第百六話 それは何度でも現れる
「ん?なんかこっち来てないか?」
実戦演習は一組と二組で別時間に行う為、現在は二組が待機している。
そこで偶然こちらに向かってくる何者かを発見する。
「負傷者でも出たのかな、、、いやにしては……!」
目視していた二人の横を一瞬で通り抜ける人影。
アイクである。
{は、速すぎる!}
{団体戦でも速かったが明らかに速度が上がってる!どんなスピードしてんだよ}
自分が驚かれている事なんて全く気にせず、一目散に向かったのは彼女の元。
「っ先生!緊急事態です!」
ミナトに言われた伝言を伝えに担任教師の所まで全速力。
お陰で周囲の生徒は勿論、他の教師からもなんだなんだと騒がれている。
まぁあの速度で走って来て緊急事態だと言っていれば誰でも気を引き付けられるが。
「何があった、落ち着いて話せ」
彼の言っていた通り名前を出したお陰か話は速かった。
「演習は中止で至急生徒を避難させるように、と」
「…分かった、指示を出した後私も直ぐ向かうからあいつの場所を……」
しかしあまりに話が速過ぎた為か他の教師が着いて行けず、質問が飛んでくる。
「ちょっと待ってくださいミケーレ先生、幾ら何でも確認すらしていないのにいきなり中止は流石に……それに結界内が破られた形跡もありません。特に非常事態は起きていないかと……」
「ミナトの担任は私です、私の方が彼の事をよく知っている。あいつはいたずらで物を言ったり確証のない事は言いません。
責任は全て私が負いますから直ちに生徒へ避難の指示を出してください」
「なっ……!」
確かにこの教師の言葉も真っ当であるが、有無を言わせぬ彼女の雰囲気に押されて反論は出来ない。
それに元々十二分に安全を徹底せよという上からの指示の元この合宿も執り行われた物。
教師の中でも発言力の強い彼女と、明らかに普通ではない様相で走って来たアイク。彼に指示を出したミナトも聖魔祭優勝や誘拐事件では最悪の事態を阻止したりと実績があり無視はできない存在。
ここまでピースが揃っているのならもう動かない訳にはいかない。
「っ…直ぐに避難指示を出せ!護衛の二名を除いた全教師で現場に急行する!」
方針が定められた事で他の教員も動き始め、ミケーレは既に出陣の用意を済ませていた。
「あの先生、まだ伝言は!」
行ってしまう前になんとか引き止める事に成功。
「近くにある教会に行ってありったけの聖職者を集めて来い、と」
{聖職者……アンデッド系の魔物が出たのか?}
「分かった、では東にある集落に人を向かわせよう。だったら……」
瞬時に事態を考察し向かわせる人物を探していた所、アイクが再び口を開く。
「その役割僕じゃ駄目ですか?」
「……お前も守るべき生徒だ。ここで他の先生たちの指示を待っていてほしいが……」
待っていてほしいが、その言葉の続きは言えなかった。
真っ直ぐな彼の瞳を見てしまえば。
「僕はまだまだ未熟です……でもこの足はきっと今でも役に立てる!お願いします!」
さっきミナトの言う事を素直に受け入れたが、ただ大人しく出来るようになった訳ではない。
自身の実力を正確に測れるようになっただけだ。
だから自分自身で出来る事があるのなら立ち止まる訳にはいかないと、思いが体を突き動かす。
「はぁ……どうせ言っても聞かないんだろ?お前もあいつに似てきたからな。
さっき言った通りここから東に向かったところに集落がある、教会位はあるだろうから先ずそこに向かえ。
ただし無理は禁物、安全を一番に考えろ」
「!……ありがとうございます!」
お礼だけ伝えればまた全速力で彼は走って行ってしまった。
後ろは振り返らずただ目の前の事に必死で、動かずにはいられない。
{本当に似てきたな、、、さて。教え子に後れを取る訳にはいかん、私も行くか}
走って行く後姿を見届けた後彼女は森の中へと入っていく。
「っ……なぁ、さっきまでミケーレ先生あそこに居なかった?」
「もう行っちまったんだろ、ほら指示通り動ける準備しろよぼさっとしてないで」
{行っちまった?ついさっきまでそこで話してたのに……一体いつ出発したんだ?}
