を引いて時間を稼ぐ事。
こいつを倒せる戦力が揃うまで持ちこたえる事です」
「そうなるのは分かっていたが、思っていたよりも普通に言うもんだから驚いてしまったよ。
他に気を付けなきゃいけない事は?」
「あいつを覆っている靄みたいなやつあるじゃないですか、あれ触れたら即死レベルなので気を付けてください」
「本当に、、、聞く話全てがとんでもない」
呆れてしまうのも無理はない。
聖魔法以外のあらゆる攻撃は意味を成さず、体の一部に触れれば即死。
日常生活の中でこの話を聞けば嘘だと即否定されるだろうが、目の前の怪物を見れば真実味を帯びてくるし。
なにより言っている人物がミナトで、聞いている彼女も少々特殊な眼を持っているのが納得できる理由だ。
{私の眼は解析向きじゃないが……話に嘘がない事位は感覚でも分かる}
彼女曰く解析・分析に特化した魔眼ではないらしく、真実かどうかは分からないが疑うつもりもない。
ミナトは絶望的な事でも平然と口にする。
出来ないとか、厳しいとか難しいとか悲観的な事を普通に言うが。悲観的な感情でそれを言う事もあまりない。
並大抵の事で弱音を吐くほどやわな人生送っちゃいない。きっと彼ならそう言うだろう。
だから今の成す術のない状況も、普通なら絶望してもいい状況でも冷静に物事に取りくむ。
例えそれが如何に厳しいものでも自分に出来る最大限を出し続け現状を打破する手段を模索し続ける。
(さて、どうしたもんか……)
絶対に勝つことの出来ない敵に今日は挑まなければならない。
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「申し訳ない、私達に出来る事は精々行き先が分からず迷ってしまった魂達をあの世へ送り届ける事位なもので……。
アンデットの討伐などは請け負えません」
「そう、、ですか」
ミケーレに言われた集落に着いたアイクは協会に駆け込んだが、協力は断られてしまった。
{仕方ない、だって小さな村の教会にこんな事頼む事自体無理がある……でもせめて。何かしら有益な情報をここで得られないと完全な無駄足になる!遠回りだけならいい、まだ追い上げる事が出来る}
本来そう言った事は熟練の僧侶の居る冒険者パーティーか、聖都やそこから派遣された司教クラスに依頼される事。
それでも僅かな望みに掛けてここへ来た。
例え直接的な協力は得られなくても、次に繋げられれば無駄にはならない。
少しでも何か得られればと諦めないアイク。
「でしたら、そう言った事を頼めそうな場所や人をご存じでないですか?出来る限りここから近い所の」
ここで聞けるのはこの位だ。
少し考えた教会の男は、申し訳なさそうにしながら答える。
「ここから北に少し大きな町がある。そこにはかなり腕の立つ者が居ると聞くが……馬を使っても半日は掛かってしまうだろう……」
{半日、確かにそれじゃ遠すぎる。でもこれ以上は……}
答えるまでの間と、申し訳なさそうな言い方からこれ以外には本当に知っている事がないんだと分かる。
正直に言えば馬を使って半日なんて話にならない。
だがもう迷っている時間も、迷う選択肢すら今は存在しない。
「……分かりました、無茶言ってごめんなさい。行ってきますね」
「ちょっと行くってどこへ行くんですか?時間は掛かってしまいますが自分が大教会に連絡を入れれば……」
「それよりは走った方が速いでしょう。失礼します」
結局彼は北へ向かって再び走り出してしまった。
{そんな無茶だ、、、人が歩いて行けば数日は掛かる。
でも彼ならやり遂げてしまうのではと思ってしまう程……速い}
無茶なんて承知。
それでもやらなければならないのなら、走り切ってみせよう。
アイクによる無謀とも言える挑戦が始まった。
{僕は今これしか出来ない、、これしか持ってない。
ならせめてこれだけは精一杯やるんだ!絶対諦めない。ミナトが、先生が託してくれたこの役割…必ず全うしてみせる!}
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ミナトがミケーレと共に足止めに向かってから一時間と少しが過ぎた。
彼女の方は圧倒的な実力で。
彼は圧倒的な実戦経験とやつとの戦闘経験で、なんとか足止めに成功していた。
(こいつの動きは不規則、突然ターゲットを変えるし進路もハチャメチャだ。
でもようやく分かってきた……後は俺の体力さえ持てば繰り返すだけ)
討伐が絶対に不可能であれば、これまでと違い意識も完全に時間稼ぎに向ける事が出来る。
倒す事が絶望的な実力差。だったなら倒すという僅かな望みを掴もうとしていたが今回はその僅かがない。
その分吹っ切る事が出来るのは彼の精神性にとっては都合が良かった。
昔と違い諦める、という事を覚えたのも大きいだろう。
常に冷静に相手の動きを見て堅実に立ち回る事が出来ている。
「っぶない!ほんと油断も隙もねぇな……先生は、、大丈夫そうだな」
ミナトは決して余裕がある訳ではないが、彼女は少し別のようだ。
さっきから軽々と躱し続けている。
(体力さえ持てばって考えてたけど、、、これは思ってたよりキツイか?
いや……アイクを信じろ。先生はさっきあいつが立候補して救援を呼びに行ったと言っていた。
きっと俺の事を信じて走り出したはずだ、なら師匠の俺が恥を見せる訳にはいかねぇよな……!)
体力云々よりも、いつ来るか分からない助けを待つ方が精神的に厳しい。
終わりが見えないというのはとてつもなく恐ろしい事だ。
だが信じるものが。信じられるものが何か一つでもあれば話は変わってくる。
信じられる何かを見失わなければ人は前に進めると、彼はきっとこの世の誰よりも知っているから。
更に数十分、彼は耐え続けてみせた。
触れることなく。更には近くに飛び散ったりもする靄にさえ気を付けながら。
流石のミケーレも涼しい顔ではなくなってきていたが、ミナトの方はかなり厳しそうに見える。
だからこそ、やって来た人物に誰よりも驚きと安心感を覚えた。
「ごめん待たせちゃったね、、、ミナト」
一瞬で彼の隣まで来たアイクはそう告げる。
「ここまで時間が掛かったって事はさぞ優秀な方達を連れてきたんだろうな……」
今後ろを振り返っても人影は見えない。
この場に来たのは彼一人だけ。
だが探知をしっかり行えば、手ぶらで帰ってきたわけではない事は直ぐに分かる。
「確か神職がどうこう言ってたよね。連れて来たよ、巫女さん?って言うんだっけ」
出された単語に驚きを隠せないミナト。
神職はさっき自身で言っていたからともかく、巫女の知名度は決して高くない。
寧ろかなり低く刀なんかよりよっぽど知っている人は少数だ。
「巫女だと?お前どこでそれを……って、今聞く事じゃないか。
それより置いてきて大丈夫だったのか?まさか暴走したとか言わないよな」
「一応一声掛けてきたから大丈夫、それでその人達からのお願いが……」
「周囲に魔物が来ないか警戒しとけばいいんだろ?任せろ」
「!……話が速くて助かるよ、僕は先生にも言ってくるからそれじゃ」
聞きたい事はあったがそれは今じゃない。
今自分がなすべき事を全うする。
特急で来てくれた方達なら腕に自信はあるはず、それにそもそもこちらは手の出しようがない。
なら討伐に加わるのではなくその補助を。
そして今必要な補助は討伐に専念させる事。
思考の順はこんな感じだが、これをあの速度でやってのけるのが如何にもミナトらしい。
倒す手段が到着した今。
祟り神討伐はここから始まる。