声
僕達が砂漠地帯に来てから、早いもので三日の期間が経った。
ちなみに今のところは、結構うまくやれている。
「今日も砂嵐がすごいですねぇ……」
「だねぇ……」
――そう、僕らの砂漠行はそれほど問題なく進んでいた。
今だって飢えてガリガリになったりするようなこともなく、のほほんと砂漠を歩いている。
というのも、僕が素養で植えられるあの樹というのが、思っていたよりもずっと有用だったのだ。
砂漠の旅のためにあつらえられたんじゃないのかってくらいに。
砂漠を進んでいると、砂吹雪は徐々に強くなっていく。
けれど今の僕らは、足裏についてしまうものを除けばまったくというほど砂に汚れていない。
パチパチパチッ!
今もまた、僕の目の前で砂が弾かれて左右に割れていく。
その理由は、僕らが両手で抱えている植木鉢にあった。
「しかしこの樹、便利ですね……私、これから旅行する時は、ウッディ様の樹が欠かせなくなりそうです」
「ふふっ、そう? そう言ってくれて嬉しいよ」
この樹の力その1。
樹の周囲に、結界を張ってくれる。
色々と試しているうちに、この樹は周囲に結界を張ることがわかったのだ。
僕はこれを樹結界と名付けることにした。
この樹結界はかなりの結構な高性能で、砂粒や小バエ、突然のスコールに加えて空気中の塵まで色んなものをしっかりと弾いてくれる。
しかもただ便利なだけじゃなくて、なんとこの樹結界には魔物よけの効果もある。
この結界を見ると、魔物達が怯えたように去っていくのだ。
なので僕らはこれを思いっきり活用することにした。
樹を植木鉢に入れて抱えれば、僕らを守ってくれる結界装置のできあがりってわけ。
おかげでほとんど汚れることなく、危険を感じることもなく、どんどんと先へ進むことができている。
「そろそろ日も沈んできましたし、今日はここまでにしましょうか」
「うん、そうしよっか」
砂をよける必要がないから、もう休める場所を探す必要もない。
休憩スペースだって、今はもうスムーズに作ることができる。
まず僕は、持っている植木鉢を置いた。
するとアイラが、そこから二人分のスペースを空けたところに樹を置く。
「ほい、『植樹』っと」
そしてその二つから等距離になるところに『植樹』を使って樹を植える。
三つの樹が三角形に設置されている形だ。
バチバチバチッ!
結界同士が干渉して光ったかと思うと、三つの樹の結界が重なり合う。
そして一つの大きな結界が出来上がった。
その樹結界は、ちょうど僕らがゆったりできるくらいの大きさになっている。
三本の樹でしっかりと二人がくつろげる樹結界を作るのまでには、結構時間がかかった。
こうして無駄に笑顔ポイントを使わずに休めるのも、試行錯誤の賜物なのだ。
ちなみに植えた樹はとりあえず『収納袋』に入れている。
この水のない砂漠だとすぐに枯れちゃうだろうし、誰かに樹が持っていかれたりしても嫌だしさ。
あ、ちなみにこの三日間で僕の植樹レベルが上がっている。
植樹レベル 3
植樹数 7/10
笑顔ポイント 10(4消費につき1本)
スキル 自動植え替え
レベルが上がったことで、新たなスキルが手に入った。
この自動植え替えを使うと、樹の周りの土を固まって即席の植木鉢ができる。
おかげで『収納袋』に入れるのが簡単になったので、実は結構助かっていたり。
けどそろそろレベルがまた上がるな。
明日になったら一気に三本植えて、レベルを上げよっと。
「よし、ご飯にしよっか」
「はいっ! 私、今ではこれが一日に一度の楽しみなんですよねぇ」
アイラはそう言うと、自分が先ほど置いた樹の方へと手を伸ばす。
向こう側を向いて手を伸ばしているせいで、お尻がこちらを向いている。
安産型のお尻が、どどんとその存在感を示している。
す、すごく、大きいです……。
「揉んでもいいですよ」
「そ、そんなことしないってば!」
くすくすと笑い出すアイラは、ひとしきり僕をからかって楽しんでから樹についている果実をもいだ。
今のでまた笑顔ポイントが2溜まったぞ、今日も何本かは樹が植えられそうだ。
