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単和集

付き合っていた彼女を簡単に切り捨てる僕は多分壊れている

作者: 癒波綿樽

読んでいただきありがとうございます。


さらっとした内容です。


楽しんでもらえたなら嬉しいです。

▷登場人物紹介◁

奥寺和幸おくでらかずゆき

高校2年生

勉強も運動もそつ無くこなせる

本人は器用貧乏だと思っているが、廻りからの評価はかなり高い

笹井せいらとは高校1年から付き合っている


笹井せいら

高校2年生

見た目はいいが成績は普通

父親はササイ物産の創業者

奥寺和幸とは高校1年から付き合っている




「おい、奥やん。あれ……」


肩をたたかれ指さされた方を向く。

その先には……。


「……せいら?」


せいらが、僕の彼女が男と腕を組んで歩いている。

(そうかよ、そう言う事だったのかよ…)

男の方にも見覚えはあった。

八木璃央やぎりおう、学校は同じだが違うクラスのやつだ。


「は?いや、あれって」

「うそだろ?笹井ってそんなことするやつだった?」

「いや、何かのまちがいとかじゃねーの?」

「うーわ、よりにもよって八木かよ」

「ちょっと私声かけてくる!」


周りがザワザワとしているが、僕はそれどころではない。

突撃を宣言した女子を止めることに必死だったから。

(よりにもよって、このタイミングで見つけるなんてなぁ……)




一旦状況を説明させて欲しい。


僕は今日誕生日を迎えた。

もちろん彼女のために予定は空けておいたのだが、せいらからは前日まで何も連絡が来なかった。

サプライズという微かな可能性にもかけていたのだが、それもなさそうだ。


今日は日曜だったこともあって、

『今日遊べない?』

なんて自分から誘ってみたのだけれど、

『ごめん、ママが体調崩しちゃって今日は無理かも』

と言われてしまった。


両親を亡くしている僕にとって、それでも会いたいなんて言えるはずがない。


僕は中学の時に両親を事故で亡くした。

人の命が簡単に失われることも、日常が当たり前じゃない事も痛すぎるほど身に沁みている。

なので僕は、何か手伝えることがあれば言ってねと伝え携帯を閉じた。


(はぁ、どうするかな……)

友達からの誘いは断ってしまった。

みんないい奴らで、僕とせいらの事は知っていたので深追いもされなかった。

それでも一応声をかけてくれたのは、彼らなりの優しさなんだろう。


何もすることがなくなってしまったが、両親の月命日が近いことを思い出して出掛ける準備をする。

お墓は僕たち家族が元々住んでいた隣町にあるので、電車とバスに乗って20分ほどの所。


掃除といっても小まめにしているので汚れは少ない。

墓前に立ち、手を合わせていろいろな報告をした。

(父さん、母さん、僕も今日で17になったよ)

帰ろうと駅前を歩いていたら突然声をかけられた。


「あれ?奥寺くん?」


振り向いたらクラスメイトが男女合わせて10人ほど居る。


「あれ、偶然だね。

今日もカラオケ?」


僕らの住んでいるところは住宅地は多いのだが、遊べるところは少ない。

静かでいいところだけど、暇を持て余した学生たちには退屈で、遊ぶなら隣町まで出てくることが多い。


「あぁ、これから……ってか奥やん1人なん?

