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樹木改良


 レベルが上がったところでウテナさんと別れ、ナージャに会いに行くことにする。

 とりあえず新しく植えられるようになった樹は果樹みたいだから。

 皆でおいしく、フルーツを食べることにしよう。


 というわけで、ナージャダークエルフやドワーフ達の新兵をしごいていたナージャに来てもらった。


「ごめんね、忙しくなかった?」


「いや、別に問題はないぞ。ウッディの呼びかけに答えないなんて選択肢はハナからないし、それに新兵的には私がいない方が色々とやりやすいだろうしな」


「ああ、ナージャってとっつきづらいですもんね」


「――とっつきづらいだと!? どういう意味だっ!?」


「初めて会った時の第一印象が悪いということです」


「言葉の意味を聞いているんじゃない!」


「だってそうじゃないですか。男装の麗人でおまけにウッディ様の婚約者。態度はデカいのに胸は小さい。あ、とっつきづらいがダブルミーニングになってましたね(爆笑)」


「――コロスッ! この私の、全身全霊をかけてっ!」


 悪鬼の形相をするナージャをなんとかして押しとどると、それを見てアイラが楽しそうに笑っている。

 ナージャの方は至って真剣なので、このままだと本当に喧嘩が始まってしまいそうだ。


「ちょっと二人とも、これ以上喧嘩するならフルーツなしだよ!」


「ナージャ、私達って今喧嘩してましたっけ?」


「いぃやぁ? 私達は前世の頃からの親友同士だが?」


 僕がそう言った瞬間、二人はニコニコと笑って肩を組んでいた。

 ナージャの額には青筋が立っているが、それを指摘するのは野暮というものだろう。


「それならとりあえず、新しい樹を植えるね」


 領主邸にほど近いこの場所なら、人目についても持って行かれるようなこともないだろうと、『植樹』を発動させる。




【植える樹木を選んで下さい】


世界樹(果樹タイプ/非果樹タイプ)

桃の木

リンゴの木

梨の木

桑の木

柿の木

栗の木

ブドウの木

びわの木

マンゴーの木

ウメの木

ミカンの木

ハウスツリー

ライトツリー

ウォーターツリー

ファイアツリー

ウィンドツリー

アースツリー

ホーリーツリー

ダークツリー

ウッドゴーレム



 新しく増えた樹木は、ウメとミカンの二つだ。


 ミカンの方は知っている。


 ミカンを細分化した時のオレンジって名前の方が有名かもしれない。

 王国でも一部の地域で獲れる、楕円形の果物だ。

 なんでも地域によってかなり大きさや甘さが変わるらしいけど、僕のいたコンラート領にやってくるのはかなりすっぱいものばかりだった。

 果汁を搾ってから大量の砂糖と合わせてジュースにして飲んだりするのが一般的な使い方だったはずだ。


 ウメに関しては……まったく知識がない。

 とりあえず二つとも植えてみることにした。


「これは……なんだかあまり嗅いだことのない香りがするな(くんくん)」


 ウメの樹は、植樹をした瞬間から独特の匂いが漂ってきた。

 なんだか少し甘いような香りだ。

 これは果物にも期待して良いってことなのかな?


「でもミカンが採れるようになったのは大きいね。柑橘類は早くほしいと思ってたんだ」


「たしかに甘ければそのまま出荷できますし、酸っぱくても調味料としても使えます。恐らくは前者になるでしょうが……ウッディ様の交配を使えば、酸っぱいものもすぐ作れるようになるでしょうね」


