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眠り

【side アシッド】


「ごめんなさいね、アシッド」


 母さんはいつも、俺に謝ってばかりだった。

 理由は思い出せない。

 けれどそのほとんどが、些細なものだったという記憶がある。


「私がもっといい生まれだったら……」


 母さんが何に謝っているのか、当時の俺はまったく理解ができていなかった。

 けれど母さんが悲しんでいることだけは、幼い頃の俺にはわかっていた。

 そしてその原因が父にあることも理解していた。


 だから俺は、幼心に誓っていたのだ。

 いつかきっと、俺と母さんの存在を、父上に認めてもらうのだ……と。




 俺の母さんは元は、旅一座の踊り子をしていた女性だった。

 各地を巡る巡業を行っている中、その美貌を気に入った父上が目を付け、自領での公演を行うよう手配した。

 そして母さんに手を付け、俺が生まれた。


 男なら、隙あらば手を出すというのもわからなくはない。

 けれど父上はその後、俺たちを完全に放置した。


 正妻の子供であるウッディにはあれだけ目をかけているくせに、側室の子供達にだって定期的に会っていたくせに。

 俺や母さんが何度頼もうが、顔を見せて話をしてくれることはほとんどなかった。


 その理由は簡単だ。

 良い素養の両親から生まれた子の方が、良い素養を持つことが多いという、たったそれだけのことだった。


 俺の母さんは素養のないただの踊り子だ。

 そんな母から、良い素養を持った子が生まれる可能性は低い。

 たとえ自分の血がつながっていようと、期待ができない子供にかける時間はないというわけだ。


 金だけは渡され、屋敷で何不自由ない暮らしをすることはできるが、ただそれだけ。

 なんの面白みもない幼少期だった。


 俺達が暮らしていた屋敷は、本邸の隣に建っている別館だ。

 そこからは本邸の様子や、本邸の奴らが庭で遊んでいる様子がよく見える。


 俺が父上の様子を見れないかと隣の屋敷を眺めていると、そこであいつ――ウッディの顔をよく見かけるようになった。


 あれが本妻の子供なのだ。

 あいつのせいで、俺と母さんがこんな目に……。

 ヘラヘラ笑いやがって、あいつのせいで俺達は……。


 俺はウッディのことが大嫌いだった。

 今自分が居る場所がどれだけ価値のあるものなのかを理解していない、あののんきな顔を見る度に吐き気がする。

 のこのことして何の不自由を感じなく生きているあいつが――羨ましかったのだ。


 そう、きっと俺は、羨ましかったんだと思う。

 なんでその場所に立って、笑顔の母と父に囲まれているのが俺じゃなくて、ウッディなのだ。

 俺とあいつ、何が違う。

 俺だって、俺だって……。


 そんな風に考えているうちに羨望は妬みに変わり、俺は屋敷から出てきたウッディに対して嫌がらせをするようになっていた。

 時に母さんと一緒になって、メイドをけしかけたりするようなこともあった。


 そんなことをしても何かが好転するわけじゃない。

 むしろ下手に露見すれば、俺達の立場が悪くなるだけだ。


 けれどそれでも俺は、やるしかなかった。

 だってそうしなければきっと……あの情けない現状に、耐えることができなかったから。


 結局あの男に仕返しをされるようなこともなく、月日は流れ……そして祝福の儀を受けたあの日がやってくる。


 嫡子として期待され、それに応えるだけの聡明さを持っていたウッディに与えられた素養は生産系の『植樹』。

 そして俺に与えられたのは――父上が持っており、その素養が受け継がれることを何より願っていた『大魔導』の素養だった。


 これで全てを見返すことができた。


 正しいのはあのバカじゃなくて、この俺だ。

 俺こそが、コンラート家を受け継ぐ……。

 あれ……俺は本当は、何がしたかったんだっけ……。


『おお、流石はアシッド、私の息子だ!』


 ああ、そうだ。

 俺はただ、父上に認めてほしかったのだ。

 俺という存在を、そして俺を育ててくれた母という存在を。


 たったそれだけのことだった。

 そのために頑張って……でも結局また、ウッディが俺の邪魔をする。


 あいつは一体、なんなんだ。

 俺の大魔法でも倒しきれないほどの大量のゴーレムを使役したり。

 謎の魔法を打ってくるゴーレム部隊を用意したり。

 かと思えば虹色に光る謎のゴーレムを出したり。


 おまけに戦闘能力だけじゃなくて、食料生産や砂漠の緑化まで完璧にやってのけている。

 本当に……なんなんだよ。


 これじゃあ一生懸命頑張っている俺が……バカみたいじゃないか。

 クソクソクソクソ!