笹井は?」


僕のことを奥やんと呼ぶのは中学の時からよく遊んでいる仲井芳樹なかいよしき

僕のことを親友だと公言してくれている、見た目はチャラいが中身は純情ピュア彼女一筋いちず真面目がんこなすごくいいやつだ。


僕が事情を説明したら、それなら仕方ないねー、じゃあこれから誕パしよー、なんて言ってくれた。

一度断ったのに、それを気にすることもなく再度誘ってくれたことが申し訳ないとも思ったけど、素直に甘えることにした。


芳樹ヨッシーにだけ聞こえるように、


「ごめんな、気を遣ってくれて」


と言ったが、彼は当たり前のように


「気にすんな。

それに彼女さしおいてこっちに来られたほうが、逆にヒクわ!」


と言って笑ってくれた。

彼らはこれから遅い昼食をとろうと駅前のファミレスに行こうとしていたらしい。


僕も朝食を軽くしか食べていないことを伝えたら、カラオケに行ってパーティーしようと提案してくれた。

どうやらそこで色々と食事を頼むらしくて、元々予定していた近くの安い店ではなく、少し離れた高いけどご飯がすごく美味しいらしい店に行くことになった。


僕は気にしないでと言ったのだけど、まぁまぁ、せっかくだし、と押し切られてしまう。

そして歩きだして少ししたら、冒頭のシーンになるわけだ。


突撃女子ことクラス委員の片瀬美智かたせみちになんとか落ち着いてもらう。

この時は、なんというか周りの方がザワザワしていて、逆に僕は冷静だった。


僕らのことなど気づくこともなく、二人はそのまま裏道に消えていった。

あの先に何があるのか、それはわかっている。


ホテルの、裏側出入口。


もちろん他にもお店はあるのだろうが、ヨッシーが走って確認したらしいので間違いないようだ。


場の空気は騒然となってしまった。

すると突然、両肩を抑えられている片瀬が口を開く。


「みんな、ちょっとついてきて」


まさかホテルに突っ込むわけないよな?

そんな心配を他所に、彼女はさっきまでの怒り心頭な様子から一変して、静かに前を歩いていく。


正直さっきよりも数十倍怖い。

有無を言わせずとはこういう事を言うのだろう。

全員黙って彼女についていく。


5分も経たないうちに、一つの喫茶店へ入っていく。

カランコロンとドアベルが鳴り、その一番奥のテーブルに進んでいく彼女。

とうしていいかわからず立っている僕らを一瞥して、


「こっち、座って」


とだけ言われた。

どうやら店内に他のお客さんは居ないようだ。

これから何が起こるかはなんとなく予想できるけど、そもそもここはどこなんだ?


「おじさん、とりあえずお冷人数分お願い。

それと飲み物は……アイスティー3つとアイスコーヒー4つ、アイスラテ2つにホットコーヒー3つ、それとオススメのケーキを人数分お願い」


何がすごいって、みんながよく飲む飲み物を把握しているのがすごい。

いや、言いたいことや聞きたいことが他にもっとあるのはたしかなのだが、まずはそこに驚いてしまった。


「みんな、いきなりゴメン。

気になってると思うけど、この店は私の伯父さんがやってるお店なの。

あと…5分くらいでお昼の営業は終わるから、お客さんはもう来ないわ。

だから人目は気にしなくて大丈夫。」


そう言い終わったタイミングでマスターがお冷を持ってきてくれて、美智の伯父ですと挨拶をしてくれた。

片瀬の言う通りにこれから丁度店を閉めようと思っていたと言われ、僕らは頭を下げすいませんと伝えた。


マスターは気にしないでいいよと言いながら、飲み物の準備に入ってくれるようだ。


「じゃあ確認なんだけど、さっきのが見間違いってわけじゃないわよね?」


全員が黙って頷く。


「そう……、因みに何だけど、あの二人がこういう関係だって知ってた人いる?

