面白い話
「おおウッディ様、良く来てくださいました!」
デグジさんは一見すると商人のように見えるおじさんだ。
年齢は三十代後半くらいで、身体全体にローブとトーガの合いの子のような服を巻き付け、服と同じ素材でできた白い帽子を被っている。
「デグジさん、お久しぶりです。調子はいかがですか?」
「まぁ、ぼちぼちといったところでしょうか。この砂漠で普通に生活ができているというだけで、十分幸せを感じておりますです、はい」
デグジさんは身長は僕と同じくらいだけど、横のサイズは僕の倍くらいある。
でっぷりと大きく、いつも汗を掻いていて、しきりにハンカチで顔を拭っている。
「最近以前王国にいた頃の体重を突破しまして。まだまだ太ろうと思いますです、はい」
「あまり太りすぎるのも問題だと思いますけど……? 自分の身体は大切にしてくださいね」
体重が増えてなぜ笑顔になるんだろう。
ガリガリで体重を増やさなくちゃとかならわかるけど、別にデグジさんは元からどちらかというとぽっちゃりだった気がするけど……。
「この砂漠に来てからというもの痩せる一方でしたので、はい。太れる幸せを噛みしめておるのです、はい」
「なるほど……」
沢山食べられて嬉しい、的な感じなわけか。
たしかにその気持ちはわかるので、僕も彼に同意しておくことにした。
デグジさんは以前は行商人をしていたらしく、彼の人当たりは非常にいい。
その体型と柔和な顔つきのおかげで、誰からも人好きのされる不思議なキャラクターをしている。
ちなみになぜ砂漠に来たかというと、商人なのに商売っ気がないのが致命的だったらしく破産してしまったからということだった。
商売の才能はないかもしれないけれどその誰からも嫌われないキャラをそのままにしておくのはもったいないと思い、村長に抜擢したのだ。
ちなみに彼は『話術士』の素養を持っている。
素養の力と持ち前のコミュニケーション能力で、色々と理由があって王国からやってきている村人の人達を上手いこと纏めてくれているのだ。
「それでは早速なんですが、僕達を呼んだ理由を教えてもらえたらと」
「はい、もちろんでございます、はい。こちらをご覧ください」
そう言ってデグジさんが持ってこさせたのは――巨大な塊だった。
それってもしかして……
「はい、ウッディ様の想像通り鉄塊でございます。ようやく製鉄業の方が軌道に乗ったようでして」
ギネアの村にはホイールさんが作り出した鉄鉱山がある。
なんでもホイールさんの魔力が聖域に馴染み、人口が増えて彼への信仰心が増えていけばその分だけ力を使えるようになるらしく。
既に鉄鉱山だけでなく、銀鉱山や金鉱山なども作られ始めている。
更にこれはまだ一般には出していない情報だけど、小規模ながら岩塩も採れるようになっていた。
この砂漠では、とにかく塩が手に入らない。
そしてランさん達行商人を経由するとかなり値段が上がってしまう。
今後生活に必要不可欠な塩を生産できるようになると、秘かに期待していたり……ってそれは今はいいか。
にしても、採れるようになった金属の精錬を始めてもらってからまだそんなに期間は経ってないと思うんだけど……こんなに早くできるものなんだね。
「そんなにスムーズにできたのには、何か理由があるのかな?」
「村人の中に素養持ちがいるのが大きいと思われます。『火魔法』の素養持ちがいれば製鉄に必要な高温を出すことができ、『錬金術師』の素養持ちがいれば不純物の分離・加工がスムーズに行えますので」
「なるほど、素養の力があったからこんなに早くできたと……」
僕は素養の力を見誤っていたかもしれない。
どうやら素養の力は、僕のちんけな想像力では想定もできないほど多くの可能性を秘めているようだ。
――アリエス王国では、よほど裕福か強力なコネを持っている人でもない限り、平民に祝福の儀を行わせることはない。
少なくとも王国において、素養持ちというのはそのほとんどが貴族である。
そして貴族というのは、労働ではなく労働のアガリで食べていく側の人間だ。
素養持ちは純粋に数が少ない。
また貴族社会から出てくる数少ない素養持ちは、その力を活かすために冒険者などの特別な職種に就くことが多いため、素養を持った人材が巷に流れることはあまりない。
そのため素養をどのように仕事に使っていったり、産業に活用していくかという部分に関して、僕らにはほとんどノウハウがないのだ。
ウェンティには聖教の教会は一つも存在せず、砂漠の民の土着の信仰があるおかげで聖教が入ってくる余地はない。
一時期聖教が流れてきそうになったらしいけど、シェクリィさんが事前に築き上げていた風樹教とかいう宗教が強すぎるせいで、まったく流行らなかったらしいしね。
なので僕らは貴族だけが素養を持つのだという宗教的な考えに縛られることなく、実利に基づいて動くことができる。
シェクリィさんを始めとする聖職系の素養を持つ人間が何人かおり、また王国のように聖教の影響もない。
そんなウェンティの地には、王国貴族である僕では気付けないような可能性に満ちあふれているのかもしれない。
「つまり……製鉄ができました、すごいよ褒めて的なことを言ってもらうためにわざわざウッディ様を呼びつけた、ということですか?」
「そ、そんな、滅相もございません! むしろご相談というのはここからでして!」
『水魔導師』としての力が漏れ出し、室内の気温を下げているアイラをデグジさんが慌てて取りなそうとする。
アイラはそれでも機嫌を直さなかったけど、僕がその手をキュッと握ると魔法の気配はすぐに霧散した。
アイラは僕にはとても優しい。
