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婚約者


「はぁ……」


 彼女、ナージャ・フォン・トリスタンは一人憂鬱そうな顔で窓の景色を眺めていた。

 トリスタン伯爵家の一人娘であるナージャは、将来が約束され、自分の愛しの人と結ばれる……はずだった。

 けれどその運命は変わってしまった。


(ウッディ……)


 彼女の婚約者であるウッディ・コンラートが祝福の儀で得た素養が『大魔導』ではなく、『植樹』というおよそ戦闘には使えないものだったからだ。


 王国の貴族は皆、戦闘用の素養を大切にする。

 ナージャのトリスタン家もその例に漏れない。


 故に婚約は破棄、新たに『大魔導』を持つアシッドとの婚約が結ばれることになった。

 ナージャはまったく納得できていない。


(私は素養を好きになったわけじゃない)


 彼女の家は、魔法よりも剣技を重視する家系だった。

 皆が『剣豪』を始めとする剣に関連した素養を持っており、トリスタン家にもコンラート家における『大魔導』のような、『剣聖』というレアで強力な素養がある。


 そしてナージャは女性で『剣聖』の素養を継いだ、トリスタン家で初の人間となった。


 素養は混ざり合うことで強力なものに変化する場合がある。

 『剣聖』と『大魔導』が混ざれば、もしかすればとんでもない素養を持つ子が産まれてくるかもしれない。

 『勇者』や『魔導騎士』、『竜騎士』などの強力な素養が発現すれば、自分達の子孫の地位はより盤石なものになってくれるだろう。


 ――けどそんなもの、ナージャにとっては心底どうでもよかった。


(私は素養じゃなくて……ウッディを好きになったんだ)


 ナージャはウッディと初めて会った時のことを思い出す。







 婚約が嫌で嫌で仕方なかった彼女は、破談に持ち込んでやろうと初対面のウッディのことをボコボコにした。


 けれど彼はそれでも、にこにこと笑ってナージャに近付いてきた。

 何度追い返しても、彼はやってきた。


「そこまでして私の素養が欲しいのか!」


 当時既に『剣聖』の素養を授かり、ナージャはナーバスになっていた。


 誰も彼もが彼女の素養を褒めそやし、以前にも増して見合いの希望者が増えた。

 ナージャは、自分がまるで素養を継がせるための機械にでもなったような感じがして、常にイライラしていたのだ。


 そんな彼女に、ウッディはこう告げた。


「僕は腕っ節はからっきしだから、あなたみたいな強い人に憧れるんだ。だからこの出会いがどんな結果に終わるにせよ、仲良くなれたらって思う」


 貴族の嫡男らしからぬ温和なウッディに、ナージャは興味を持った。

 そして正反対の性格を持つ二人は……徐々に引かれていった。


(本当であれば素養を授かってからすぐに、結婚式をするはずだったのに)


 ナージャは現世へと意識を戻し、くるりと後ろを振り返る。

 そこにはウッディにせがんで植えてもらった一本の樹があった。

 毎日ぐんぐんと成長しており、今ではナージャの背丈くらいの長さに育っている。


 ウッディの笑顔を思い出して嬉しい気持ちになり、もう二度とあの笑顔は見れないのだと思うと悲しい気持ちになった。


 つぅ……と瞳から涙がこぼれる。


「……ウッディの、バカッ! 私のこと大好きって、絶対結婚してくれるって――言ったのにッ!」


 ナージャは思いっきり、樹をグーで殴る。

 『剣聖』を授かった時からナージャの身体能力は強化されている。

 だが……オークを拳打で殴り殺せる彼女の一撃を受けても、その樹はびくともしなかった。

「こらこら乙女よ、その樹をそう粗雑に扱わってはならぬ」


「だ、誰だっ!?」


 ナージャが飛び下がり、腰に提げた剣に手をかける。

 彼女が先ほど殴った樹の樹上に、一匹の真っ白い鳥がいた。

 中型犬ほどの大きさがあり、明らかに鳥のサイズではない。


 窓は閉め切っていたはずだ。

 こんな馬鹿デカい鳥が、この部屋に入ってこれるはずがない。

 ナージャの剣気を見ても、鳥は驚いたりすることもなく泰然としている。


「そう剣呑に構えなさるな、乙女よ。我に戦う気はないのだ。勝手に入ってきたことは詫びよう、けれど我もしんじゅ――」


 彼女は剣に手をかけ――抜いた。

 『剣聖』の素養を持つナージャの神速の居合いが、鳥を真っ二つに引き裂いた。


 けれど鳥は姿がブレたかと思うと、何事もなかったかのように元に戻った。

 怪我をした様子はない。


「言ったであろう、我は戦うつもりは――」


「その樹から降りろ、それは私の大切な人がプレゼントしてくれた、大切な樹なんだ」


「世界樹を……プレゼントだと? こいつはそんな簡単に持ってこれるような代物では――むむっ!?」


 鳥は律儀に樹から降り、そのまま瞳を閉じた。

 かと思うとすぐに、カッと目を見開いた。

 そしてブルブルと震えながら、左右の翼で頬を包んでいる。


 鳥のくせに、妙に感情が豊かなやつである。

 こんなサイズがデカい時点で、ただの鳥ではないのだろうが。


「なんということであるか! 世界樹が本当に増えているのである! 乙女よ、お主にこの樹を送ったのはいったい誰なのであるか?」


 ナージャは少し冷静に考えた。

 攻撃が通らずに、勝手に部屋に侵入できる、敵意のない魔物のような鳥。

 そして鳥が先ほど言いかけていた言葉。


 これだけヒントがあれば、彼女にはこの鳥の正体が掴めた。

 であれば教えた方がいい。

 下手に隠し立てをしてもあまり意味はないからだ。


「私の婚約者――ウッディ・コンラートだ」


「そうか、ウッディ殿というのか。世界樹の栽培に成功するとは、なんたる御仁であるか!」


「ふふん、そうだぞ、ウッディは凄いのだ……って、世界樹? どこかで聞いたことがあるような……?」


 自分の好きな人のことを誉められて、鼻高々なナージャ。

 そんな彼女の様子を見て、鳥はフフッと笑ってから、その顔をキリリと引き締めた。


「乙女よ、我はそろそろ失礼させてもらう。今すぐにウッディ殿の下へ向かい――神獣としての役目を果さなければならないのでな!」


 そう言って窓をすり抜けて出て行こうとする鳥の背中を見る。

 気付けば声が出ていた。


「私も連れて行ってくれ! あいつには言わなければいけないことがあるんだ!」


「ふむ……それならば我の風に乗っていくといい。想いを伝えたいという乙女の願いを無碍にするほど、我は野暮ではないのである」


「それと私は乙女じゃない! 私はナージャ……ただのナージャだっ!」


「そうか、失礼した。それでは行こう、ナージャ嬢」


 二人はそのまま部屋を――スルリと抜ける。

 そしてナージャは鳥が使う風魔法に乗って、一路ウッディのいる砂漠地帯まで飛んでいくのだった。


「待ってろよウッディ……私の諦めの悪さを、舐めるんじゃないぞ!」




 こうしてナージャは私室から忽然と姿を消した。

 逃げ出した姿を見た者は誰一人としておらず、捜索隊も彼女が逃げた痕跡を見つけることはできなかった。


 街に住む住民のうちの一人が空を飛ぶ女性と鳥を見たと口にしていたが、その情報は与太話としてまともに取り合われることはなかったという……。

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