あ!奥寺くんは目をつぶってて!」

「ああ、いや、僕のことは気にしないでいいよ?」

「でも……」

「うん、自分でも不思議なんだけど、僕は今結構落ち着いててね。

別に誰かが知ってたからって、その人のことを責めたり嫌いになったりはしないから」


そう言って見渡すが、誰もが知らなかったと言っていた。

ただ、一人の女子だけは、廊下で話をしているところを見たことはあったと教えてくれた。

その後笹井からは同じ中学だったと教えてくれたそうだ。


八木璃央、見た目はチャラいがヨッシーと違い中身はゲスい。

モテるのは確かだが、軽薄でいい噂を聞いたことは少ない。


聞こえてくるの次は誰と付き合い出したとか、3股4股しているなんて噂ばかり。

僕は八木に興味はなく、そんな噂しかない馬鹿なやつに引っかかるのはどんな女なんだろう、くらいにしか思っていなかったが、まさか身近にいたなんて……。

周りも同じなようで、八木のひどい噂を色々と教えてくれた。


片瀬は黙って聞いていたが、パンパンと手を叩いて注目を集める。


「奥寺くん、黙って聞いてるみたいだけど、奥寺くんは今後どうするの?」

「今後って?」

「今日見たことを無かったことにして、明日からも笹井さんと一緒にいるのか、それとも別れるのかってことよ」

「あぁ、そんなこと?」

「そんなことって……」

「いや、付き合い続けるとかありえないでしょ?」


さっきまでの喧騒が嘘のように静まりかえる。

みんな変な顔してるけど、僕はそんなに変なことを言っただろうか。

さて、どう説明したものかと悩んでいたら、ヨッシーが口を挟んできた。


「あーー、みんな詳しいことは知らないと思うけど、奥やんはちょっと事情があってな。

根はすごいいいやつなんだけど、他人に対する執着が薄いと言うか、仲がいいやつにはすごい身内感出すんだけど、一回でも裏切ったりしたら疎外感だしちまうんだよ……。

いや、原因は完全に相手が悪かったし、今回も笹井が悪いのはわかってんだ。

ただ、多分だけど今回の件は今までと全く違ってな。

俺は奥やんが何にキレてんのかは想像つくけど、みんなとは高校からの付き合いだからわからないと思う。

ただ、こいつが誰にでもこうなんじゃないってとこだけ分かってほしいんだ」


さすがはヨッシー、僕のことをよく理解してくれている。

そしてその通りなのだ。


僕は基本的に他人と居ることを苦にしないのだけど、その分相手に何も期待しない。

離れたければ離れればいいと思うし、一緒に居たいならそうすればいい。

人生なんていつ突然終りを迎えるのか分からないのだから、ムダな相手と居る暇なんてないんだ。


だいたい笹井もバカだよな。

他に好きな人ができたなら、ちゃんとそう言って別れればよかっただけだ。

まぁその馬鹿な行動のお陰で、僕はあっさりと笹井を切り捨てることができるのだけど。


それからはまたあの二人というより笹井に対する今後の付き合い方なんかを話す。

ヨッシーから、今日来ていないクラスメイトにも事情を説明してもいいかと聞かれ、僕は黙って頷いた。

なんでも先に根回しをしておくことが大事なのだそうだ。


これだけ目撃者がいて、僕自身すでになんとも思わないから別にそこまでとも思ったが、相手がどういう対応をするか分からないので必要らしい。


