世界樹
そしてやってきたのは、ナージャだけではなかった。
「ほう……小ぶりながらも、見事であるな」
「と、鳥さんが……喋っていますっ!?」
アイラが驚いているのも当然。
気付けば僕がさっき『植樹』を使って埋めた樹に、一匹の鳥が乗っかっていたからだ。
いや、それを鳥と言っていいのかは、正直判断に迷う。
だってサイズが……樹と同じくらいあるのだ。
鳥型の魔物、と考えた方がいいかもしれない。
人の言葉を解するってことは、相当高位な魔物だ。
もしかしなくても、樹結界を抜けてきたわけだし。
「メイドよ、彼は敵ではない」
「ナージャがそう言うなら大丈夫だよ、アイラ」
「ぐぬぬ、なんたる信頼の高さでしょう(二人で一緒にいて親密度爆上がり、そのままゴールインして子供を三人作るところまで見えていたというのに……強敵出現、ですね)」
「ハッハッハッ! ウッディ殿はモテモテであるな!」
いつでも魔法が使えるよう臨戦態勢だったアイラは、ごにょごにょ言いながらも警戒を解いた。
二人の様子を見たデカい鳥は、楽しそうに笑っていた。
ほんとになんなんだろう、この鳥は。
ナージャも言っていたし、心配はしていないけど……。
僕が不思議そうな顔をしているのを見て取ったナージャが、ババンッと口で言いながら鳥の方に手を向ける。
「この鳥さんはな、私をここまで連れてきてくれたのだ! だから良い鳥さんだぞ」
「こ、根拠が薄弱すぎるっ!?」
「なんだメイド、文句があるのか?」
「いいえ、ですがウッディ様に危険を近付けることがあってはいけませんと思いまして」
何故かナージャに対してキツくあたるアイラ。
二人がバチバチとやり合っている間に、鳥さんとコミュニケーションを取ることにした。
「いきなり失礼したな、ウッディ殿。我はシムルグ、人間からは神鳥などとも呼ばれているな」
「――し、神鳥っ!? 神獣様でしたか、これは失礼を!」
この国には、神獣という生き物がいる。
彼らはただの鳥でも魔物でもない。
神獣とはこの世界と共に在り、この世界を守る守護者だと伝えられている。
神虎フェンリル、神鳥フェニクス、神獅子レグルス……神の名が付く異名を持つ彼らは、おとぎ話や伝承に度々登場しては、人を導いたり、またある時は戒めたりする。
皆、とてつもない強さを持っているという話だ。
もっとも基本的にはただ世界を見守るだけで、人間界に出てくることはほとんどないと聞いている。
僕がされてきた領主教育でも、神獣については触れられてはいなかったし。
「でも神獣様が、一体どうしてナージャを……?」
神獣は信仰の対象にもなるほどにレアな存在だ。
少なくとも僕が知っている限りで、王国建国以来一度も接触を持ったという話は聞いていない。
「ナージャ嬢が持っていた世界樹を感知したからであるな。そしてそれを素養で生み出したウッディ殿に興味を持ち、ここまで一緒にやってきたのである」
「世界樹……? ――世界樹ッ!?」
最初こそぽかんと呆けたように聞いていたけれど、一瞬で目が冴えた。
今間違いなく、世界樹って言ったよね?
「なんだ、気付いていなかったのか? ウッディ殿が『植樹』の素養で生み出しているその樹は、紛れもなく世界樹である」
世界樹とは、神獣と同じくらい伝承として取り上げられることの多い、大きな樹だ。
大きいと言っても、並大抵のサイズではない。
話ではその樹の上に街が作れてしまうようなものだと聞いている。
なんでも世界そのものに根を下ろすほどに巨大な樹という話だ。
伝わっているのも、おとぎ話にしてもファンタジー過ぎるような荒唐無稽な話ばかり。
天高くそびえ立つ世界樹を登りきれば、その先には天空世界が広がっているだとか。
世界樹から取れる葉で薬を作れば死人が蘇るとか。
世界樹が穢されてしまわぬよう、エルフ達が樹の下で里を作っているだとか。
僕が休憩するためにポコポコ出してるこれが、世界樹……?
「すごいです、ウッディ様!」
「うむ、流石ウッディだな。私の婚約者なだけのことはある」
ナージャの到着に神獣の襲来、そして明かされる『植樹』の真実……あまりの情報量の多さに、目眩がしてきた。
「とりあえず……今日は寝よっと」
僕は一旦全てをなかったことにして、ゆっくり眠ることにした。
なぜか寝苦しさを感じて、夜中に目を覚めてしまった。
そして当たり前だけど、寝ても何一つ事態は好転していなかった。
「ぎゅむむ……く、苦しい……」
――というか、状況が悪化しているっ!?
僕が樹結界で作ったスペースは、二人なら広々というくらいの広さだ。
けど昨夜はナージャも入って三人で寝たので、いつもよりかなり狭かった。
それでもこんなにギチギチなはずは……と思って見上げてみると、アイラとナージャがなぜか僕の布団に入ってきていた。
そしてその先には誰も眠っていない布団と広々スペースが……空いてる、あっちめっちゃ空いてるよ!
動こうとするが、まともに身動きができない。
僕の身体を、がっちりと二人が捕まえてしまっているのだ。
アイラが下半身を、ナージャが上半身をがっちりと掴んで離してくれない。
密着しすぎていて、なんだか甘くてクラクラする匂いがする。
そして胸とお腹に感じる、もにゅっとした感触……ダメだ、あんまり深いことは考えないようにしよう。
僕は内に秘めたビーストが顔を出して暴れ出す前に、さっさと眠ってしまうことにした。