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ほっと一息


 緊張と緩和というのは結構大切だ。

 抜くところで抜くことを覚えないと、人間どこかでパンクしてしまうことも多い。


 というわけで聖域化という重大な仕事を終えたのだからと、今日は丸一日休みにしてしまうことにした。

 そのまま仕事に戻る気にもなれないしね。


 せっかくなのでマグロス村の落成(別に今日新たに生み出したわけではないけれど)記念で、今日は村中に景気よくウチの最新商品を振る舞うことにした。


 もちろんマグロス村だけだと不公平なので、ツリー村とギネア村にも同じものを手配させる。

 ウェンティの今後の繁栄を、皆にも願ってほしいからね。

 今日は気前よく、皆にタダ飯タダ酒を振る舞わせてもらおう。


 収穫袋に大量に在庫は抱えているため、補充をしながら皆の様子を確認していく。


 当然おしのびなので、いつもの貴族用の絹の服ではなく麻布の少し編み目の粗い服を身につけている。

 いつもは後ろにいるアイラも今は僕の隣で村娘風の格好をしている。

 ちなみにその逆側にいるナージャは、マグロス火山のダンジョンの魔物から出てきた革素材を使って作ったという革鎧を身につけ、冒険者ライクな格好をしている。


 僕らが歩いていると、至る所で杯を打ち付け合う音が聞こえ、酔っ払っていたり上機嫌だったりする人達の陽気な声が聞こえてきていた。


「ウッディ様に!」


「マグロス村の今後の繁栄に!」


「「乾杯ッ!」」


 酒好きな男の人達は、とりあえず樽から出してもらった、少し仕込みの足りていない甘めのワインを口にして気持ちよさそうに酒を飲んでいる。


 机に並んでいるおつまみを見て、思わず笑いがこぼれてきた。

 酒のおつまみというのは普通ちびちびと食べるものだと思うんだけど、テーブルを囲む男の人達は、まるでそれがメインディッシュかのように物凄い勢いでそれ(・・)を貪っている。

 机の上の皿に乗せられているのは……


「うめえええええええっっ!! なんだよこのマンゴー、今までのもほっぺが落ちるほどうまかったが……今回のはそれ以上だぞ!!」


「この干しぶどうも半端ねぇ……ダメだ、手が止まらねぇよ! こいつが甘いワインによく合いやがる!」


 今回の樹木改良のおかげで生まれた副産物である、ドライフルーツだ。


 甘すぎる生のフルーツをそのまま使うと、ドライフルーツの味がどうもぼやけてしまっていた。

 けれど樹木改良で甘さと酸っぱさを自由に選ぶことができるようになったことで、今までのドライフルーツを過去にする改良版の製作に成功していた。


 ポイントは、甘さの値を高めにして、酸っぱさの値を更にそれを若干上回るように調整してやること。

 そうやって改良したフルーツを使えばドライフルーツ自体の糖度も高くなり、今まで感じていた味のぼやけも綺麗さっぱりなくなった。


 なんだか食べたくなったので、収穫袋に入れていたドライフルーツのマンゴーを一つ口に入れる。


「ウッディ様、私にもください」


「私にもくれ!」


 二人の口の中にも、同じものをぽぽいっと入れてあげる。

 口の中に入れた干したマンゴーを舌で転がると、それだけで甘さが伝わってくる。

 舐めているだけで、ドロップみたいな甘さを感じ取ることができた。


 ぷつりと噛んでみる。干しているにもかかわらず感じるねっとりとした食感。

 干された果肉をかみ切る時のわずかな違和感を、凝縮された旨みがかき消していく。

 口の中は生のフルーツの時よりも強い甘さと、後を引くわずかな酸っぱさで埋め尽くされていく。


「うん、美味しい……やっと納得のいくドライフルーツができたよ」


「美味いな……フルーツは生に限ると思っていたが、今私の中でドライフルーツと完全に拮抗している」


「これだけの味になれば、自信を持って送り出すことができますね」


「うん、そうだね。ドライフルーツなら生のフルーツよりはるかに長距離を運ぶことができるから、王国全体を相手に商売ができるようになるよ」


 実は今まで、ドライフルーツの流通量は生のフルーツやピーチ軟膏、デトックスウォーターやフルーツティーの素と比べれば絞っていた。


 美味しいのは美味しいんだけど、『美味しすぎてまた食べたい!』ってなるほどのレベルじゃなかったからね。

 ブランド価値を毀損してしまわないように、ある程度の数しか卸していなかったのだ。

 けれどこの改良版のドライフルーツであれば、僕としても文句のつけようがない。

 これを食べた人間が間違いなくウェンティに興味を持つレベルの逸品だ。


「ワインの方も新しいものができるみたいだし、そっちも楽しみだぞ!」


「流石に今日はまだ仕込みが間に合ってないけど、そう遠くないうちにできるはずだよ。試飲会があったら、ナージャも来る?」


「もちろん行くぞ!」


 ドライフルーツ同様、ワインの方も変化があった。

 酸っぱいブドウが生産できるようになったことで、今までのような甘みの強いだけのものではない、一般的なワインも作ることができるようになっていた。


 樹木改良の強みは、一定の味を保ったブドウを生産し続けることができることだ。

 なのでワインを作る時にも、味の同じブドウを使うことで均一の品質を維持することができる。


 ワインは結構どこでも作っているものではあるけれど、フルーツと言えばウェンティというブランドさえ作ってしまえば、ワインの名産地に食い込むことも不可能ではないと思っている。


 なので現在、キープさんは甘さと酸っぱさを調整したブドウを使った新たなワイン造りで大忙しだ。

 ワイン造りが楽しくて仕方ないみたいなので、多分彼は今日も周りの喧噪を気にせず仕事に打ち込んでいるだろう。

 後で労いもかねて、ドライフルーツでもお裾分けしにいこうかな。


「しっかし……街に居る大男達が皆でフルーツに舌鼓を打っているのは、なんだか不気味に見えますね」


「あはは……まぁ、気持ちはわからなくもないけど」


 酒とか肉が好きそうな大柄な冒険者達がフルーツにむしゃぶりついている様子は、なかなかどうして違和感がすごい。


 僕は気付かれないよう足早に立ち去りながら、マグロス村の様子を眺めるのだった。

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