 こんなことになるんなら――俺は、一体なんのためにっ!



「起きたかい、アシッド」


「……誰かと思えばお前かよ、ウッディ」


 意識を覚醒させるとそこは、見覚えのない部屋の中だった。

 横になっているのは見たこともない寝具だったが、寝心地は悪くない。

 外から光が入り込んでいるからか、室内はほの暗い。


 上体を起こせば、そこにはウッディの姿があった。


 頭を流れていく記憶。

 そうだ、俺は……負けたんだ。

 一対一でこいつと戦って、完膚なきまでに。


「俺は……どうなるんだ?」


「別に、どうもしないよ。アシッドは兄である僕の領地に遊びに来た……ただそれだけさ」


 飄々として、なんでもないような態度を崩さないウッディ。

 ……気に入らねぇ。


 この場に護衛も連れずに、俺とサシで会っていることも含めて。

 俺程度、どうとでもなるってわけか。


「あんな素養を持っていて……追放されたのも全部狙い通りだったってか?」


「そんなことないよ。あの時はアイラを除いて誰もついてきてくれなかったし……正直、必死だったことしか覚えてないな」


「馬鹿にしてるんだろ。『大魔導』の素養を持ってるくせに、生産系の素養を持ってる自分にすら勝てない俺のことを!」


「……」


 ウッディは黙って、こちらを見つめている。

 いつも微笑を浮かべているこいつが、真剣な顔をすることは珍しいあまりない。

 さっきの戦闘の最中ですら、小さく笑みを浮かべていたくらいだからな。


「ねぇ、アシッド」


「なんだ」


「もしかしてなんだけど……君は僕のこと、血も涙もない人間か何かだと勘違いしてない?」

 

 勘違いも何も、それが事実だろう。

 こいつはあんなに強い素養を持ってるくせに、俺のことを昔と変わらず小馬鹿にして。

 あっという間に俺を追い越して、気付けば今では独立して自分の家を興している。


 まだまだ父さんが現役な俺よりも上の地位でふんぞり返って、こっちを見て見下しているんだ。

 俺がその悪辣さを滔々と述べてやると、ウッディははぁと大きなため息をついて、


「そんなこと、思うわけないじゃないか……たしかに嫌がらせを受けるのはいやだったけど、一応君は僕の弟だ。自分の感情をぶつける先がない弟のサンドバッグになることくらい、なんともないよ」


「そ、素養のことだってそうだ! お前はそんなにすごい素養を持っているくせに、俺や父上を欺いて……」


「だからそんなこと、するわけないよ。僕だって自分のスキルの力に気付いたのはこっちに来てからかなり経ってからのことだし。そもそも父さんやアシッドのことを欺いたり、馬鹿にしたりしたことなんかないってば!」


 呆れた顔をするウッディ。

 嘘を言っている様子はない。


 こいつが俺のことを……なんとも思ってない?

 全ては俺の勘違いだったってことなのか……?


 ……はは、だとしたら俺は、とんだ道化じゃねぇか。

 俺があれだけ恨んできたのは全部なんだったんだよ。


 今までならきっと、ウッディが何を言っても俺は信じなかっただろう。


 けれどああまで完璧に打ち負かされて。

 その上で俺を殺すこともなく、看病までされていては信じざるを得ない。


「俺の部下達は、どうなっている?」


「収容施設に入ってもらってるよ。一人も死なせてないから、安心してくれていい」


「そうか……」


 顔を上げれば、吹き抜けから月の光が降り注いでいた。

 俺は今、自分の感情をどこに吐き出せば良いのかわからない。


 全ての諸悪の根源だと思っていたウッディはこうして俺のことを殺すこともなく対話をしてくれている。

 どうやらこいつは俺が思っていたような、人の不幸を笑うようなクソ野郎ではなかったらしい。


 この事実を俺は、どう消化すればいいのか。

 俺には答えが出せなかった。


「……明日には、帰る」


「そう? 別に無理しなくても……」


「無理なんかしてねぇよ」


 それだけ言って、俺は横になる。

 そして上に布団をかけ、話は終わりだという合図をした。


 どうやらここまで急いで来たのと、全力で魔法を使ってきた分の疲れが押し寄せてきたらしい。

 あっという間に眠気に支配されそうになった俺は、そのまま抗うことなく意識を手放した。

 眠る間際、ウッディの声が聞こえた気がした。


「――おやすみ、アシッド」


 ああと応えたつもりだったが、言葉になったかはわからない。


 気付けば俺は、深い眠りに落ちていて。

 次の日の朝になるまで、死んだように眠ったのだった――。

短編を書きました!

↓のリンクから読めますので、そちらもよろしくお願いします!

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