「あ、それなんだけどさ、実は……」


 僕は二人に、新たに樹木改良のスキルを手に入れたことを伝える。

 二人とも僕と一緒に色々と苦労してきていたため、僕と同じ温度感で喜んでくれた。


「すごいじゃないかウッディ! これであの味見地獄からおさらばできるぞ!」


「私はあの時間も嫌いじゃなかったですけど……おめでとうございます、ウッディ様。これでまた、最高のフルーツに一歩近付くことができましたね」


 現状、僕はフルーツの改良を完全に交配スキルに頼っていた。

 この方が手っ取り早いし、何よりいちいち受粉させたり株を合わせたりして品種改良できるような人達もいなかったからね。


 交配スキルはたしかに有用だ。

 けど使用にも笑顔ポイントを使うし、あといちいち組み合わせを忘れないようにメモを取っておかなくちゃいけないから面倒なんだよね。


 たとえば、こないだハウスツリーを作った時なんかも大変だった。

 フェムさんに頼まれ、マグロス火山に冒険者用の宿泊所を仮設する時のことだ。


 フェムさんはかなり細かいところにこだわるタイプだったので、しっかりと居住地域をいくつかの区画に分け、地域ごとに一つ一つの家に高さはこれくらい、家の大きさはこれくらいで中にある家具はこういう感じでという詳細な指定を出してきた。


 僕はこれに応えるために、必死になって今まで作ってきたハウスツリーのデータをまとめている資料とにらめっこをしなければならなかったのだ。

 中には交配した樹を更に交配して作るようなものもあったから、植樹の作業自体よりハウスツリーを選ぶ作業の方がよっぽど疲れたほどだ。


 何と掛け合わせたらどうなるかというのは、既に樹木の種類が大量に増えている今だといちいち覚えていられない。

 だから交配による微調整をするのは疲れる仕事のうちの一つだった。

 けれど今日からは違う。


 今日からはこの樹木改良でメモ地獄から解放される……はずだよね?


「樹木改良っと」


 僕は期待に胸を膨らませながら、新たなスキルを発動させることにする。





【改良する樹木を選んでください】


桃の木

リンゴの木

梨の木

桑の木

柿の木

栗の木

ブドウの木

びわの木

マンゴーの木

ウメの木

ミカンの木

ハウスツリー

ライトツリー

ウォーターツリー

ファイアツリー

ウィンドツリー

アースツリー

ホーリーツリー

ダークツリー

ウッドゴーレム



 出てくる樹木一覧。

 よく見ると世界樹だけがないことに気付く。

 つまりこのスキルは、世界樹以外の樹を改良することができるってことか。


 それならとりあえず、先ほど手に入れたばかりのミカンの木を選ぶことにした。

 ミカンの木の文字に触れると、光の板が突如としてぶわっと大きく横に広がる。


「うわっ!?」


「「大丈夫ですか、ウッディ(様)!?」」


 僕を心配する二人に大丈夫と軽く笑いかけてから、再度光の板を眺めてみる。


 するとそこには、いくつもの項目が並んでいる。


【改良する項目を選んでください】


甘さ 0

酸っぱさ 0

成長速度(樹木) 0

成長速度(果実) 0

耐性 0

合計 0/20



「これが改良できる項目か……」


 甘さや酸っぱさといった味は変えられると予想していたけど、どうやら大きさや成長速度も変えることができるみたいだ。


 たしかに大きくなりすぎても困るしね。

 あ、なるほど。もしかして世界樹はこんな風に色々と弄ることができないから選択できないってことなのか。


「これってどうやって進めれば……ん?」


 よく見ると各項目の横に、小さなカーソルのようなものがついている。

 試しに甘さの↑を押してみると、甘さの数値がぴこんっという音と共に1に変化した。


 なるほど、こうやってやればいいのか。


 とりあえずミカンはかなり酸っぱい果実だと記憶しているため、数値は甘さに振っていくことにする。

 すると甘さを10まで上げたところで↑のマークが灰色になり、これ以上数値を振ることができなくなった。


 他の項目についても同様。

 一つの項目について上げることができる最大値は10で、この5つの項目を合わせて20以内に収めれば問題ないらしい。

 少し迷ったけど、最初の木はこういう感じで作ることにした。




【改良する項目を選んでください】


甘さ 10

酸っぱさ 2

成長(樹木) 2

成長(果実) 5

耐性 1

合計 20/20


 下にある決定ボタンを押すと、そのまま見慣れた植樹する場所の選択に移った。


 植樹する場所を選ぶとパッと光が差し、次の瞬間には僕が指定した場所に木が生まれるのだった。


「これは……なんだかずいぶんとちっちゃいな」


「ミニチュアサイズというほどでもありませんが……植えたばかりの世界樹くらいの大きさでしょうか?」


 ナージャとアイラが見下ろしているミカンの木は、少し向こう側に植えられているミカンの木と比べるとたしかに大人と子供くらいの差があった。


 これは……成長(樹木)を低くした結果なのかな?

