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プロローグ


「う、うぷ……く、苦しい……」


 今日食べたサンドボアーの肉が全て出てしまいそうなほどに強烈な圧迫感。

 あまりの寝苦しさに命の危機を感じたのか、僕の意識が急速に覚醒してくる。

 上体を起こそうと腰の辺りに力を入れるけど……まったくびくともしない。

 その理由は、僕の身体をがっちりと掴んで離さない一人の女の子にあった。


「む、むぐぐ、重い……」


「むにゃ……重いとはなんだ重いとは。そもそもサイクロプスの一つ目はだな……」


 僕とかみ合っているようで、その実全然かみ合っていない会話をしているのは、僕の元……じゃなかった、現婚約者のナージャだ。

 彼女はすぅすぅと寝息を立てながらも、僕のことを抱き枕か何かのようにがっちりとホールドしている。


 必死に抵抗を試みるが、『剣聖』の素養を持つ彼女の力はとてつもなく強く、僕なんかでは到底太刀打ちができなかった。


 起き上がって寝る位置を調整するのを諦めて、わずかに浮き上がっていた腰を下ろす。

 すると満足したらしいナージャが、むにゃむにゃといいながら顔を僕の胸のあたりに押しつけてきた。

 自由になっている右手でそっと頭を撫でると、ナージャの頬が緩む。


「むにゃ……すぅ、すぅ……」


 どうやらナージャは再び深い眠りに入ったようだ。

 先ほどから悲鳴を上げ始めていた左手を、寝息を立て始めた彼女の拘束からなんとか解放してやる。


 寝入ったことで力の緩んだナージャの腕から逃れ、寝返りをうつ。

 誰かと一緒に寝るっていうのも善し悪しだ。

 寝入る時は、ふと目が覚めた時、誰かが隣にいてくれるという安心感は何事にも耐えがたい。


 けれど反面、本来であれば一人の空間であるはずのベッドの中に他の人がいることで、純粋に眠りが浅くなってしまう。

 どうやらナージャはそんなデメリットとは無縁のようだけど……それは彼女が少数派なだけで、僕側の方が多数派だと思う。


「……」


 くるりと寝返りを打って逆側を向くと、そこにはいつものメイド服ではなく、パジャマを着ているアイラの姿があった。


 最初の頃は寝入る時にもメイド服を着ていることも多かったけれど、最近ではパジャマになることの方が多い。


 眠ってよれてしまったメイド服を時間をかけて伸ばすのはどう考えても手間だし、そもそもメイド服の寝心地は明らかに悪そうだったから、僕としては嬉しい限りだ。


 アイラはいつでもメイド服を身に付けている。

 文官や武官の数も徐々に揃い余裕が出てくるようになった最近では休みを言い渡したりすることも出てきたけれど、たとえ休みの日であろうと彼女は何時だってメイド服を着ている。


 これが僕のうぬぼれだったら恥ずかしいんだけど……恐らく彼女は、僕との今の関係を崩したくないと思っているのだろう。

 別にそんなこと、気にしなくてもいいのにね。

 アイラは変なところで頑固だ。


「……すぅ……すぅ……」


 普段はどちらかと言うときつい印象を持たれるアイラだけど、眠っている時の彼女の顔は生まれたての赤ちゃんみたいでかわいらしい。


 キッとしたまなじりが緩くなっているからか、愛嬌があるのだ。

 これを見ることができるのは、役得というやつかもしれない。


 ジッと見つめていると、なんだか本当に幼く見えてきた。

 普段はこんなことはしないのだけど、赤ちゃんを連想した僕は、そのままなんとなくアイラのほっぺたをつんつんしてみる。

 すると……アイラがスッとその目を開いた!


