第百七話 心って分からないもんだよね……
合宿九日目の実戦演習に突如として現れた祟り神。
既に生徒に避難指示は出されていたが、まだ全員がそれを済ませた訳ではない。
それに今回は魔物が多く存在している森の中。
逃げ遅れる事は充分あり得る出来事だ。
「……走れ、ここは私が抑えとくから」
「で、でも……!」
{こうする以外に切り抜ける方法はない、、、やるんだよ}
結界の外から入って来た祟り神を最初に確認したのはミナトではなく、ルチアの班であった。
突如として現れたそれとの戦闘を避けようと動いていたがやつ自身の移動速度が想定よりも速かった事。
それと周囲の生徒が直ぐに避難を始めた事で標的が居なくなった魔物が偶然ここに集まってしまい、結果的に魔物に囲まれ。
近くには祟り神が迫って来ている危機的状況。
「私はいいから、逆に足手まといになるからさっさと行きな!」
実際逃げながら魔物の対処もするなんていう事は彼らには出来ない。
魔物の討伐だけならなんとかなるだろうが問題はこちらに向かって来ている見た事のない化け物。
ルチアは避難指示が出た瞬間その原因があいつだと分かり戦闘を避けた。
{この際試作段階だけどあれを試す。もし有効に使えたらこの局面もなんとかなるかもしれない}
博打にはなるが新魔法で一掃しようと考えていた彼女だが、まだ班員たちが逃げていない事に気が付く。
「お前ら何してんだ、この状況分かってんのか?さっさと行けって……」
「行ける訳ないじゃないですか!」
最後まで言葉を待たず遮って一人が言う。
「確かに僕はルチアさんみたいに強い訳でもないし、特別頭が良い訳でもないけど……ここで誰かを置いていく人間にはなりたくない!」
彼は自分で言った通り特別優れた能力を持っている訳では無い。
入試試験でも当落ギリギリで、普段の授業でも目立つことはなく聖魔祭では団体戦であっけなくスカーフを取られ退場。
ルチアは正直彼の名前すら憶えていなかったが、彼は守る為にここに残る選択肢を取った。
「お、俺も!」
「私だって、、私の憧れた人なら絶対ここで逃げたりはしないから!」
最初に名乗り出た彼を皮切りに残りの班員も残る事を選択。
彼女には理解が出来なかった、あまり合理的とは思えなかった。
{はぁ?あんたらの事守れないかもしれないから逃げろ、って言ったんだよ?なのになんでこいつら……}
理解出来なかったはずなのに、邪魔だとすら思ったりもしたのに
気付けば彼女は笑っていた。
「ったく、足引っ張らないでよ」
理解できなくとも合理的でなくとも、彼らの意思が嬉しかった。
自分の事を怖がり避けてきたクラスメイト達が覚悟を決めてここに残る選択をしてくれたことが、むず痒い位嬉しかったのだ。
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だが、現実は甘くない。
周囲を取り囲んでいた魔物の討伐は班員達の意地の活躍もありなんとかなったが。
一番の問題は何も解決していなかった。
接近して来る祟り神から逃げようと皆が走り出した時、少し遅れてしまった者が一人。
「あっ……」
目前まで迫っていたそれに逃げ遅れそうになっていた一人の為、ルチアも足を止めて魔法を撃つ体制へ。
{ここまで来て……}
「邪魔すんなよ!」
本来なら例えどんな魔物であろうとダメージを与えられていたであろう程の威力。
だが無情にもこいつには効かない。
自身の魔法が全く効かない相手への動揺と衝撃で一瞬動けなかったルチアに標的を変えたやつの手の様な部位が伸びる。
その瞬間。
「っと、大丈夫だったか?ルチア」
彼女を間一髪で助けたのは普段嫌っている彼……ではなく、ミケーレ。
「先生!こっちもなんとか無事です!」
もう一人の逃げ遅れていたメンバーを救出した方がミナトで、助かった事を報告。
「このまま距離を取る!全員走れ!」
即座にその場に居た全員に指示を出すミケーレに従い全員全速力で駆ける。
「あの、、先生。助けてもらったのはありがたいんですけどもう降ろしてもらっても……」
そう言う彼女は腰の辺りを肩の上で掴まれ、上半身と下半身はぶらぶらと揺れる姿勢のまま運ばれている。
まるで猫を抱っこしているみたいな姿勢で、降ろしてほしいと頼むのはかなり当然の意思だ。
現にさっきから彼女の視線はミケーレからとって後ろ側、つまりバックで移動している視点。
先程から後ろを走っているミナトの方をずっと見続ける事になり、年頃の女子以外でもあまり見られたくない持ち方をされている所をよりによって彼に見られることは耐えがたい苦痛だろう。
「んーそう言ってもな……この方が速いしもうちょい距離開けるまで待っててくれ、苦しかったらすまんな」
「いえそういう問題では無くて。さっきからあいつがその……」
そのあいつはというと。
「しょうがないだろ前向いて走んないといけないんだから。
っていうかこっちは降ろした方が良いよね、ごめんずっと変な体勢で」
仕方のないクレームを入れられそうだったが、それよりも先にこちらもずっと抱えている人を降ろそうとしていた。
「あぁえっと……実はさっき足捻ってしまってあんまり走れないかも……」
さっきまで凛々しく戦っていたこの班員、嘘を付いている。
体勢が整っていなかったところを助けた為抱える際ミケーレの様にいかず。
偶然にもお姫様抱っこの形になってしまった。が、この状況を楽しんでいるのである!