 となると本来改良していない樹木は、もう少しこの数値が高かったのかもしれない。


【樹木パターンを記憶しますか?】


「うん、お願い」


【了解、以後こちらのミカンの樹をミカンの樹(1)と呼称します】


 そんな変哲もない覚え方だと僕は覚えきれないんだけど、どうやらそこは『植樹』のスキルが補ってくれるようだ。

 そんなに記憶力が良い方ではないから、本当にありがたい。


 あれ、でもそれだと……僕がハウスツリーを作る時にも、細かい配合とかを覚えてくれてれば良かったんじゃないの?


【…………】


 僕の内心の答えに、スキルは何も言わずただ黙ったままだった。

 この『植樹』のスキルも、使えば使うほどよく意味がわからないんだよね。


 まるで人間みたいに受け答えしてくれる時もあれば、何を言われてもだんまりを決め込む時もある。

 力を貸してくれる時もあれば、やってほしいと思ったことに対しては何もしてくれなかったりもするし。


 多分だけど配合を繰り返して細かいことを覚えるのは僕の領分で、スキルの樹木改良で樹木をカウントするのがスキルの範疇だからだとは思うんだけど。

 スキルだからか、色々と融通が利かないんだよねぇ……っと、今はそれはどうでもいっか。

 試しに甘さと樹高の値を1ずつ入れ替えて、何パターンか木を植えていくことにした。

 すると樹高が4になったところで、向こう側のミカンの木と同じ大きさになった。


 となるとここである仮定が成り立つ。

 もしかするとこの樹木改良は……本来樹木が持ってるポテンシャルを数値化して、改めて振り直すことができる力なんじゃないだろうか?


 何もせずに植樹を行うと全ての数値が4の樹木が植えられるのかもしれない。


 試しにミカンの樹の全ての数値を4にして、ミカンの木を一番最初に植えたミカンの木の隣に植えてみる。

 するとまったく同じ大きさの瓜二つの木が現れた。


 笑顔ポイントを見ると、20ほど減っている。

 なるほど、このスキルを使うと一本につき20か……それならさほど気にせずに出していけるかな。


 最近では笑顔ポイントにずいぶんと余裕も出てきたしね。

 最初の時とは偉い違いだ。


 必死にアイラを笑わせようと頑張っていた当初の思い出を振り返りながら待っていると、最初に植えた木よりも早く改良したミカンの樹(1)の方がオレンジ色に変わった、十分な大きさの実をつけた。


