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『植樹』


 父は僕にコンラート領からの追放を言い渡した。


 それから二日後、準備を終えた僕が馬車で家を出る時に、誰も見送りに来てはくれなかった。


 ウッディ・コンラートではなくただのウッディになった僕に、価値などないのだ。

 そう言われているようで、少し悲しい気分になったりもした。


 けれど僕はこうして今、砂漠地帯までやってくることができている。

 人生に絶望して逃げたりしなかったのは、二人の女の子のおかげだ。


 一人は僕のことを励ましてくれた婚約者のナージャ。

 そしてもう一人は、家を追い出された僕の隣にずっといてくれた――。


「うわぁ……本当になんにもない……」


 そう言って目をすがめる女の子を見て、僕は自分に喝を入れる。


 キレイな銀髪をフードで隠している彼女は、その名をアイラ。

 僕の専属メイドをしてくれている、三つ上の女の子だ。


 出発直前に「クソ上司に辞表を叩きつけてきました!」と誇らしげな顔をしていた彼女は、どういうわけかまだ僕のメイドでいてくれていた。


 ちょっぴり口は悪いけどかなり有能で、素養も僕とは違ってかなり強力で有用なものだったりする。


 給金がまともに払えないと言っても、それでも構わないとアイラは言ってくれていた。

 どうして僕なんかについてきてくれるのかはわからないが、せめて彼女に不自由な思いはさせたくないな、と思う。


「この砂漠、十年後のウッディ様の頭髪みたいに不毛ですね」

「――十年後もふっさふさだよ、僕は!」


 たしかに髪の毛が細いから将来ハゲるかもって髪切りには言われていたけど、二十五歳ならまだ問題はない……はず。

 お父さんもちょっとうっすらとしてきたけど、大丈夫なはずだ。


 ……本当に大丈夫かな?