{私、この学校にはミケーレ先生に憧れて入ったのに……まさか男の子にこんな事思うようになるなんて……}
窮地を助けられたという状況と、昔から憧れていたお姫様だっこ。というダブルパンチで彼女の頭は今かなりメルヘンな事になっていた。
顔を赤くして、それを悟られぬよう手で覆っているが。偶然にもそれが痛みを耐えている様に見え、「怪我したのならしょうがない」と抱っこ継続を余儀なくされたミナト。
(正直俺は先生と違って筋力が足りないからこのまま走るのはかなりしんどいんだけど……そんな事言ったら駄目です、ってケレスに昔怒られたからなかなり。
なんとか走ってみせるか)
昔魔物からの逃走を図った際、ケレスを抱えて逃げる場面で。
「こんな重いもん持ちながら普段のスピード出せるかよ」
と言ってしまった時にめちゃくちゃ説教を受けたエピソードを思い出し、なんとか続行を試みる。
まぁ考えれば人一人背負って普段のミナトより速いスピードを出している彼女の方がどうかしてる側だ。
しかし今はそれが最適解でありがたい、人を抱えた二人と残りの班員二人でなんとか逃げ延び。
祟り神と多少だが距離をとる事に成功する。
「ここまで来れば逃げきれるな?あいつらの注意は私が引くから、お前らは待機所に行って向こうで指示に従え」
ようやくルチアを降ろしてから指示を出す。
「えっと、降ろすけど足大丈夫?」
「うん、、、待機所までならなんとか……ありがとうねミナト君」
割とわかりやすく態度が以前変わっているがそれに気が付く男でもなく……。
それよりも、周囲の生徒の違和感が向いた先はそこではない。
「ん?そう言えばミナト君なんで先生に着いて行こうとしてるの?」
自分は待機所には行かないような言い草だったし、現に今も体の向きからして再びあいつの元へ向かおうとしている。
「……」
確かに何かうまい言い訳位は言っておかないとと考え始めると。
「丁度いい、お前はこのまま逃げ遅れた奴の誘導を頼む。
本来危険な事を生徒に頼むのは良くないが……お前なら任せてもいい。ただし私の言う事は絶対聞くことが条件だ」
ここでナイスなフォローが入る。
「って訳で俺はもう暫くここに残るよ、じゃあまた後で……」
「待てよ」
変なぼろが出る前にさっさと去ろうとするところにルチアが口を挟む。
「勝負はまだ終わってない、絶対また後で再戦すると言え」
この状況でそれを言うか?と思ってしまうかもしれないがこれも一応、彼女なりの無事に帰って来いよ、というエールみたいなもの。
それはしっかり汲み取れるのがこの男だろう。
「分かってるよ。また今度な」
そう言って今度こそ走り始め、皆の視線から外れたところ。
「お前も中々だな……」
「え?なんかマズい事言っちゃいましたかね」
「普段は全然なのに今のはあいつに似てたよ」
「あいつって誰ですか!?すっごい気になるんですけど」
彼女が今頭に浮かべていたのは元同級生の某騎士団長系男。
無意識なところが特に似ていると思ったらしい。
そんな事を知りもしないミナトは困惑するばかりだったが。
ミナトは特別モテる訳ではありません、普段はあまり深く人と関わろうとしないからです。
無暗に交友関係を広げようとはしないので挨拶位ならまだしも、授業外で話す人はほぼ固定されています。