けれど彼女は自身でウッディ過激派とかいう謎の教義を掲げるくらいに僕以外の人には厳しい。
そんな彼女のことを愛しいと思う反面、もう少し他の人にも愛想良くしてくれるといいんだけど。
「相談……ですか?」
「はい、次はこちらを見てほしいのです」
続いてデグジさんが出してきたのは、木材を金属で補強した製品の数々だ。
持ち手や継ぎ目部分に鉄を当てている木製のジョッキや、持ち手に木材を使っている食器類などがどんどんと出てくる。
「これが今のうちで出せる製品になりますです、はい」
「結構良い感じじゃない?」
「はい、十分売り物になるレベルかと」
デグジさんが出してきた製品はどれも十分クオリティは高いように見えた。
僕はあまり審美眼がある方ではないけれど、少なくとも雑貨屋に並んでいても違和感がないくらいの製品にはなっているように思う。
「うちに昔木工職人で丁稚をしていた者と、『金物師』の素養を持つ人がおりましてな。彼らに頑張ってもらって、ようやく形になってきましたです、はい」
「これを卸すための販路が欲しいという話ですか?」
「はいそれもありますです。でも今一番悩んでいるのは、こうやってパーツとして使うだけでは到底使い切れない鉄をどのようにするかというところでして、はい……」
どうやらギネアの製鉄業は上手くいっている……というか、上手くいきすぎているようだ。
ウェンティでは僕が笑顔ポイントを使って樹を出すことが可能ため、実質燃料に限界はない。
そのため既にかなりの量の鉄鉱石が採掘可能であり、色々と技術的な工夫をするだけの余裕もある。
それで張り切り過ぎた結果、既に鉄がだぶつき始めており、そう遠くないうちにギネア村やツリー村で使う鉄製品だけでは到底使い切れないほど大量の鉄が作れるようになってしまうという。
喜ばしいことではあるんだけど、今後も大量に生産される鉄をどんな風に使っていくべきかというのはたしかに難しい問題だ。
そこまでの大きな話になると領主に相談する必要があるだろうと、呼び出されたのにも納得がいく。
「なるべくなら鉄は加工して売りたいよね……」
「うちは輸送コストが高めですから、できるだけかさばらないようにしておきたいですよね」
そう、うちの領地は輸送コストがとにかく高い。
まず砂漠を横断している間に砂漠に棲み着いている魔物達から襲われないように、商隊を護衛するための冒険者を雇わなくちゃいけないから、その分の護衛大を上乗せしなくちゃいけない。
それで終わりじゃないよ。
更にそこからコンラート領へ入り、荒れ地を抜けてから大きい街まで向かい、そこから他領へ向かう必要があるからね。
基本的に貴族の領地をまたいで商品を売ろうとする場合、それを許してもらうためには通行税と呼ばれる者を払わなければならない。
なので僕らはコンラート領以外で物を卸す場合、父さんに上納金を支払う必要があるのだ。
鉄はとにかく重たいしかさばる。そんなものを遠方まで運ぶとなれば、足が出るとまではいかなくても、かなりの薄利になってしまうのは間違いない。
これが大都市に近かったりすれば鉄鉱山のある村として栄えたんだろうけどと思うと、なんだかちょっと悔しい気持ちになってくる。
「鉄を高く売るためにはやっぱり武器・防具にして売るのが一番高値で売れるよね」
「間違いないです、はい。ですがうちには細工師はおるのですが、鍛冶師は一人もおらんのです……はい。マトンさんに聞いたところ、ウェンティの人材にも一人もいないようでして……」
鉄を高く売る方法と言われて一番に思いつくのは、やはり加工だ。
単体ではそこまで高く売れない鉄を、加工することで高値で出荷する。
鉄製品で最も需要があるのは、国内外で争いが続いている王国では、やはり武器と防具だ。
次いで細工品になるけど、細工品は職人の腕によって値段が本当にピンキリだ。
長い目で見ていけば育てていくという選択肢もあるかもしれないけど、今僕らがやらなくちゃいけないのは鉄の消費だからね。
今すぐにとなると、腕利きの職人を引っこ抜けたりしない限り、日用品以上の需要を見込むのは難しい。
「それなら鍛冶のできる新しい奴隷を見繕ってくる?」
「ウッディ様、それはやめておいた方がいいかと思います。うちはただでさえ、王都に目をつけられていますので」
「うっ、そうだった……」
以前僕は有事を想定し、笑顔ポイントを得るために大量に奴隷を買い込んだ。
そのせいで王国内で色々と問題が起こったらしく、ばらくは人材の引き抜きや奴隷の買い取りはやめてくれと遠回しに言われているのだ。
奴隷っていうのは貴重な労働資源なので、大量にいなくなってしまうと現在の産業構造を維持することが難しくなってしまう。
なのでしばらくの間奴隷の力を使うのは難しい。
となると鍛冶ができる人材を引き抜いてくるのが一番手っ取り早いかなぁ。
幸いうちは木材には事欠かないし、そこまでお金に困っているわけでもないから条件面を良くすればいけそうな気がする。
のれん分けのできていない工房の二番手三番手くらいなら、引き抜けるんじゃないかなぁ。
「ウッディ様、実はこのデグジ、一つ面白い話を聞きましてですな」
「面白い……」
「話……?」
僕とアイラで首をこてんと傾げる。
すると僕らを見たデグジさんが、いつの間にか交換していた二枚目のハンカチで汗を拭きながらこんなことを口にしたのだ。
「実はダークエルフ達が住んでいたところより更に北へ向かったところに、ドワーフと呼ばれる亜人達が住んでいるらしいのです。ダークエルフの住民達にお願いをして案内をしてもらえれば彼らと交渉ができるのではと……このデグジ、愚行致しますです、はい」