多分僕が悪者扱いされるのを嫌ってくれたんだろう。

昔からほんとにいいやつだな。


ちなみにケーキはすごく美味しかった。

アイスコーヒーとの相性も抜群で、お墓参りに来た時は必ず寄ろうと心に決める。


全員が飲食を終えたところで、カラオケという空気感もなくなりさて帰ろうかとなったのだけど、片瀬から


「悪いんだけど、仲井くんと奥寺くんは残ってくれないかしら?」


と言われてしまった。

僕は別にこのあとの用事なんてないけれど、ヨッシーはどうだろう。


彼女と予定とかないのかと聞いてみたら、向こうは向こうで女友達が失恋して憂さ晴らしにカラオケにつきあっているらしい。 

夫婦揃って面倒見の良いことでと誂ったら、本気で照れていた。

ええい、気持ち悪いからそのニヤケ面をやめよ。


3人になったところで片瀬から話を振られた。

予想はしていたが、まぁ予想通りだな。


「奥寺くん、ただのクラスメイトの私が聞いてはいけない話なのかもしれないけれど、良ければ聞かせてほしいの。

どうして奥寺くんがそんなふうに考えてしまうようになったのか。

話したくないなら断ってほしいし、話せる範囲でも構わないの。

さっきはあんな感じでまとまってしまったけど、笹井さんもクラスメイトだし、彼女だけを悪者にしてしまうのはどうなのかなって。

もちろん笹井さんのしていることは許されることじゃないのはわかってるんだけど、万が一でも間違いだったらって思うと……」


たしかに片瀬はクラス委員だしお人好しだからな。

それに僕が何も言わなかったことでなにか思うことがあったのかもしれないと思ったようだ。

僕はヨッシーがなにか言い出そうとしたところを手で制した。


「聞いてもあまり面白い話だとは思えないけど、聞きたいなら別にいいよ。

ヨッシーも含めて同じ中学の人たちに聞けば誰でも知ってることだから。

でもそれをせずに僕に直接聞いてくるのなら、僕も正直に答える。

僕が両親を亡くしていて、今は伯父さんの家でお世話になっていてね。

そこの人たちは本当に僕のことを良くしてくれていて、今僕がこうやって普通に生活できているのはその人たちのおかげなんだ。

もちろんヨッシーや、同級生たちもすごく優しくしてくれた。

だけどみんながみんなそうじゃなかった。

野次馬根性だけで近寄ってくる奴らや、何故か僕が大金を持ってると思って近づいてくる奴もいた。

まぁお金はたしかに保険金とか慰謝料とかがあったけど、これは僕が勝手に使えるものではないからね。

だからそういったものを断ると、今度は勝手に僕を非難してくる。

ひどい言葉を浴びせられて、時には実害もあった。

だから僕は他人に対して常に距離を取るようになったんだ。

ヨッシーが言ってたのはそういうことだよ」


そう、僕はすでに彼女、笹井せいらに興味を失っている。

嫌いではなく無関心なのだ。

今後笹井がどうなろうと、僕はおそらく何も思わないだろう。


謝ろうが、言い訳しようが、仮に逆ギレしてきたとしてもだ。


「えっと、奥寺くんは笹井さんのこと好きなのよね?」

「好きだったよ、さっきまではね」

「今は?」

「何も思わない」

「なにも?怒ってるとか悲しいとかも?」

「うん、なにも。

たとえばそこの通りを歩いている全く知らない人がいるでしょ?

