いっぱい
「世界樹の実について……いや、世界樹というものについて教えてくれますか? 僕、その辺のことにはかなり疎いので……」
「ふむ、いいだろう。何も知らぬ相手に吹っかけるほど、我の性根は腐っていないのである」
シムルグさんの世界樹講座が始まる。
彼の持っている知識は、当たり前ながら僕が知っているものとは大きく異なっていた。
ただそれも当然っちゃ当然だ。
だってシムルグさんは人伝じゃなく実際に自分で世界樹を何度も見ているらしいから。
「まず世界樹というのは、簡単に言えば聖域を作り出すための魔道具である。魔力の吸収・変換を行うこともできるが、これらはあくまでも聖域生成の副産物に過ぎぬのである」
「……ぐぬぬ、シムルグの言っていることは難しいぞ」
僕と一緒に起きて特にすることもないナージャは、隣で話を聞いている。
ちなみにアイラは、いつでも出発できるように片付けを終えてから、皆が飲めるように紅茶を準備している最中だった。
けれどしっかりと聞き耳も立てていて、話を聞きながら作業をしているみたいだ。
でもナージャじゃないけれど、たしかにちょっと分かりづらい。
というか……。
「聖域ってなんですか?」
「簡単に言えば、神が安住の地として認めた地域のことである」
聖域とはそのまま聖なるスペースのことを指している。
聖域として認められた地域では作物が豊かに実ったり、川が自然と浄水されたりといいこと尽くめになるらしい。
また、聖域の聖なるエネルギーを恐れて、魔物が近付くこともないのだとか。
そして聖域の中でも更に神聖な場所ともなれば、神と交信をすることも可能になるのだという。
「基本的に国においては、教会の一部――素養を授ける聖壇が聖域になっていることが多いのである。というか、そこしか聖域にできないというべきであるな。神託や祈祷の素養持ちによる物量作戦で強引に聖域を作り、そこを素養を授けるための祭壇にしているのである」
「教会……」
ズキン、と胸が痛くなる。
その二文字を聞いて浮かんでくるのは、父さんのあの無感情な瞳と、僕を馬鹿にするアシッドの顔だったからだ。
けどその感情はすぐに振り切った。
ナージャやアイラの前で、情けないところはは見せたくないもの。
「聖域を作るためにはいくつかの方法がある。その中で最も効果的なのが、世界樹による聖域作成である」
聖域には魔物が寄りつかないというさっきのシムルグさんの言葉を聞いてピンときたことがある。
「……もしかして、樹を重ねて作っているこの大きめの樹結界って……?」
「――いかにも。簡易的なものではあるが、たしかにそれは聖域である。複数の世界樹で聖域を作るのを見たのは、我ですら初めてである。なんとも贅沢な使い方であるな、エルフが見たら驚きのあまり失神してしまうやもしれぬ」
え、エルフが失神って……僕の『植樹』の力って、思っていたよりもすごいものなのかも……?
「ちなみに世界樹の実は栄養バランスに優れ、老化防止や疾病治癒などの効果があり、おまけに味もとてつもなく美味しいため、人間界ではたしか白金貨千枚以上で取引されていたはずである」
「白金貨……千枚……?」
「おまけにドライフルーツでその値段であるから、生で食べられるとなれば一体いくらの値がつくのか……。あ、ちなみに世界樹の実は神獣界隈でも人気の果物であるから、他の奴らがやってくる可能性も結構高いのである」
「神獣様が、他にも……?」
アイラがその光景を想像して目を大きく見開いている。
そしてこてんと首を横に傾げていた。
ちょっとぶっ飛びすぎていて、イマイチ想像がついていないんだろう。
その気持ちはよくわかる。
――だってそのすぐ横にいる僕も、まったく同じ気持ちだからね!
昨日はナージャが突然登場したインパクトがデカすぎたせいでつい流しちゃったけど、ことの重大さ的にはこっちの方がよっぽど大きいかもしれない。
だって白金貨千枚だよ、千枚。
金貨にしたら十万枚……下手な貴族家の年収なんかよりずっと多い。
これ一つ売るだけで、孫の代まで遊んで暮らせるんじゃないかな……?
それに神獣が他にも来る?
そもそも神獣って、おとぎ話に出てくる空想上の生き物だと思ってたよ。
冷静に考えてそんな凄い生き物とこうして話をすることができていて、おまけにこれから更にやってくるかもって言われてるんだから、正直理解が全然追いついてない。
「なんだか……私の『剣聖』なんかより、『植樹』の方がよっぽど凄いものに思えてきたぞ……」
「たしかに我も長いこと生きてきたが、こんなでたらめな素養を見たのは初めてである」
うんうんとシムルグさんとナージャが頷き合っている。
どうやらここに来るまでの旅路で、二人は仲良くなったようだった。
それにしても、神鳥にでたらめって言われるなんて……。
「さて、そこで話を戻すのであるが……その世界樹の実を、定期的に我に譲っていただくことはできぬだろうか? もちろん、しっかりと対価は渡すのである」
「はい、いいですよ。一日一粒でいいですか?」
「わかっている、そう簡単に頷けるものではないということくらい。無論、我だってそれ相応の対価を……は?」
シムルグさんがぽかんとしている。
神獣が驚いた様子を見た人間は、もしかすると僕が初めてかもしれないな。
でも……うん、別に一日一粒渡すくらいなら全然問題ないんだよね。
だって……『収納袋』の中にも、まだまだ果実の生る世界樹、いっぱいあるし。