 なんだか不安になって……って、そうじゃない。


「ここ……本当に住めるのかな?」


 目の前に広がるのは枯れた木々や段々になっている砂の広がる砂漠だ。


 コンラート公爵領は北部にあるバッテン荒野。

 そこを抜けた先にある名もなき砂漠地帯は、未だ誰の領地でもない、文字通り手つかずの土地だ。


 僕は公爵領からの追放を言い渡されているため、領地である荒野に留まることはできない。

 公爵領から外れた砂漠地帯で暮らしていかなければ、領主命令を無視したとして処罰されかねないのだ。


 いやもしかしたら……それを狙ってるのかな。

 だとしたらそんなアシッドの思惑になんか、乗ってやるもんか。


「何にせよ、とりあえず進んでみようか」


「……そうですね。とりあえず保存食が保つうちに、砂漠での食糧確保をどうにかしなくては」


 僕らは領外へと、一歩踏み出すことにした。




 砂漠地帯を進んでいく。

 馬車は返しているので、もちろん徒歩である。


 先へ行けども行けども同じ景色だ。

 そのあまりの代わり映えのなさに、先に精神がやられそうになってくる。


 気温もかなり高く、こまめに水分補給をしないとあっという間に干上がってしまいそうだ。

 これで夜になると逆に水が凍るほどに冷えるって話だから、歴代の領主達が匙を投げたのも頷ける過酷さだ。

 現地住民もいるって話だけど……一体どんな人達なんだろうか。


「ウッディ様」


「どうかした?」


「水源やオアシスは近くにありません。ですので適当に身を隠せるところを探して今日は眠りましょう」


「うん、わかった」


 ある程度サバイバル経験があるというアイラの言葉に従って、寝床の捜索に入る。

 幸いそれほど遠くないところに、僕とアイラを砂から守ってくれそうな巨岩が見つかった。

 倒れたりしないか力を込めて確認してから、頷く。

 よし、今日はこいつの影で寝ることにしよう。


 リュックを下ろして一息つく。

 見れば外套の中で掻いていた汗は完全に渇いていて、中に白い塩の線が走っていた。


 今日は二時間も歩いていないけれど、今までの旅疲れもあってくたくただ。

 ここでゆっくり休ませてもらおう。


 ――あ、ちなみに追放される前に貯めていたお金のおかげで保存食や飲料水、外套といった生活に必要な諸々は一通り揃っている。


 不測の事態が起こらない限り、一ヶ月くらいであればなんとか生活できるくらいの物資は持ってきている。


「『収納袋』がなかったらと思うとぞっとするよ」


「水なら私が出しますから、じゃんじゃん使って構わないですよ。なんなら水浴びとかしてもいいです」


 僕が背負っていたリュックは『収納袋』といって、見た目はしょぼいけれど立派な魔道具だ。


 これは簡単に言えば、中に沢山の物が入る袋。

 なんでも空間魔法を使ってリュックの中に亜空間を使って云々かんぬんという話だけれど、詳しいことは僕にはわからない。


 既になくなった大昔の技術で作られているために、とんでもない値段がつく逸品だ。


 追放されるにあたって僕の部屋はアシッドのものになり、そこに置いていた僕の私物もほとんど返ってこなかった。

 なんとか持ってこれたのは、数点の魔道具だけ。


 この『収納袋』はその数少ない生き残りの一つというわけだ。

 何が起こるかわからない砂漠の旅では、本当にありがたいアイテムである。


「……アイラの魔力も無限にあるわけじゃないし、水は節約するよ」


「もう、本当に気にする必要ないのに。――なんなら私が水浴びをしましょうか? 青少年に刺激的な私のナイスバデーが火を噴くぜ」


「いや、なんでそうなるのっ!?」


「冗談です、ジョークジョーク」


 アイラは謎めいていて、何をするかわからないミステリアスな女性だ。

 こうしていっつも僕をからかってくる。


 とびきり有能なんだけど、その分変わってるんだよなぁ。

 僕の婚約者も変わっているし、有能な人間というのはどこかおかしいのかもしれない。


「幸いそれほど風量がありませんから、テントが弾き飛ばされることもないでしょう」


 アイラはあっという間にテントを作ってしまっていた。

 そして気付けば折りたたみのテーブルも出ていて、上には今日のご飯が置かれている。

 温められた干し肉と焼きしめられたパンにスープだ。

 ティーポットの中にはハーブが入っている。


「今日はぬるめにしましょうか」


 アイラがポットに指を向けると、そこからちょろちょろと水が出てくる。


 ――そう、彼女は水魔法使いなのだ。


 彼女の素養は『水魔導師』。


 これは水魔法に関連する素養の中でもかなり強力な素養だ。

 父さんやアシッドのように強力な魔法の素養には魔導という文字が入る。


 アイラはこと水魔法に関しては、父さん達に並べるだけの才能がある。

 それだけで宮廷魔導師にだって、一級の冒険者にだってなれるだけの力が。


 ……本当に、どうして僕についてきてくれるんだろうね。


「……うん、美味しいよ」


「今日はオルダナの葉を入れています。安眠効果もありますので、ゆっくりと寝付けるかと」


「アイラ、何から何までありがとう。本当に、ありがとうね」


 僕がハーブティーを飲みながらニコッと笑うと、アイラはゆでだこみたいに顔を赤くする。

「(反則でしょうその笑顔は! ズルいですよ!)」


 ボソボソと何か言ってるけど、全然聞こえない。

 なんて言ったのと聞いてみると、露骨に話題を逸らされた。


「ウッディ様、一つ聞いてもいいでしょうか? もしかするとウッディ様のご機嫌を損ねてしまうかもしれないのですが」


「うん、何でも聞いてよ」


 アイラはもじもじしてからそわそわとして、落ち着かない様子で、不安そうに僕の方を見て、


「ウッディ様のその『植樹』の素養とは……一体どういうものなのでしょうか?」


「……あ、そうか。アイラにはまだ一回も見せてなかったよね」


 アイラが躊躇していた理由がわかった。

 たしかに僕が追放された原因である『植樹』の素養のことは聞きづらいよね。


 僕がここにやってきた一応の名目は、この砂漠地帯を緑化させて緑豊かな場所に変えること。

 たしかに植えられるなら植えた方がいい、か。

 ここが誰の土地でもないなら、植えても何かを言われることもないだろうし。


 『植樹』を発動させると、視界の端に光の板が現れる。

 そこには綺麗な文字で、


【植樹を行いますか はい/いいえ】


 と書かれていた。


 はいを選択すると、次は植える場所を指定するよう命令される。

 とりあえずテントの近くにある場所を設定っと。


【ここに樹を植えますか? はい/いいえ】


 もう一度はいを選択する。

 するとぱあああっと強い光が辺りを包み込む。


「まっ、まぶしっ――」


「うん、これ眩しいよね」


 アイラと一緒に手で庇を作って待っていると、光が収まっていく。

 先ほど僕が指定した場所には……僕の膝くらいまでの高さのある樹が生えていた。


「まだ一回しか使ったことないけど、上手くいったみたいだね」


「これは……樹、ですね……」


 アイラはそれきり黙ってしまった。

 うん、だってこれ、本当にただの樹だもんね。

 ……反応に困る素養で、ホントにごめん。


『植樹量が一定量に達しました。レベルアップ! 植樹ステータスが解放されました!』


 ――って、なんかよくわからないのが出てきた!?

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