酔い止まり
「ウッディ殿、飲んでいるか!?」
「ええ、ああはいいただいてますよ」
「器に酒が入っていないではないか、俺が注がせてもらおう」
赤ら顔になって酔っているらしいビスさんが、杯の中身が入っていないのを見て中に酒を注いでくる。
ドワーフの流儀では、注がれた酒は本人の前で飲まなければいけないのが流儀だ。
なので僕はグッとお腹の奥に力を入れて、そのまま勢いよく酒を飲んでいく。
ゴクゴクと喉を動かす度に、食道が焼けるように熱い。
ドワーフが好む火酒という酒は、とにかく度数が高い。
ワインなんかと違って風味もへったくれもない、とにかく酔うためのお酒だ。
アルコールが全身に回っていき、顔が火照るのがわかる。
けれどもなんとか飲みきることができた。
「あっはっは、ウッディ殿もいける口だなぁ! それでは宴を楽しんでくれぃ!」
ビスさんは楽しそうに笑いながら、ドワーフ達の中へと消えていった。
ふぅ、なんとかなったか。
でも……なんだか酔ってきた気がするな。
僕はそこまでお酒が強いわけではない。
けれど僕がドワーフ達から注がれる酒を飲み続けることができているのには、もちろん理由がある。
「ウッディ様、どうぞ」
「う……ありがとう、アイラ」
僕の後ろで気配を消しているアイラが、他のドワーフ達の目がなくなったタイミングでさっと僕の手にとある丸薬を渡してくれる。
丸薬を口の中に含むとチェイサーとして渡された水で流し込む。
すると先ほどまで全身に広がっていたアルコールの動きがみるみるうちに収まっていき、気持ちが悪くなる一歩手前でしっかりと酔いを止めることができた。
ダークエルフは皆が優秀な身体能力を持ち、戦士や優秀な狩人として働くことができるだけの才能を持っている。
けれど持っている才能とやりたいことというのは別だ。
将来のことを考えている女性陣や、自分の両親がつらい生活を送ってきたことを肌感で理解している子供達の中には、一定数戦士や狩人ではない別の道に進みたいと考えるものがいた。
なるべく彼らに色々な道が示せるよう、僕は今の自分ができる限り選択肢を与える用意を調えることにした。
そのうちの一つが、エルフとダークエルフが共同で開発担当をしている製薬所だ。
エルフもダークエルフも、長年森と共に生きてきた種族だ。
彼らは森の生薬の成分に詳しく、先祖由来の効能の高いいくつもの薬を生み出すことができる。
ちなみにエルフの場合はその後も聖域となった森の潤沢な資源を使い続けてきたために、素材などを惜しまない代わりに効果の高い高級指向の薬を、そしてダークエルフの場合は魔物の臓器やどこでも手に入る素材などを利用した、比較的廉価で高価の高い薬を生み出してきている。
ふとした思いつきから作り出した製薬所は、今のところ順調に稼働してくれていた。
彼らが作ってくれている薬の中の一つが、今僕が飲み干した『酔い止まり』という薬だ。
この薬の効果は名前そのまま、酔いを止めるというもの。
ベロベロに酔っている時点ではあまり効果はないんだけど、その前にあらかじめこの薬を飲むと酔いが一定のところで止まるという効能を持っている。
今までは人づてでしか効果については知らなかったけど……まさかこんなタイミングで実地で試すことになるとは思っていなかった。
(でもこれ、すごい効くね……)
前々からこの薬は売れると思ってはいたけれど、その感覚はより確信に近付いた。
人間、酒を飲まなければならないタイミングというのは存在する。
目上の人から勧められればどれだけ酒が苦手でも飲まなくちゃいけないという場面は存在するし、場の空気的に飲まざるを得ないようなタイミングだってある。
そんな時に酔い潰れて不義理をしたくないと思う人達にとって、この薬は救世主になり得るはずだ。
実際問題、今後提供する予定の薬品のリストの中に入っているこの『酔い止まり』に関しては、既に何人かの商人から詳しい卸しの日時を教えてほしいという話が上がってきている。
かなりの高値にしても売れると踏んでるんだよねぇ……ダークエルフの人達がしっかりとお金を稼げるように、僕としても心を鬼にして高値で売る所存だ。
「ウッディ殿、一献傾けていただきたく」
「どうも、ありがとうございます」
勧められるがままにグッと酒を飲み干す。
……うん、問題ない。
しっかりある程度のところで酔いを止めることができている。
「しかし、ドワーフ達は本当に度数が高い酒をよくあんな風に飲めますね……うっ、離れてくるここからでもツンとした刺激臭が」
僕の後ろで気配を消し、ドワーフ達の酒の誘いを上手いこと躱し続けているアイラ。
彼女の見つめる先では、ドワーフ達が透明なガラス瓶に入った火酒をガバガバと飲んでいる。
そして周囲には空き瓶が無造作に散らばっていた。
(ガラスの透明度も王国とは雲泥の差な気がする……使っている砂が違うのかな?)