不思議に思う一人の生徒の後ろ側。
いつも通り鉄仮面でどこかを見つめるクロムには、その生徒の疑問の答えが分かっていた。
{恐ろしいスピード、、さっきの奴よりも更に速い。
昔見た父上よりももしかすると……}
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アイクに伝言を頼んだ後、ミナトが真っ先に取った行動は。
「二人とも!演習は中止になる、もう直ぐ避難指示が出るからもう向かっておいてくれ!」
さっき待機させていた班員のオーズとソニアへ一足先に事態を伝える事。
「いや中止って……流石にそれは幾ら何でも」
これまでのとんでも作戦には従っていたが、いきなり中止と言われても中々従えるはずもない。が。
「多分そう遠くない内に……ほらな」
彼が説得するよりも早く魔道具の一部が赤く発光し始める。
これが避難指示の合図だ。
「……どういう事かは帰りながら教えて貰おうか」
「いや、俺はもう少しここに残る。二人は先に行っててくれ」
またしてもおいおい、と言いたくなる言動だが。
「分かった、どうせ一人で残るんでしょ?なら私は先に帰る」
その言葉を最初に納得したのは付き合いのあるオーズではなく、ソニアの方だった。
「な、、良いのかよほんとに」
「別に。だってこいつの考えてる事なんて分かる訳ないし」
言われてみれば妙に納得せざるを得ない、という様子。
現に先程も信じられない正確さの指示と魔物の討伐を見せつけられてばかりだから。
「…ほんとに後で教えてもらうからなー!」
と言いながら結局走って行くオーズを見届け。
彼もあの化け物の方へ向かい始める。
「やっぱやべぇな、、避難は順調そうだけどこいつを止める方法がない……っ!」
再びやつを目視出来る場所で観察していると探知で何者かを発見する。
「相変わらずとんでもない速さで……先生」
「教師だからな、教え子のピンチには駆け付けるもんだ」
先程のアイクを越える速度でやって来た彼女も例のやつを目視。
「あいつか……確かにヤバそうだな。何か知ってる事は?」
「確かに知識はありますが対処は出来ません、それでも伝えておきます。
あれは祟り神と言ってただの魔物ではなく、怨念の塊みたなものです」
「祟り神?聞いた事ないな」
ミナトからの説明が始まるが、聞いた事すらない名前。
「数百年に一度現れるとされていて。全ての生き物の怨念や、所謂人間の負の感情と呼ばれるものが長い年月を掛けてあいつを作り出します。
死神事件はご存じでしょう?あれと似たようなものと考えて貰ったら分かりやすいかも」
死神事件。
五大国の一国が危うく滅亡しかけた、ここ百年以内で最悪の事件であり、犠牲者は優に万を超える。
その死神には物理攻撃が効かず移動速度は生物のそれを遥かに超えているとされ、触れられた瞬間命を奪われ通常倒すことの出来ない存在だった。
しかしそんなやつにダメージを与えたのは神聖魔法を始めとした聖職者のみが扱う事の出来る聖魔法だけ。
世界中から集まった司教や上級冒険者の僧侶などを集結させてようやく倒した、間違いなく魔王以来最悪の敵。
それと似たようなもの、なんて言われたら恐れが感情を支配してもおかしくはないが……。
彼女に限ってそんな事はまずありえない。
「だから聖職者を集めさせたのか……だがもし死神と同格の存在なら町の神父程度では止めるのは無理じゃないか?」
「だとは思います、でも居ないよりはマシかと。
神社が近くにあれば良かったんですけどそうそうある物じゃないですからね」
「神社?あぁ、確かヤマト族にとっての教会みたいな場所か。それとあいつに関係が?」
「はい。俺にはよく分からない話でしたが、あれは神聖魔法では専門外らしく。本来は神職の方達が対処する存在だとか」
昔ミナトが接敵した時には、幸い逃げ延びた村の近くに神社があった事で対処を頼めたが。
今回はそうではない。
普段なら敵なしのミケーレも今回ばかりは頼りには出来ない相手。
正直、前回の王都防衛戦よりも厳しい戦いになる可能性は充分にあった。