「――わわっ!?」


「おはようございます、ウッディ様」


「お、起きてたの?」


「メイドというのは、何か異常があれば目が覚めるものなのです」


「そ、そういうものなのかな……?」


 メイドって奥が深いんだね……。

 起こしちゃって申し訳ない気分になっていると、僕の内心を察したらしいアイラが小さく首を横に振る。


「問題ありません。あと五分ほどで目を覚ますところでしたから」


 そう口にした彼女が指さした先では、主張を始めた太陽の光が夜空を浸食し始めていた。


「す、すごい体内時計なんだね……」


「メイドですから」


「そ、そういうものなのかなぁ……?」


 アイラに言われると、なんだかそうなのかもしれないと思い始めてくる。

 メイドってなんでもできる万能の存在……つまり皆がメイドになるべきということ……? ダメだ、まだ朝早いからか頭が変な方向に……。


「ウッディ様はもう少しお休みになっていてください。支度が整ったところで、改めて起こしますので」


「ありがと、それじゃあもうちょっとだけ……」


 目をつぶり、まどろみに身体を預ける。

 ごとりという物音にゆっくりと目を開けると、その時には既にアイラはパジャマを脱いで

、いつものメイド服へ着替えていた。


「おやすみなさいませ、ウッディ様……」


 こちらに小さく頭を下げるアイラを見てから、僕は再び心地いい眠りに身を任せようと目を瞑る。


 彼女の主である僕の名前はウッディ、正式な名前を言うとウッディ・アダストリア。

 元コンラート公爵家の嫡子で、現アダストリア子爵家の当主であり、このウェンティを治めている領主だ。


 なぜこんな複雑な立場に立っているかというと……簡単に言えば家庭問題がこじれた末の結果である。


 現コンラート公爵である僕の父さんは、『大魔導』の素養を持っている。


 うちのコンラート家はこの『大魔導』の素養を使うことでその領地を広げ、守り続けてきた。

 そのため公爵領で大切なのは一に武力に二に武力、三四が武力で五が武力。


 当然ながら嫡子である僕も『大魔導』を受け継ぐことを期待され、幼い頃から色々と教育を叩き込まれてきたわけだけど……来る素養を授かる祝福の儀の日に僕が授かったのは、樹を植えることができる『植樹』の力だった。


 戦闘系の素養が求められるコンラート家では、何かを作る生産系にはまったく重きを置かれない。僕は嫡子の座を追われ、僕に代わって弟のアシッドが嫡男の座についた。


 そして彼に砂漠の緑化を命じられ、ほとんど準備する間もなく砂漠に領主として放り出されることになってしまったのだ。


 それからも色々なことがあった……僕のことを追いかけて、婚約を解消したナージャが砂漠にやってきて、おまけに神獣様を連れて来たり。


 聖域を利用して上手いこと領地を緑化させることができたと思っていたら、ダークエルフやエルフ達がやってきて一悶着起きたり。


 そして領民の皆を守るために奔走して独立して家を興したり、僕の『植樹』が素養ではなくてその上位互換であるスキル――それも中でも特に強力な上位スキルというやつであることが発覚したり。

 キレてやってきたアシッドを撃退したり……いや、こうやって改めて思い返してみると色々と起きすぎじゃない?


 ……まぁなんにせよ、それら全ての問題はひとまず解決し、今ではこうやってわりとのんびりとした生活が送れている。


 ナージャが正式に婚約者となり、アイラも側室に内定している状態になった。

 それで何かが変わったのかというと……前とそこまで大きな違いはないように思える。


 以前と変わらず、僕はアイラとナージャと三人で、一つのベッドに横になっている。


 最初の頃のように少し触れたり、吐息がかかったりするだけでドキドキするようなことは、もうなくなった。


 けれどその代わりに、以前は感じなかった安らぎがある。

 どちらの方がいいかは甲乙つけがたいけれど……今幸せだから、きっとそこに順位なんかつけなくていい。


 ナージャとアイラは相変わらずかなりの頻度で喧嘩をしているけれど……家庭の形は人それぞれ。

 僕ら三人はなんだかんだで、上手くやることができているのだから。

 そんなことをつらつらと考えているうちに、僕はあっという間に眠りについてしまうのだった――。

短編を書きました!


アラサーになってからゲーム世界に転生したと気付いたおっさんの、遅すぎない異世界デビュー ~魔王も討伐されてるし……俺、好きに生きていいよな?~


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