第百二話 強くなる為には困難に立ち向かわなくてはならない、例えそれが巨大であろうと
「で、皆は個人練習どんな感じだったんだよ」
合宿二日目の夕食。
ミナトが座っていたテーブルで最初にそれを聞いたのはトロール。
昼食時は午前の疲労に加え午後にやって来る地獄のトレーニングのせいであまり会話をする余裕がなかったが、全て乗り越えた今が話すタイミングとなった。
「僕は結局一日中走りっぱなしでへとへとさ……まさか午前まで走らされるとは思わなかったよ……」
いつものテンションと比べれば別人を疑うレベルで低いテンションで話すフラジオの様子を見て、皆も地獄を乗り越えて来たのだと場の全員が悟る。
「そういやアイク達はペアでやってたな、チラッと見えたぞ」
「うん、ずっと打ち合いだったね」
言いながら自然を斜め下に下げる。
その様子を見て過酷だった時間を思い出したアイクも肩を落としながら言う。
「はは……ミナトとのあれで根性は付いたと思ってたんだけど、、、そうでもなかったかも」
普段あれ程やり合っている(一方的とはいえ)事を知っている周囲は驚く他ない。
{あれ経験したアイクがそうなるってフレアさんやっぱすげぇ}
{一体何してたんだよ、もう想像すら出来ん}
フレアの方に関心を抱くオーズとは別に、内容に興味がいくトロール。
一方本人たちはと言うと……。
{アイク君すっごいスピードで攻めてくるからほんとに息着く暇なくてある意味ギフトシュランゲの時よりキツかったかも……避けるのにはまだ自信あったのにあそこまで追いつめられるなんて}
{流石だったなぁあの動きは。
ミナトとは別ベクトルで凄いや、あそこまで見切られるなんて僕もまだまだだ……}
互いに互いの実力に敬意と畏怖を抱いていたところ、偶然目が合う。
直ぐに視線を外したが頭に浮かび上がってくるのは昼間の光景。
延々と迫ってくる相手と、延々と躱していく相手。
話しを誰かに振って気を紛らわそうと思ったアイクが先ずはミナトに聞く。
「そ、そういえばミナトは?どんな事してたの?」
確かに彼の短所を考えてみれば、皆特に思いつかなく。
長所もよく考えれば剣術で他とは少し違う。だからこそ予想が出来なかった。
本当の事を言う訳にもいかないミナトは予め考えていた言い分を使う。
「俺は技の威力向上を目指してたよ。
破壊力が決定的に足りないからな、そこを埋める特訓だ」
(一応嘘ではない)
これはミケーレとも合わせていた内容で、個人メニューを決める会議の際彼女が決定させたもの。
日常生活で隠し事の多い彼は事前に言い分を決めている事もあり、特に今は合宿中でクラスメイトと話す事も多いため。準備はじっくりしてあった。
{ミナトにもしクロム並のパワーが付いたら最強じゃねぇか……どこまで強くなる気だよ}
先程からよく心の中で返事をしているオーズは、個人練習でいつもより喉を酷使しているのでなるべく話さないようにしていた。
だからずっと気になっていたルチアの練習内容も聞けずただ黙々と食事を食べるしかなく。
「ルチアさんは姿見えなかったけど、もしかして山の中でひたすら魔法撃ってたりとかしたの?」
聞けなかったからこそアイクが聞いてくれたことに感謝を覚えつつ、回答を待った。
「……撃てたら良かったんだけどな」
不満たっぷりな顔で肩肘を突きながら答える。
午後のトレーニングでフラストレーションが溜まっている事もあるだろうが、それだけでは無い様子。
「ルチアさん、ずっと魔力コントロールの練習ばっかりだったみたいで、最終日付近にある実践演習?の時まで魔法撃つのも禁止なんだって」
フレアの説明で一発理解する周囲。
普段あれだけ景気よく魔法をぶっ放し、あまり見せない楽しそうな表情がよく見れる程の魔法好き。
その彼女が魔法を禁じれるのはそりゃ嫌だろう。