 こちらは成長(果実)の数値を5にしている。

 僕は自分の予想への自信をますます強めながら、実を一つもいでみることにした。


「よし、それなら早速食べてみよっか」


「カット致します」


 アイラがどこからか取り出した果物ナイフを使い、ミカンの皮を綺麗に剥いだ。

 皮が薄く、中にはぎっしりと実が詰まっている。

 僕が食べたことがあるミカンより、実の色は濃いオレンジをしていた。


「「「いただきまーす……あむっ」」」


 三人で一緒に、ミカンを口の中に入れる。


 すると……ぷつりとミカンの皮を噛み千切った瞬間内側の果肉が弾け、口の中にみずみずしい果汁が広がった。


「あ、甘いっ! ちょっと歯がキシキシするくらい甘い!」


 美味しい……んだけど、美味しいを通り越して、ちょっと不安が勝つ。

 それほどまでの暴力的な甘さだ。

 今まで食べた果物だとマンゴーが一番ねっとりと甘かったけど、このミカンはあれ以上だ。

 樹木改良で弄ると、ここまで甘い実が作れるのか……。

 酸っぱさ2にしているから普通に美味しく食べられるけど、少しの酸味もなかったら甘ったるすぎて一切れで十分になっちゃいそうだ。


「なんだこのミカンは……オレンジなら伯爵領でも獲れるが、とてもじゃないが比べものにならんな……」


「美味しいですねウッディ様、これならジュースにしたらとんでもなく甘いのが作れそうです」


 ナージャもアイラも驚きながらミカンを食べている。

 アイラは大の甘党なのでパクパクと食べているが、そこまで甘い物が得意なわけではないナージャの食べるペースはいつもより遅かった。


 たしかにここまで来ると、人を選ぶレベルの甘さだよね。

 でも、これをジュースに……か。


「これだけ甘いなら……もしかしたらあれが作れるかもしれない」


「あれとはなんなのだ、ウッディ?」


「それは――」


「濃縮ジュースとシロップ……ですよね、ウッディ様?」


「う、うん、そうだよ」


「私は今、ウッディに聞いたんだ!」


 ウェンティのフルーツは甘いけれど、生の果物は痛みが早い。


 もちろんここ最近はドライフルーツも改良して十分美味しいと言えるレベルになったけど、やっぱり生の果物を使ったものを食べてもらった方がわかりやすい。


 この美味しさを遠隔地に伝えようと、ジュースの方でも色々とできることはないかと試している。


 そのうちの一つが、濃縮ジュースだ。

 これは簡単に言えば、絞ったジュースを煮詰めて作った普通より濃いジュースのことだ。


 たとえば二倍の濃さのジュースを、本来の二倍の値段で売れるものだとしよう。

 運搬する時に濃縮ジュースなら半分の重さで済むため、倍運んでもらうことができる。

 つまり純粋に、利益が二倍になるのだ。

 もちろんこれは簡略化した話をしているので、実際はこんな簡単じゃないよ。


 なんにせよ、砂漠と各領地を行き来する時のネックはやはり運搬の難易度だ。

 濃縮ジュースはその難易度を下げることができないかと作っていた試作のうちの一つだった。


 けれど今のところ、濃縮ジュースを上手く作ることはできないでいた。

 厳密に言うと一応濃いジュースを作ることはできるんだけど、どれだけ煮詰めてみてもわざわざ水で薄める必要がない、少し濃いめのジュースしか作ることができなかったのだ。


 でもこの品種改良して甘さを増やしたフルーツで作ったジュースなら――煮詰めれば、しっかりと濃さを高めることができるかもしれない。


 そしてもう一つのシロップについて。

 こっちの根本の考え方は、既に作っているフルーツティーと同じである。


 高いポテンシャルを持つフルーツを使えば、フルーツに何かを足して作る形の製品はフルーツだけで再現できるんじゃないか。


 そんな発想から、僕らは砂糖を使うことなく、フルーツを煮詰めただけでフルーツシロップを作ることができないかと試行錯誤していた。

 けれどこちらのシロップ作成も濃縮ジュースと同様、甘みが足りないことによって頓挫してしまっていた。


 糖度が高めのフルーツが作れるのなら、現在止まっている二つの作成を再び進めることができるかもしれない。


 僕は控えめな酸味とまったく控えることのない暴力的な甘みのミカンを口に入れながら、目を輝かせる。


「これ……すごい力だよ!」


 この樹木改良は、今まで手に入れてきたスキルと比べると地味な力だ。

 便利さで言うと転移や樹木配置には勝てないし、直接的な戦闘能力が上がるわけでもない。

 けれどこのスキルは少なくとも、ウェンティを発展させるのに――とてつもない効力を発揮させる力だ。

 古来より人は、甘味には逆らえない生き物なのだから。


「お、どうやらこっちもできたようだぞ」


 色々と考えを巡らせている間に、普通に植えたミカンの木にも実がなったようだ。

 デトックスウォーターを飲んで口の中を一度リセットさせてから、パクリと食べてみる。


「うん、こっちは間違いなく美味しい。一級品のフルーツだ」


「さっきのあれを食べたあとだと、甘さが物足りない気がするな……」


「どちらも美味しいですが、お菓子や酸味料に使うなら、もう少し酸っぱい方が良いかもしれませんね。ですが……そのあたりの調節もできるのですよね?」


「うんっ! これなら各所から要望を出してもらって、皆がほしいと思っている形に果実の味を調整してもらうのがいいかもしれない! これから、忙しくなるよ――っ!」


 この新しい樹木改良の力は、僕の期待を裏切ることはなく。

 視線の先に明るい未来が見えた僕は、ガッツポーズせずにはいられないのだった――。

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