その人たちになにか思うことはある?」

「え!?そりゃ、かわいい服着てるな〜とか、かっこいい人だな〜くらいは思うけど…」

「そっか、僕は今、笹井に対してそんなことすら思わないだろうね。

仮に今目の前を笹井が八木と腕くんで目の前を歩いても、そのへんの石ころを見るのと変わらないと思うよ。」

「……それは、やっぱり浮気をしたから?」

「うーん、それもあるけどちょっと違うかな」

「違う?」

「うん、多分僕は嘘を吐かれたことが大きいと思う」

「その嘘が浮気なんじゃないの?」

「いや、そのことに関しては本当にもうどうでもいいんだ。

問題はその嘘の内容だね」


片瀬ははっと息を呑む。


おそらく僕の言いたいことに気がついたようだ。


「……お母さんが体調悪いっていう、嘘」

「そう。

僕は本当に両親に大事に育てられたんだと思う。

それが当たり前にずっと続くって勘違いしていた。

だけどそれは当たり前じゃなくて、ある日いきなり、なんの前触れもなく、消えてなくなってしまうことを知ってしまった。

たぶん僕はその時に壊れてしまったんだろうね。

自分でもおかしいことはわかってるんだ。

何回死のうと思ったかもわからない。

だけど、僕は今こうして生きている。

それは今の伯父さんたち家族のおかげでもあるし、ヨッシーたち友達のおかげでもある。

だから、もし笹井から別れ話をされていたとしても、僕は黙って頷いていたと思う。

好きだったことは確かだけど、だからすべてを許せるわけじゃない。

特に両親を突然亡くした僕からすれば、親の病気なんて言われれば会えないことなんて何も思わない。

むしろそんな状態で来られても、僕は非難してしまうかもしれない。

だけど、それを盾に他の男とあっていたなんて、とても今までみたいに話せるとは思えないんだ」


僕は淡々と自分の気持ちを説明する。

片瀬もヨッシーも黙って話を聞いている。


「だから、みんなが僕のことで怒ってくれるのは嬉しかったんだ。

だけど、今の僕からすればそれだけで十分だし、このあと笹井と話をすることはないと思う。」


そう言って携帯を開き、笹井に最後のメッセージを送る。

画面を閉じて、新しく淹れなおしてもらったコーヒーを飲む。

ふぅ、とため息をついた僕に対して、二人は何を言えばいいか考えているようだ。

ふふ、そんなに考えなくてもいいのにな。


それから今後についても僕から話をする。

おそらくさっきのメンバーが、それぞれの友達に事情を説明してくれていることだろう。

僕のスタンスは変わらない。

浮気だろうが何だろうがすればいい。

僕に今後関わらなければ、他はすべてどうでもいいことだ。


メッセージを送ってから10分ほど経ったのだろうか。

携帯のバイブが止まらない。

消音しているので音はならないが、はっきりいって煩わしい。

二人もとっくに気づいているはずだが、特に何も言ってこない。


まぁメッセージの事は伝えたし、誰からってのもわかっているのだろう。

すると、突然片瀬の携帯が鳴りだした。

相手はもちろん笹井。

片瀬は僕らにディスプレイを見せると、


「じゃあ、さっきのとおりでいいわね?」


と僕らに確認する。

僕らは黙って頷いた。


『もしもし?』


『あ!美智?いきなりごめん、実はかずくんと連絡取れなくて、美智たちは今日みんなで遊ぶって言ってたから、もしかしたら一緒じゃないかと思って……』

『……自分のしたこと考えてみれば?』

『…え?なに?何が言いたいの?』

『自分のしたこと考えてみれば?』

『は?美智、ちょっと、どうしたの?』

『自分のしたこと考えてみれば?』


その後も同じ問答が繰り返される。

さっき話し合った結果として、笹井に何か言われても徹底して同じ答えを繰り返す。


つまり『自分のしたことを考えてみろ』と。

無視したり、暴力を振るったりは一切しない。

ただ、徹底してそれだけをする。

もちろんこれは笹井だけじゃなく八木に対しても同じ対応するらしい。


まぁ全校生徒は無理だが、少なくとも八木の事を憎んでいる生徒は多いので、クラス外にも伝えるそうだ。


一辺倒の返事しかしない片瀬に対し、笹井は『もういい!』と吐き捨てて電話を切ったようだ。

その後何度も僕に電話はかかってきたが全て無視。

着拒するのも面倒だったが、不在着信が50を超えたところで設定した。


それともう一つ、先程の1人がチャットグループを作り、そこで情報交換するそうだ。

早速片瀬がそこに笹井から電話が来たことと、定型で返したことを報告していた。

暫くすると、自分のところにも連絡が来た、とか誰々を招待するというメッセージが続いていく。


その後少しだけ話しをして、片瀬のおじさんに丁重に礼を伝えて僕らは帰ることにした。


その後も夜までチャットは盛り上がっていて、寝る前に確認したら参加者はクラスの人数を大きく超えていた。

みんな暇なのか、あの二人がよほど恨まれていたのか、それともこういうゴシップが好きなのかは分からないな。


翌月曜日、学校に向かう途中でヨッシーに会った。

いや、会ったと言うより待っていてくれたんだろう。

何人かが僕に声をかけてくれたが、その目を見たら事情を知ってるんだろうなというのがわかる。

両親が亡くなった時ほどではないけれど、見守るような生ぬるい視線だ。


(興味と同情が半々ってとこか)


まぁそれくらいは別に気にならない。

ヨッシーと二人で歩くといつもヨッシーが注目されてしまうのだが、今日だけは僕にも視線が集まるのかわかる。


「ほら、あれが…」

「仲井くん、今日もかっこいい…」

「奥寺くんフリーになったし、私にもワンチャン…」

「ヨシ✕カズ一択だったのにリバも有りなんて…」


……ちょっと一部は意味がわからないな。

まぁ毎日こんなに注目されるヨッシーは流石だな。


「奥やん、なんか今日はいつもと違う感じがしないか?」

「ヨッシーが注目されるのはいつものことだろ?」

「いや、なんか生ぬるいというか、生暖かいというか……」


とりとめのない話をしていると、昇降口に誰かが立っているのが見える。


あぁ、あれは多分笹井だな。

周りからの視線に耐えているのか気付いていないのか分からないが、何やら必死なのは伝わるな。


「ちょっと!かずくん、なんで電話に出てくれないの!」


せっかく見ないようにして素通りしようとしたのに話しかけられると迷惑なんだが。

まぁ面倒なので無視だな。


「ヨッシー、遅れるから行こうぜ?」

「……あぁ、そうだな」

「ちょっと!無視しないでよ!

