ウテナさんの提案
ホイールさんとキャサリンさんの子供達は、合わせて十五匹ほどいる。
一応彼ら皆が住めるように横長のハウスツリーを作ったりしているんだけど、全員がその場所に留まっていることは少ない。
聖域における、住民達との接し方は神獣さんごとにかなり違うらしい。
シムルグさんが傅かれるのが嫌いだし、そもそもそれほど人と話すのが好きではないらしいので、彼は何か用がある時やイベントごとの時を除いて、基本的にウィンドマスカット果樹園に引きこもっている。
対しホイールさんはかなり活発なようで、ギネアの村を定期的に見回りしては村人達と気安く話をしていた。
そのため彼が皆から持たれている感情は、敬意というより親しみの方が強い。
本人が気さくなこともあり、村の人達からは好意的に受け取られている。
まあ魔物に襲われなくなる結界の展開も、今ではギネアの主産業になりつつある鉱山も、その全てがひとえにホイールさんの力によるものだ。
ギネアに住む人間が、ホイールさんのことを悪く思うはずがないし、機嫌を損ねるはずもないというもの。
そんな父の姿を見て育ったからか、ホイールさんの子供達はギネアの街では皆積極的に動き回っている。
でも流石神獣の子供達なだけのことはあり、基本的には人間達の仕事の邪魔をしたりすることがないようにしっかりと場所を選んで遊んでいる。
広間を使って駆け回ったり、親が働いている子供の面倒を見ていたりと、好き勝手にやっているようで案外周囲に目を配らせているみたいだ。
「今日はよろしくお願いします!」
「うん、よろしくね」
今回僕が同行することにしたのはレント君といって、他の子供達よりも少しだけ鼻が長いのが特徴的だ。
性格は真面目な方で、そして抱き上げられるのはあまり好きではないらしく、いつも一人でてちてちと地面を歩いている。
彼と一緒にビビの里のエルフ達のために作った離れへと向かっていく。
――エルフというのは、とにかく樹木が好きだ。
それは僕達普通の人間からするとちょっと偏執的に思えてしまうほどに、樹木に対するこだわりが強いのである。
樹木がないとなんだか落ち着かなくてそわそわしてしまうとかそういうレベルらしく、当初ウテナさんやメゴさん達の態度が悪かったのは、長いこと砂漠を樹木なしで歩き回っていたことによるストレスも大きかったみたいだ。
なので僕はビビの里の人達のために用意したハウスツリーの裏に、樹林を設置しておいている。
世界樹を植えておいた方が喜ぶかなぁと思いやってみると……実際ものすごい喜んでくれた。
それが嘘でないことを示すかのように、僕らがやってきたことにも気付かず、ウテナさんはほうっと熱い息を吐きながら、世界樹に触れている……。
「ふふふ……普段慣れ親しんでいない樹林も、乙なものですわね……」
そう言ってウテナさんが浮かべている笑みは、いつも見ないほどに自然なものだった。
普段から今くらい自然体でいればいいと思うんだけどなぁ。
「レント君、それじゃあ手はず通りにお願いね」
「任せてください!」
レント君は鼻息を吐きながら意気込むと、とててーっと駆けていった。
誰かが接近していることに気付いたウテナさんがその身体を一瞬縮こまらせ、続いてそれがレント君であることを確認してから片膝を立てる。
「これはレント様! お疲れ様でございます!」
ウテナさんはホイールさん夫妻の子供達を、一目見ただけで完全に区別することができる。
僕はレベッカとかレント君みたいな特徴がある子を見分けることができるだけなので、素直に感心してしまう。
「ど、どうも~」
ウテナさんの意識が完全にレント君に向いているのを確認。
レント君と話をするウテナさんの機嫌が良くなっているのをしっかりとこの目で見てから、タイミングを見計らって話の輪の中に入る。
「あらウッディ様、ご機嫌麗しゅう」
「どうもウテナさん」
どうやらファナさんやアカバネさんにかなり言い含められているようで、ウテナさんの僕への態度は最初と比べるとずいぶんやわらかくなってきている。
ただ僕以外の人にはかなりつんけんしているようで、色々と苦情が耳に入ってきたりもする。
介入しなくちゃいけないような事態にはなっていないのがせめてもの救いだ。
おっと、そんなことを考えている場合じゃない。
呼び出しされた理由を聞いておかないと。
「なんでも、話があるとか?」
「はい、実は植樹の許可をいただくことができればと思いまして」
「植樹……ですか? それならしていると思いますけど……」
「素養やスキルの話ではなくて、純粋な植樹の話ですわ。せっかくこれだけ良い樹がそこら中にあるのです。将来のことを考えれば、しっかりとした植林計画を作っておくべきですわ」
「なるほど、植林計画ですか……」
たくさんの人が住む都市部では、生活のために必要な薪や木材が大量に必要になってくる。
だからといって必要になる分の全てを賄うために住民達が山へ出ていって野放図に樹を伐採しまくるわけにはいかない。
山にある樹木というのは、結構色々な役目を持っている。
樹がなくなればそれにより地下水がなくなってしまうし、張り巡らされた根っこがなければ地盤沈下や土砂災害が起こってしまうこともある。
それ故に基本的に都市部では、樹木の伐採量というのは決められている。
