しょっぱい
「な、なんということであるか……」
僕が『収納袋』からポンポンと世界樹の実を出しているのを見たシムルグさんが、呆けた顔をして呟く。
見た目は完全に大きな鳥なんだけど、妙に感情表現が豊かで、動きもコミカルだ。
「……」
シムルグさんは新たに実が生り始めている世界樹を出したところで、完全に絶句してしまった。
「ひ――非常識にもほどがあるのである! そもそも世界樹の中でも、実の生る確率はかなり低いというのに……どうしてこんなにちっちゃな世界樹全部で実が育っているのであるか!」
「ウッディ様、神獣に非常識って言われてますよ……(ひそひそ)」
「白金貨が千枚、二千枚、三千枚……わわっ、あわわわっ(あせあせ)」
後ろの方で、アイラとナージャが何やら話をしている。
お互い好きなことを言っているだけから、全然意思疎通はできていなさそうだ。
でもこれが一つ白金貨千枚……それが現状でも、一日十個以上手に入る……一日の稼ぎが白金貨一万枚……ハッ!
いけないいけない、完全に目がお金のマークになってしまっていた。
とりあえずこんな僻地ではお金なんかあっても意味ないし、今は考えないのが無難だね、うん。
僕はお金の問題を一旦棚上げしてから、最後の世界樹の植木鉢を置いた。
「ちなみに世界樹の数は、まだまだ増やせます」
「……」
「まだ今だと一日四本が限界、ですけど」
「――世界樹を一日四本植えるとか、もう限界がどうこう言う問題ではないのであるっ!!」
シムルグさんは眉間を抑えて、頭痛を我慢する時のような顔をしていた。
そしてやれやれと首を振ってから、うなだれてしまった。
一体どうしたんだろう?
「ウッディ……いや、もう何も言うまい。とりあえず我は世界樹の実を一日一つもらう対価として、魔物の肉や素材をプレゼントするのである。もちろんこれだけだとウッディの持ち出し超過になるために、この砂漠で住む場所を決めてくれたら、そこに我の守護を与え正式な聖域とするのである」
聖域にも格のようなものがあるとシムルグさんは言う。
僕が樹結界を重ねて作ったあれは簡易的な聖域であり、等級としては最下層。
そして教会が作っている聖壇は、それよりは上だが等級は下から二番目にあたるという。
これら二つは聖域とは言っても名ばかりなので、効果は限定されている。
例えば樹結界は魔物除けの機能しかないし、聖壇は素養を授けることしかできない……といった風に。
けれど神獣様が守護を与えた聖域は、それらとは一線を画したものになるらしい。
シムルグさんが守護を与えた場所は真の意味での聖なる領域となり、砂漠だろうが水資源が豊富になり、豊穣も約束され、魔物も寄ってこなくなり、素養を授ける祝福の儀だってできるようになる。
「あまり数を増やされると今後数百年で問題が起きかねないので、とりあえず、聖域の数は一つに留めておいてほしいのである」
「――すごいですねウッディ様! これで砂漠でも幸せに二人で生きていけそうです!」
「さすがはウッディだな! それなら善は急げだ、私達二人が生涯暮らせるような場所を探しに行こう!」
僕の右からナージャが、左からアイラが肩を掴んでくる。
ぐっ、二人とも握力がすごい強い。
肩がもげちゃいそう……と半泣きになりながら後ろを振り返ると、二人がバチバチと火花を散らしていた。
「はぁ? ナージャはお呼びではないんですが、今すぐ故郷に戻ってあの領主の息子と結婚して子供を孕んで、一生あっち行っててください」
「なんだと貴様!? トリスタン家の一人娘である私に対してそのような口をっ……!」
「ああ、やだやだ。絶縁したくせに、都合がいい時だけ家の名前を口に出すんですね。そんな賤しい品性だから、ウッディ様が連れて行こうとしなかったのですよ」
「なんだとこの駄乳メイド!」
「うるさい貧乳剣聖!」
「へ、変なあだ名をつけるなっ!!」
「……」
僕は何も言わずに、顔を前へと戻した。
するとシムルグが、器用に翼をクロスさせながら、うんうんと頷いていた。
「心中お察しするのである」
神獣に心配されるという世にも珍しい経験をしていると、気付けば二人の手が離れていた。
今にも戦い始めてしまいそうなほどの緊迫感があるが、流石にいきなり戦い出すほど二人とも無分別じゃない……よね?
うん、きっと大丈夫。
「世界樹の実……食べますか?」
「――ありがたくいただくのであるっ!」
こうして僕は、神鳥シムルグさんと行動を共にすることになった。
友好の証として、一緒に世界樹の実を食べる。
相変わらず美味しい……けどなぜだろう。
半日ぶりに食べる世界樹の実は、なぜだかちょっぴりしょっぱいのだった……。