なんなのいきなり別れるとか。

ほんと意味分かんないんだけど?」

「お?ヨッシー、またラブレターか?

相変わらずおんな泣かせなことで」

「茶化すなよ、それにお断りの返事するの大変なんだぞ?」

「かずくん、お願いだから話を聞いて!

そりゃママが体調崩して遊べなくなったのは私が悪かったけど、だからってそれで別れようなんてひど過ぎじゃない?」

「奥やん、そういや数学の課題やった?

俺わかんないとこあってさ、教えてくれよ」

「かずくん!聞いてるの!?

ねぇ、ちょっと!」


そう喚きながら僕の腕を掴もうとしてくる。

無意識にその手を振り払い、


「……自分のしたことわかってんのか?」


自分でも驚くほど冷たい声が出た。

朝の騒がしさに包まれていた廊下が静まっていく。

存外話は広まっているようだ。

小さい声でアレが、とか、あの二人がなんて囁く声が聞こえる。


「……だから遊べなかったことは謝るって言ってるじゃん。

それに昨日はママが…」


そう言いかけた時、ヨッシーが突然割り込んできた。


「隣町の駅前」

「……は?」

「いたよな?昨日」

「……仲井くん、私はかずくんと…」

「いたの?いなかったの?」

「だから昨日はママの…」


…この期に及んでまだその嘘をつき続けるか。

話すことすら嫌だけど仕方ないな。


「…昨日がなんの日か覚えてる?」

「昨日って…別に普通のにちよ……」


そこでようやく思い出したらしい。

昨日が【誰の誕生日】なのかを。

慌ててなにか言い訳をしようとするが、ヨッシーはそれを許さない。


いや、いつの間にか昨日のメンバー数人が周りに来てくれている。


「昨日さ、私達見ちゃったんだよね。

笹井さんが駅前から誰かと腕組んで歩いてる所」

「まさか、だよねぇ」

「いやほんと、よくやるわ」

「まさかカレシの誕生日に堂々とあんなとこ行くなんてねぇ」

「ほんと、ありえないっしょ」


こういう時の女子の同調圧力はすごいものがあるな。

まぁ片瀬はクラス委員だし人望もすごい。

他にもクラスのギャル系の子や普段おとなしい人たちまで集まると男どもは全く手が出せない。

ヨッシーや他の男子はかなり引き攣った顔をしている。


そこでようやく騒ぎを聞きつけた教師たちが登場し、それぞれの教室に入るよう促す。

この件に関わっていると思われた僕とヨッシー、片瀬と笹井は職員室に呼ばれた。


僕ら3人が事情を説明すると、泣き崩れた笹井は保健室に連れて行かれた。

教師たちからは注意を受けたが、片瀬が不純異性交遊が〜とか、浮気の推奨〜等を挙げていくと黙り込んだ。


片瀬の父親は当校のPTA役員をしているらしく、内容が内容だけに教師も強くは言えないようだ。

すると突然別の教師から


「あのー、笹井さんの保護者の方からお電話ですが、取り次いでもよろしいですか?」


担任の顔に緊張が浮かぶ。

まぁそりゃそうだろう。

笹井の親となれば、県内でも割と有名な企業のトップなのだから。

それに娘には甘いことでも有名だ。


僕は何度か会ったことはあるが、至ってまともな親だという感想しか持たなかった。


『お電話変わりました、笹井せいらさんの担任をしております、丹原と申します』


笹井父には、端的に説明を行っているようだ。


『はい、ではそのように手配いたします。

はい、え、この電話ですか?わかりました、少々お待ちください』


そういうと一旦保留にする。

席を外すと、学年主任と校長を呼んできたようだ。

受話器を取り、会話をスピーカー状態にする。


『手間を掛けさせて申し訳ない。

笹井の父です、この度は私の娘が申し訳ないことをしたようで』


校長や学年主任は驚いている。


おそらく盲目的に娘をかばうと思っていたのだろう。


『娘の方から突然電話が来て、喚き散らされたものだから困っていてね。

だけど事情はわかった。

丹原先生に娘を帰すよう頼んでおいたので校長先生は許可をお願いします。

それと奥寺くんはそこにいるのかな?』

『はい、奥寺です』

『あぁ、居てくれたのか。

いや、謝って済むことではないが、娘の父親としてこの度は本当に申し訳ないことをした。