{今思ったけどルチアさんってミケーレ先生の言う事はちゃんと聞いてるよね、ウォーデン先生もそうだけどなんか違う理由な気がするし……事情でもあるのかな}
改めて考えればとアイクが思っていた頃、無言のまま記憶を遡るルチア。
お前の課題は今でも魔力コントロールだな。と言われ取り組み始めた個人練習。
勿論魔法の為の努力は惜しまない彼女、入学当初課題として与えられた時から毎日練習しているが。
それでもまだ雑らしく。合宿でも似たような練習漬け。
しかも……。
{魔力コントロール、、、}
丁度その時斜め右の方を見れば、いつも嫌っている彼が見える。
因みに学年で一番魔力コントロールが優れているのも彼だ。
{絶対負けない……!}
「!?」
突然ギラついた視線を感じビクっと反応するミナト。
(なんでだ俺なんもしてないのに……)
視線を送ってくる相手なんて考えずとも分かる。
一年の中で、というより彼にそんな事をするのなんて世界中を見渡してもルチア位だ。
「まぁなんだ。皆ほんとに大変そうだけど、合宿はまだこれからだ。明日からも気引き締めて行こうぜ」
テンションが七割減のフラジオに、声を出さないオーズ。
視線を落としているフレアとアイク。
何故か闘志を燃やしギラついているルチアと、それに困惑しているミナト。
この話は終わりにしようと締めに入ったトロールはナイス判断だったかもしれない。
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合宿六日目。
今日も朝五時スタートの秘密の修業が始まる。
「ミナトー、言われた通りタオル持ってきた……って何してんの」
いつもとは違い指定された持ち物を持ってきたアイク、その彼が目にしたのは枝を担いでいるミナトだった。
「結局はこういうのいるからな、俺の魔力じゃ最後まで全身は無理」
「?」
「着いてこい」
何の事か分からないまま言われた通り行けば、辿り着いた場所は……。
「滝?」
これだけ広い山に囲まれたここなら滝の一つや二つあっても不思議ではないが、ここに来た理由は謎である。
「よし、じゃあ服脱げ、タオルは巻いて良いから。
俺は火の準備してるから今の内にな」
「ふ、服!?ちょっ、何するか全然分かんないんだけど」
色々と説明をすっ飛ばしているミナトにそう聞くと、やっべ言ってなかった。と言い謝ってから説明に入る。
「二日目からやって来た外に意識を向ける瞑想、あれが中々上手くいかねぇから今日は自分に集中する方。スタンダードな瞑想を伸ばす特訓をする。
一応言っとくが出来な過ぎてとかじゃなくて、どの道両方合宿中にやる予定だったから変な事気にすんなよ」
さっき説明をすっ飛ばした分か、今度はアイクが考えそうな事まで事前に言っておく程の会話のスピード感の良さ。
「こっちの瞑想はシンプルに集中力向上、精神力向上が見込める。
最終的には全てを組み合わせるんだ、全部出来るようになってもらうからこっちもガンガンやってくぞ」
「は、はい!」
内容変更が悪い意味でないと分かり安心したのか、力強い返事。
だが冷静になれば滝に来た意味はまだ言われていない事に気が付く。
「それで滝は?わざわざここで瞑想する必要ある?」
「ん?ああ。滝に打たれながらするんだよ。
服ずぶ濡れにする訳にはいかないだろ?速く脱ぎな、別に誰も来やしねぇよ」
「そっちを心配してる訳じゃないよ!
って、滝に……打たれる?」
滝行はヤマト族の一部の者達が行う行為。
世間での知名度は低いためアイクのこの反応は正常だ。
{滝に打たれる、って事は……あれ浴びながら瞑想!?この滝結構高いけど!?}
森羅自天流の恒例。
森羅万象を理解する為に一番最初に取り組むことを推奨されている滝行。
全身に自然を浴びながら瞑想で心まで鍛えられるなんて一石二鳥だね!
という先代達の考えから来ているこの特訓。
驚きと困惑でいっぱいのアイクは耐えられるか。