表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「生きて」という言葉

作者: 菊理



 この世界は、なにもかもが終わっている。

国家も、法も、秩序も、すべて崩壊し、終わっている。


 戦争があった。

いや、もしかしたら、まだ続いているのかもしれない。ただ、もうこの場所では終わっている。

 銃声も、爆発音も、何かが通りすぎる音も、悲鳴も、怒号も、話す声も、何も聞こえない。


 ──静かだった。おおよそ私が生きてきた中でこんなにも静寂なのは初めてだった。

 もはや時間感覚も失われているので、いつことが始まったのか分からない。

1年前?2年前?あるいはもっと最近のことだったか。ただ気がつくと私一人だったのだ。家族が死んだ。愛する人が死んだ。友人が。名も知らぬ、明日を生きようと共に誓った人が死んだ。


 ただ、私は生きていた。何故かは分からない。奇跡なのか、あるいは偶然なのか。周りが消えていく中でただ一人、生き残ってしまっていた。探せば私と同じように生き残っている人が居るかもしれない。

けれど、もう久しく人の姿は見ていない。


 そんな何もかもが終わっている世界で、私は何故か奇跡的に動かせるバイクに跨り、場所を求めて移動していた。


 私は今、海沿いを走っていた。

……地上とは違い、海は戦前と全く変わらないのだから不思議なものだ。そのまましばらく走っていると、崖が見えた。海へと伸びる断崖絶壁の崖。


 そこに向かおうと近づいていくと、驚くべき光景を目にした。


──人が立っていた。


 男か女かはわからない。けれど人がいた。崖の上に佇んでいた。

私はその人物を一目見ようと、バイクから降りて崖の上にいる人物の元へ歩いて行った。


 相手もこちらに気がついているのだろう。

顔がこちらの方へ向いている。

私はそのまま近づいていき相手を視認した。


──少女だった。


 私よりだいぶ小さい、少女。

まさかこんな人物がいるとは私にとっても予想外ではあったが、何故こんな所にいるのかは予想できるし、近づいていき声をかけた。


「こんにちは。でいいのかな?

人に会ったのは久しぶりだ。」


「えぇ、こんにちは。わたしもびっくりしているわ。まさか人に会うなんて。」


 少女も私の言葉に返答してくれる。

あぁ、良かった。無視されたらどうしようかと思ってたからね。


「あなたも、わたしと同じ?」


 少女が私に問うてくる。


「あぁ、多分キミと同じだ。もう、理由がないからね。場所を求めて移動してたけど、この場所は先客がいたみたいだ。」


「そう、あなたもわたしと同じなのね。理由がない。場所を求めている人。

でも、お生憎様、ここはわたしの場所よ。

だからあなたには渡せないわ。」


「わかっているさ。ただ人がいるとは思わなくてね。それでは私はここで失礼するとしよう。最後にキミに会えてよかったと思っているよ。」


「そう。わたしもあなたに会えてよかったわ。」


 私は、少女に別れを告げ、踵を返す。

歩き出したところで少女から声がかかった。


「ねえ。最後に一つだけ。

こんなことあなたにいうのは酷なことだけれど、少しでも理由が見つかるように魔法の言葉をかけてあげるわ。」


 私は、歩く足を止める。


「生きて」


 私は、後ろを振り向く。


そこには何もなかった。少女の姿も、何も。


「生きて、か。なかなか酷なことを言うじゃないか。」


 私は一人、そう口にする。

少女がどうなったかは見ていないが予想はつく、私と同じなのだから。

……同じ目的を持ってあの場で出会ったのだから。


 でも、名も知らぬ少女よ。

キミがそう言うのであれば、ほんの少し、そうだね……バイクの燃料が切れるときまでは言う通りにしようではないか。


 私はまたバイクに跨り、道を進む。

燃料が切れるまで。


──あぁ、見つかるといいな。納得いく場所が。生きてて良かったと思える死に場所が。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