多分だけど、この集団の中にガラス作りが得意なドワーフがいるのだろう。
瓶に使われているガラスは、こっそりと盗み出して持っていけば一財産築けそうだと思えるほど、恐ろしい透明度を誇っていた。
「次だ、次の酒を持ってこい!」
「おお、ナージャ殿は流石の飲みっぷりだな! 人間にしておくのがもったいないぞ!」
「こりゃ我らもうかうかしてられんな!」
そしてなぜかその中心にいるのはナージャだった。
彼女は頬を赤く染めながらも、ドワーフ達と変わらないペースで酒を空け続けている。
皆から見える真ん中の位置で開かれている酒宴は、明らかにナージャを中心にして回っていた。
ナージャがお酒に強いことは知ってるつもりだったけど……まさかドワーフとまともに飲み比べができるほどだったとは……。
また彼女の新たな一面を発見してしまった。
けれど不思議とドキドキはしない。
……なんだろう、この感じ。
「何してるんですか、あのバカは……(ぼそっ)」
後ろから聞こえてくるアイラの言葉が案外正鵠を得ているかもしれない。
何やってるんだろう、僕の婚約者はって感じだろうか。
ドワーフとあれだけ打ち解けられるのも一種の才能なのかもしれない。
婚約者の僕としてはもうちょっとたしなむ程度にしてくれるとありがたいんだけど……まあ彼女が楽しそうだからいいけどさ。
あれもまた、ナージャらしさなのは間違いないしね。
「ウッディ様、私を守ってくださいね」
「うん、僕にできる範囲でね」
先ほどからアイラは身を縮こまらせて、必死にドワーフ達の攻勢を避けている。
ちなみに僕らの背後には、既にドワーフ達に負けてグロッキーな様子で倒れているミリアさんの姿がある。
ルルさんはというと、上手いことドワーフの女性陣の輪の中に入ることで難を逃れているようだ。
お酒との付き合い方は十人十色。
お酒の席って、その人の人間が良く出るっていうのは本当なのかもしれない。
「おおウッディ殿、先ほどは素晴らしかったですな! もしよければ是非今度、自分ともマグロスレスリングを……」
「あ、あはは……その時はよろしくお願いします」
アイラも飲み続けられるほど『酔い止まり』のストックはない。
なので未来の旦那として、僕は彼女の防波堤になって必死に頑張らなくてはいけないのだ。
僕はドワーフ達との交流を重ねながら、お酒を飲み続けた。
そしてとんでもない回数トイレに行き、暇さえあれば水を飲んで必死に体内のアルコールを薄め続け……そしてなんとか酒宴を乗り切ることができたのだった。
ちなみにナージャは既に潰れており、同じく周りのドワーフ達と一緒になって朝まで眠っていた。
「むにゃ、ウッディ……」
瓶を抱えながら、幸せそうに眠っているナージャを見て、思わず笑顔がこぼれる。
酔っ払って帰ってくる旦那を優しく解放する奥さんの気持ちが、少しだけわかった気持ちがする僕だった。
にしても……あまりお酒が飲めない人のためにも『酔い止まり』の増産は急務だ。
ウェンティに戻ったらすぐにでも製薬所への予算を増やそう。
僕はそう、心に誓うのだった――。
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