マトン
「ウッディ様、もしよければ文官用の仕事場を作ってくれませんか? 屋敷の中にスペースを宛がってくれるなら、それでも問題ないですが……」
マトンが僕にそう言ってきたのは、今から一週間くらい前のこと。
僕は彼女がほしいといったので、それに従い少し大きめの庁舎を建てることにした。
そこで新たなハウスツリーを色々と弄っていく中で、また新たな発見があった。
どうやら樹木守護獣は、スキルだけじゃなくて樹木の力もパワーアップさせてくれるということがわかったのだ。
樹木守護獣を事前につけたハウスツリーと他の樹を交配させると、今までより大きな建物が作れるようになったのである。
おまけに樹木守護獣の意志をある程度反映することもできるらしく、今までまるっとくりぬいた大部屋がメインで一辺倒だった家の中の間取りを、ある程度いじれるようになった。
けれどそこには、樹木守護獣の性格が反映されてしまうため、完全に家主の思い通りという感じにもいかない。
完全に画一化された建て売りか、完全に自分が自由に作ることはできない注文住宅。
どちらかがいいかと言われたら、正直前者を取る人の方が多いだろう。
なのでチャレンジャーな一部の例外の人を除いて、ハウスツリーを立て替えてくれという注文はほとんど来ていない。
閑話休題。
そんなわけで僕は、アースモールが守護するハウスツリーとアースツリーを交配して新たな仕事場を作ることにした。
一応隣に宿舎も建て、更にもぐらさんと協議の上で仮眠スペースなどもしっかりと置いておくことにした。
自画自賛ながら、立派な建物ができたと思う。
そして今日はその仕事場の竣工記念日(作成期間はなんと驚きの一日!)。
できた新たな職場を祝うため、マトンには最近徐々に生産量が増えてきているワインをプレゼントすることにした。
「ありがとうございます。それでは次に、この村に住んでいる住民のリストをください」
最初は彼女のやりたいようにさせようと思っているので、僕は言われるがままリストを手渡した。
そうしたらしばらく待っていてくださいと言われたので、僕はとりあえず王国式に行ってきている出納簿を彼女に任せて、各種の陳情処理に移ることにした。
そしてそれから一週間後、事態は驚きの展開をみせていたのだ!
マトンのために文官用の職場と宿舎を作ってから一週間後。
気になっていたけれどなかなか踏み込まずにいた僕は、手すきの時間ができたので彼女の下へ向かうことにした。
「ウッディ様、お疲れ様です」
「うん、お疲れさま」
中に入ってみると、マトンの部下らしき人が三人ほど仕事をしていた。
どことなくぴっちりとした服を着ていて、お堅い役人といった風情がある。
そろばんを弾いたり、困ったような顔をしている人相手に話し合いをしていたりと、皆しっかりと働いている。
けれど肝心のマトンの姿だけが見えていなかった。
「ねぇ、マトンはどこにいるの?」
「ああ、マトンさんならあちらの事務室で……」
「ふわあぁ……」
言い切るより早く、事務室のドアが開く。
そしてそこからは、一週間前と変わらぬ様子のボロボロの服とボサボサの頭のマトンが出てきた。
大きくあくびをして目からは涙を流していて、頭の後ろの方はぴょんっと跳ねている。
というかあれって、もしかしなくても……寝癖だよね?
「ねぇマトン、もしかして今まで寝てた?」
「イェッサー!」
いや、そんなに元気に挨拶を返されたところで、寝てたという事実は変わらないからね?
「私は寝てても何も問題はないのです」
「なぜですか? あなたがサボっていてはウッディ様の過労はなくならないのですが?」
少し苛立った様子で告げるアイラの頭上に、氷柱が生じる。
そのまま放たれれば、マトンはただではすまないだろう。
けれどそれでも彼女は変わらぬ様子で、あくびをしながら告げた。
「私抜きで処理ができるシステムを構築したからです」
「それは……どうやって?」
話を聞いてみると、マトンはこの一週間しっかりと働いていた。
まず最初に、彼女は二日ほどの時間をかけてツリー村にいる人間の基礎的な学習状況や得意・不得意な分野について調べ上げた。
そして次に、その中でもなんらかの理由があって働けていなかったり、職場との反りが合わず上手く実力を発揮できていない人を見つけあげた。
そして彼らを引き抜くために、スカウトを行い、仕事を割り振った。
現在役所にいる三人は、それぞれ計算能力、コミュニケーション能力、折衝能力の高い人間を集めたということだ。
「あとは彼らに税金関係の処理と村人の陳情、起こった紛争の調停をそれぞれ任せます。彼らは自分が得意な分野であれば才能を発揮できますので、私は最終的に資料を纏めるだけでいい。つまり実際にことが終わるまでは、こうして寝ていればいいというわけです。この状況を作るまでに一週間かかりましたよ……我ながら働き過ぎです」
それだけ言うと、マトンは再び昼寝をしに行ってしまった。
「ウッディ様、あれでいいんですか?」
「うん、いいんじゃないかな。僕の仕事は結果的に減ることになるわけだし」
「けれどそんなに上手くいきますかね……?」
アイラは懐疑的だったが、それから僕に降りかかってくる仕事の量は驚くほどに減ることになる。
「はぁ、私が間違っておりました。自分が楽をするために他人を使う……マトンはたしかに、文官として一流の働きをしております」
なかなか自分の間違いを認めないアイラがそう口にするほどに、僕の健康状態も目に見えて良くなり、色々と他のことを考えるだけの余裕ができるのだった。
そしてマトンは以前と大して変わらない、ぐーたらと眠っては時たま働くという生活を続けるのであった……。