僕も近くにある樹へグッと手を伸ばして、果実をもいだ。
――この樹の力その2。
一日一個、果実を実らせてくれる。
「いただきま~す」
手に持っているのは、金色の光を放っている果実だ。
楕円形の見たことがない形をしていて、その食感はマンゴーや桃に似ている。
何故か一日一個実ってくれるこの樹の果実は僕らのおやつであり……この過酷な旅に現れた一服の清涼剤だった。
「んんっ、美味しいです~~幸せ~~ウッディ様愛してます~~」
この実は、アイラが思わず顔を綻ばせて愛の言葉を囁いてしまうくらいに美味しい。
僕も彼女に続いて口に含む。
ねっとりとした食感に、暴力的にも感じる甘み。
けれど奥の方に少しの酸味があるおかげで、食べていてもまったくくどくならない。
「うまあああああいっっ!」
相変わらず思わず叫んでしまうおいしさだった。
これでも最初に食べた時と比べると、声はかなり小さくなっている方だ。
強烈な甘みととろみを感じるのに、ずっと食べていられる。
何度食べてもまた食べたくなる果実だ。
一日一個じゃ足りないと思っているのは、きっと僕だけじゃないだろう。
僕は公爵家の嫡男として色々とスイーツを食べてはきたけれど、この実は今まで食べたどんな甘味よりも美味しい。
そしてこの果実、実はむちゃくちゃ美味しいだけじゃない。
なんと驚くべきことに、これを一粒食べるだけで不思議なほどに満腹感を感じるのだ。
僕もアイラもこの実を食べるようになってから、一日に一度、この実を食べるだけで丸一日食事が要らなくなっていた。
満足感も持続するので、持ってきている食物も、小腹が空いた時におやつ感覚で干し肉をかじるくらいでしか消費していない。
おまけに魔法袋にも世界樹のストックはあるから、果実のストックはどんどんと増えている。
一応食べようと思えば無限に食べられそうな気配はあるんだけど、食料はなるべく温存しておこうということで、何個も食べるのは我慢している。
明らかにやばい禁断の果実のような気がするが、『植樹』の素養によればこの果実に人体に有害な物質は何一つ入っていないらしい。
それどころかこの実は滋養強壮に優れており、これ一つ食べるだけで栄養バランスが完璧に整うとのこと。
もしこの樹で果樹園が作れたら、王国で天下だって取れたんだろうな。
……まあ王国内に僕の居場所はないから、叶わぬ夢ってやつだけどさ。
「私達はこの樹のおかげで驚異的なスピードで進めていると思います。そろそろ現地住民との遭遇した時のことも考えておくべきかと」
「うん、そうだね。ん……?」
別に特になんとはなしに見ていたのだが、気付けば樹がブルブルと震えていた。
そしてチカチカッと赤い光を発している。
こんなこと、今までなかった。
明らかに変だ。
きっと僕らに、何かを伝えてくれようとしているんだと思う。
「ウッディ様!」
見ればアイラも警戒態勢を取っている。
どうやら彼女も自分の近くにある樹から異変を察知したらしい。
「…………ぃ………」
「何か……聞こえてくる?」
遠くからのか細い声が、どんどんと大きくなっていく。
そして声が聞こえるようになってから、どんどんと風が強くなっているのがわかる。
立っているのも難しいくらいの突風だった。
「…………でぃ……」
「え、この声……まさか……」
僕はその声の主を、知っている気がした。
でもまさか、そんなはず……。
けれど、そのまさかだった。
「ウッディイイイイイイイイイイィィィィッ!!」
もう二度とは聞けないと思っていた声。
ここに来るまでに……ううん、ここに来てからも。
もう一度聞きたいって思っていた声。
スタッ!
音もなく着地する、その軽々とした身のこなし。
びっくりするくらいに綺麗な赤髪に、鋭くて切れ長な目。
強そうな見た目をして、強そうな言動ばかりして。
それなのに実はかわいい、僕の元婚約者。
「ウッディ……会いたかったっ!」
「ナージャ……うん、僕だってそうさ」
僕達はギュッと、力強く抱きしめ合う。
こうして僕とアイラの二人旅にナージャがやってきたことで、毎日がより一層賑やかになるのだった――。