第百三話 色々見えて見えてきて
「いいか、やる事は普通の瞑想だ。ただちょっと水を浴びながらそれをするだけ」
「全然量と勢いがちょっとじゃないんだけど?」
「大丈夫だよ、一学期あんだけ打ち合い続けて最近は走り込みも頑張ってんだろ?なら滝に打たれる位どうって事ねぇ」
これから生まれて初めて滝に打たれるのだ。
しかもそんな行為が存在する事自体知らなかったアイクからしたら心の準備が必要だろう。
まぁ幸いな事を挙げるとするなら季節的に今は暖かい時期。冬でないだけマシと言える。
「俺も隣に居るからほんとにヤバかったら言え、ちゃんと終わったら水も乾かす準備出来てるし。
心配する事はないさ」
(決して今のアイクに出来ない事じゃあない、ほんの少しの勇気を出せればいい。そして……)
ミナトは心配などしていない。
何故ならアイクであるから。
理由はそれだけでいい。
「分かった、滝に打たれながら瞑想すればいいんでしょ?なら大丈夫。
根性でどうにかなる話なら」
力のない事を悔やみ、厳しいミナトの師事にも喰らい付いて来た彼からすれば気持ちでどうにかなる問題は問題ではない。
(それが出来るお前だから俺は弟子にしたんだ、よく言ったぞ)
視線や瞳の揺れ方、指の些細な動きなどを見て彼が一切不安を感じていない訳ではない事に気付いている。
だがそれを跳ね除けようと心を奮い立たせ立ち向かおうとする姿勢がミナトに気に入られた要因なのだ。
この程度で挑むことを臆する事はない。
「じゃあ俺が先に行くから、足場ちょっと気を付けて来いよ」
そう言って先に入っていったミナトは滝の中央まで進んで行く。
続いて入ったアイクが最初に思ったのは、{重!}だった。
恐らく二、三十メートルはあるだろう高さから落ちてくる水は想像以上に重く。
こんな状態で瞑想なんて出来るのか、と改めて思わされるには充分の状態。
足を止めここでする、と手で合図を出されたのを見て始めざるを得なくなり。
無理でもやれるだけやろうの精神で行ってみれば意外な事に気が付く。
{思ったよりもし易い?}
絶え間ない水量による重圧と轟音で集中出来るのかという不安は直ぐに取り払われた。
一度始めてみれば存外、想像の何倍も良い環境である。
水の圧は確かに凄いが逆に圧が掛かり過ぎて余計な事を考えている余裕がなくなる、というのが滝行の意義らしく。
精神統一する事で心を、滝に打たれ続ける事で体も鍛えられる。
だが今回はただ滝行に来たのではなく、あくまで森羅自天流の修業。
この修業の真に効く時間までは多少掛かる。
十分と少しした頃、アイクに雑念が過ぎり始める。
ふと思ったのだ。これはいつ終わるのだろうと。
よくよく考えれば俺が止めるまでやっとけよ、とすら言われておらず時間は一切不明。
集中力はまだしも体の方が限界を迎えつつあったこの状況でその不安は致命的なもので。
その様子を感じ取った隣のミナトが肩に手を置き、始めと同じように出るぞと合図を出す。
「っはぁっ!…はぁっ!」
水から出てようやく辿り着いた陸地で膝を着き息を整えるアイク。
「こっち来い、直ぐ温まらないと風邪ひくだけになる」
事前に用意しておいた焚火に加え火属性魔法を使って更に効率的に体を温める。
水を拭く為に用意しておいたタオルも渡し水滴だけでも取るよう言い、流石に手慣れている様子。
「キツそうだな」
「!ま、まぁ確かにキツいかもしれないけどまだまだこれからだよ!全然やれるって」
「なら安心だな、まだ打たれてもらうから覚悟しといてくれ」
心配してるのかと思いきやもう一度行けるかの確認。
中々に鬼である。
「ただ無理だったらホントに言ってくれ、今日もこの後は合宿がある」
「そんなに心配しなくても本当に大丈夫だよ?確かに直ぐ、って言われたらしんどいけど」
「そうか?俺は昔無茶し過ぎて死にかけたから、心配になるもんだよ」
「死に!?そっちこそ大丈夫だったの」
「長い時間打たれ過ぎて体調悪くなっちまって、師匠が看病してくれたからなんとかなったけど。
感知した後もう一回死ぬほどボコボコにされながら怒られたよ。
病み上がりの弟子に酷いと思うよ今思い返しても」
ミナトなりの気遣いだろう。
キツい修業になる分少しでも気を楽にさせようとしているように聞こえる。
そのお陰もあってかアイクにも余裕が出来てきた頃、少し気になっていた事を今聞いてみる事に。
「あのさ、さっきチラッと見えたんだけど……お腹の傷、どうしたの?」
「!」
寮も大浴場ではあるが、ミナトはあの時生徒が居ない時間帯に入っていたので見たことが無かったその体。
タオル一枚となったさっき見え、後で聞こうと考えないようにしていた事。
明らかに普通ではなく何があったのかすら想像できない腹部の傷跡。
周りから見れば中々に強烈なインパクトを放っている。
「これは、、、昔ドラゴンと戦ってた時、爪でガッツリ腹やられちまった時のやつだな。
偶々当時世界一と呼ばれていた回復魔法使いの人が近くの町に居たらしくてなんとか直してもらったんだよ。あの人が居なかったら確実に死んでた、って他の医者の人達にめっちゃ言われたなぁ」
「それは本当に無事で良かったよ……」
まだ呪いに掛かって数十年の頃。
力の弱体化が徐々に進んでいて体の感覚が日に日に狂っていた時期に遭遇したドラゴン。
最悪のエンカウントと言っていい不運だが、幸運は彼女が近くに来ていた事。
(ケレス……結局お礼言えなかったな。
もし呪いが解けたら、またあいつらの墓参り行くか)
記憶を失い忘れ去られてしまったが、かつての仲間達は当然生きていた。
回復してミナトが目を覚ました時ケレスは既にもう町を出ていて、姿を見ることは出来なかった。
年数から考えれば彼女もおばあさんと呼べる年齢になっていただろう。
まだ少女と呼べる時に共に旅をしたミナトは今でも少年の見た目のまま。変わり切ってしまった彼女を見れなかったことは彼にとって幸か不幸か。
昔の事を思い出した時、特に旅を共にした仲間たちの事を思い出した時ミナトの癖が出る。
懐かしそうで、寂しそうで、悲しそうな顔をする癖が。
「……」
しんみりした雰囲気になって来た時、今度はこっちが気を遣い声を掛ける。
「よし、気になってた事も聞けてスッキリ。もう一回行こう!今度はもっと長い時間居てやるぞー!」
立ち上がりながら高らかに言い、にっこり笑ってみせる。
{ミナトが昔何があったのかはもう聞かない。今はただ追い付く、追いついて隣に居るよってちゃんと分かってもらうんだ}
ミナトの様々な事情について色々と吹っ切れつつあるアイクはもう迷ったりしない。
一瞬たじろいだりする事はあるかもしれないけど、それでも前に進むことを止める事はない。
「……じゃ、次が終わったらアドバイス教えようかな」
「えぇっ!?あるんだったら教えてよー」
「明日の焚き火で使う枝集め手伝ってくれたら今教えてやる」
「なんでそんな事対価にするの……まぁ良いよ、明日は一緒に集めよっか」
過去を気にしないアイクの存在は大きいだろう。
だがミナトは直ぐに痛感させられることになる、自身がどれだけ過去を清算出来ていないかを。
いつまでも引きずり続けている事を。