そして今後も樹木に困ることがないよう、細かな植林計画を行って将来的な樹木の生産と流通を調節するのだ。
ちなみに細かい取り決めのない田舎であっても、木々の伐採は木こりによって行われる。
そして彼らの経験則によって、近くの山がはげ山にならないよう上手いこと調整して木材を切り出すのだ。
「私達であれば、少なくとも植林のノウハウがないこのあたりの人達より上手に樹木の管理ができますわ。もっともそのためにはある程度人員が必要になりますので、ウッディ様のスキルを使っていただき増員をする必要があると思いますが……」
エルフは森に関するプロフェッショナルだ。
世界樹の守人を自称する彼らは、森の生態系を一切壊すことなく保つことができるという。
増員に関しては、まったく問題はない。
そもそもある程度の人員を収容できるようハウスツリーはかなり大きめに作っているからね。
にしても……そうか、言われてみるとたしかに今までどうして思いつかなかったのだろうと思うほどに大切な話だった。
なんでもかんでも領主の僕がやっているだけでは、早晩限界が来てしまう。
僕のスキルのごり押し以外にも手を持っておくというのは重要な気がする。
「たしかにこの領地に暮らす人達だけで樹木の植え替えや苗木からの植林計画なんかができるようになっておけば、今後のためになるでしょうね」
そもそも経験がない人員でやるなら色々と試行錯誤をしてかなり時間をかける必要があるだろうけど、長いこと樹木と共にあるエルフ達には植林に関しては圧倒的なノウハウを持っているはず。
彼らが力を貸してくれるというのなら百人力だ。
「ウッディ様がお植えになる樹は、たしかに最上級と言ってもいいものです。けれどだからといって、枝葉の剪定や樹木同士の感覚が適当では困ります。今はこれでいいかもしれませんが、将来もこの砂漠に樹を残していくためには、今のうちからしっかりと知識を伝えていくべきだと思いますの」
僕は『植樹』のスキルを使って樹を植えることはできるけれど、僕個人は樹というものに対しての造詣が大して深いわけではない。
そんな僕が樹木配置(改)のスキルを使って作った果樹園が、どうやらウテナさん的には気になるらしい。
どうやらあまり密生させすぎて根が絡み合ったりすると、のちのちの生育に問題が出てくる可能性があるらしい。
それに僕は知らなかったけど、場合によっては伐採してしまった方がいい樹木というのもあるようだ。
枝同士が重ならないように陽光を上手く浴びさせるための工夫であったり、虫などが寄りつきにくくなるような自然由来の薬品の塗布まで、やるのとやらないのとでは大きな違いがあるのだという。
「なるほど、色々とできることがありそうですね……」
「そうでしょう? 私としても何時言うべきかとずっとそわそわしていましたの」
「でも……いいんですか?」
もちろん色々なことを教えてくれるのは、僕としてはありがたい。
けれど木々を守り育てていくための技術は、エルフ達が長い時間をかけて築き上げてきたもののはずだ。
本来であれば外に出るようなことのない、門外不出といってもいいものである。
そんなものを対価もなしに教えてもらってもいいものだろうか。
何か贈り物とか……と思ったけれど、どうやらその必要はないらしい。
「ウッディ様はビビの里の恩人です。我らが長いこと守り続けてきた世界樹をもう一度生まれ変わらせてくれたウッディ様は、正しく救世主そのもの。我らができることなら何をしても返しきれないほどの恩が、既にあるのです」
そう言ってこちらに笑いかけるウテナさんは、僕がエルフと言われてイメージするような、美しい微笑を浮かべている。
「か、勘違いしないでくださいまし! こんな素敵な場所を、人間やあの土踏み共に荒らされたくないだけですので!」
なぜか顔を真っ赤にしながら、そんなことを口にするウテナさん。
そっぽを向いてしまった彼女の態度を見て、素直じゃないなぁと思わず苦笑。
でもどうやらうちの領地のことを悪くは思っていないようで、そこは一安心ってところだろうか。
にしても……土踏み?
聞いたことのない言葉だけど、一体なんのことを言ってるんだろう?
「……(ちらっちらっ)」
ウテナさんは何かを期待するように、こちらをちらりと窺ってはまた顔を背けてしまう。
自分が言い出したことがどんな風に思われているか気になっているからか、身体が小刻みに揺れていた。
……僕としてもちょっと思うところはあるけれど。
最初と比べれば、これでも大分マシになった方だ。
なんにせよ、ウテナさんの申し出は渡りに舟なのは間違いない。
なので僕はウテナさんにぺこりと頭を下げた。
「はい、それでは……よろしくお願いします」
それを見たウテナさんはさっきから感じていたらしい気恥ずかしさを引っ込めて、キリリとした表情を作りながら笑う。
「このウテナにお任せあれ――」
こうしてウテナさん率いる部隊がギネアの樹林の整備を行うことになり。
そしてどこからか話を聞きつけてきたらしいアカバネさん達もツリー村の樹木を整えていくようになり。
彼らによって計画的に整備、整地されていく土地を見て、僕は自分がいなくなってからもウェンティが続いていくだろうなと、少しだけ安心することができるのだった……。
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