私達の教育が行き足らず、君にはつらい思いをさせた事を本当に申し訳なく思う。

本人とも話し合うが、せいらはおそらく転校させることになるだろう』

『そうですか、それはそちらの都合ですので僕からなにか言うことはありません』

『……君は相変わらずだな。

だがそれでいい。

それと娘から君のおじさんたちの話は聞いたかい?』

『おじさんですか?いえ、何も』

『ならばそれでいい。

もし何か言われても無視してくれて構わない』

『あの、奥寺の保護者についてなにか……』


担任が口を挟む。

僕には内容が予想できているが、これは聞いておいてもらったほうがいいだろう。


『……まぁ子供の戯言として聞いてほしい。

奥寺くんの保護者に当たる奥寺理義くんはうちの会社に務めているんだが、とても重要な仕事を任せているんだ。

そんな彼を娘はクビにしろだの言い出しおった。

会社は娘の玩具ではないし、社員は私が自由にできるものではない。

そんなことも分からんとは呆れてものも言えなかった。

いや、これは育て方を間違えた私が言うことではないな。

だから今後娘が何を言っても真に受けなくていい。

それにそこにいる奥寺くんに見限られる方が私個人としても辛いのでな』


おそらく周りは分かっていないだろうが、僕はササイ物産の社外個人筆頭株主なのだ。

もちろんこれは僕が亡き父から受け継いだもので、僕自身は何もしていない。

ただこの保有数が問題らしく、ライバル社に渡ると大変らしい。


詳しくはわからないが、説明された後に保有を継続するよう頭を下げられた記憶がある。

まぁ今となってはどうでもいいことだけれど。


その後、笹井父から今後のことを聞かされた。

笹井はどうやら県外の親戚のところに引っ越すようだ。

ただ手続きには数ヶ月かかるようで、その間は針の筵になるだろう。

父親が絶対に休ませないと言っていたので、家にも学校にも居場所が無くなりそうだ。


八木については笹井父から圧力をかけるらしい。

どうも両父親は知り合いらしく、転校させずに通わせ続けるらしい。

ただし、次に問題を起こした場合、寺かどこかに強制的に入門させられるそうだ。

まぁどうでもいいことだな。


学校側としては処分しないわけにはいかないそうで、一週間の停学で落ち着いた。

内容の公表については学校側が渋ったが、両家からの強い要望により校内に公告することとなった。


これで好き好んであの二人に関わる者はいないだろう。

最初は会うたびに睨まれていたが、今では縋るように見てくる。

鬱陶しいことこの上ないな。


八木の方はまだ酷かった。

すれ違うたびに露骨に睨まれる。

まぁ別に害があるわけではないので放っておいたが、一度掴みかかられた事があった。


まぁ投げ飛ばして関節極めたけど。

人目もあったし正当防衛なので何も言われなかったが、その後僕を見るたびに逃げ出すようになった。

伯父さんから勧められて武道を頑張ったかいがあった。


彼女?不本意ながらできました。

当初はもう懲り懲りだといつの間にか外堀を埋められていた。

……女の子って怖いね。


相手?委員長じゃないよ。

ヨッシーの彼女の友達。

そう、振られてカラオケ行ってた子。

ヨッシーが生暖かく見守ってくるのがウザいけどね。


読んでいただきありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
ぶっちゃけこの手の物語は権力ある大人が腐ってるケースが多く正直話の展開もある程度予測出来る事が多いけどまさか大人がまともだったとは…良い意味で裏切られました!ありがとう!!
[気になる点] 片瀬さんと最後付き合う事で主人公の事を話すなら分かるけど付き合わないのに話す場面が必要なのか分からない。 [一言] 彼氏の誕生日忘れてる時点で終わっている感じもするが、親の病気と嘘を…
[一言] 浮気は場合によっては許す余地がピコグラムほどあれど、身内を亡くした者によりによって身内ネタで浮気とか人間性が氷結地獄を彷徨う(9層ある地獄の最下層) これで何もしないほうがよほど人間として…
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