瞬間
トリスタン伯爵の手腕は、ちょっと帝王学をかじっただけの僕じゃ到底太刀打ちできないほどに見事なものだった。
ウェンティを独立させるために必要なものは大きく分けると二つある。
その二つとは、王様からの勅許とコンラート公爵家を始めとする近くの領主から攻め入られることがようにするための状況作りだ。
僕はこの二つを得るために、現在王国と関係を断絶しているエルフとダークエルフとの窓口になれるだけの関係性を持っていることと、王国に対して定期的に食料でありかつ王国で嗜好品として流通させることができるレベルのフルーツを卸すことができるという二点で勝負をかけようとしていた。
けれどそれだけでは足りないと、伯爵はそこに更にコンラート包囲網とでも呼ぶべきものを作り上げたのだ。
現在コンラート領は南部の中小貴族達と西部にいるマグラード侯爵という二つの勢力に戦力を分散させなくてはいけない状況にある。
伯爵はそこに目をつけた。
「コンラート家が下手に動けば損をするような状況を作ってしまえばいいのさ」
なのでまず最初にマグラード侯爵を始めとする王国領の大貴族達に、定期的に食料援助の申し出をすることで、彼らとの関係性を構築。
その次に王に許可を求めるという順番を取らせてもらうことにした。
そうなれば大貴族達が賛成している以上、王はそれを拒否することが難しいからだ。
そして実にあっさりと、王から独立の許可をもらうことができた。
続いてトリスタン伯爵とマグラード侯爵が会合を行い、コンラート公爵を押さえ込むことについて同意することを決めた。無論その場には、僕も同席させてもらっている。
その際に伯爵が、僕のスキルというカードを切ったのは言うまでもない。
これによってコンラート公爵家は三方を潜在的な敵に囲まれ、また僕を相手取ろうとすれば四方を敵に囲まれる形になった。
更にそこに僕らの領地による食糧輸送や、場合によってはエレメントフルーツを始めとする武器に転用可能な果物の売買も行われるとなれば、父さんとしてもおいそれと手を出すことはできない。
ただこれらは実際の戦争の手段ではなく、あくまで脅しに留めておきたい。
少々刺激が強すぎるし、物騒だ。
なので僕は父さんに、手紙と少々のフルーツを送ることにした。
そしてこのまま僕の領地を攻めればどうなるかを、文章と実物を使って教えることにしたのだ。
帰ってくる手紙は苦々しさに満ちてはいたけれど、現状ではウェンティの独立を認めるしかないという内容になっていた。
そこまでいけば一安心だ。
色んな貴族の人達と顔を合わせたりして疲れたけれど、これでようやく一息ついていつもの生活が送れる……とそう思った時のことだった。
――なんと驚くべきことに、アシッドが子飼いの部下達を引き連れてウェンティへとやってきたのだ!
それを聞いた時は思わず「え、なんで!?」と叫んでしまった。
どうやらアシッドが僕が領地をもらうというところが納得できず、一人で暴走してしまっているらしい。
僕はアシッドのことが、正直苦手だ。
素養を受け継いだ時の顔は今でも思い出すけど、それより前から彼はずっと僕のことを目の敵にしていた。ずっと敵意を向けられていて、好きになれるはずもない。
あの不肖の弟は本当に人の話を聞かないし、一度こうと決めるとそれが間違っていようと考え方を変えてくれない。
でもこちらに敵意を持ってやって来るというのなら、当然迎え撃たなくちゃならない。
けれどことはアシッドと僕だけの問題ではない。
僕もアシッドも、今はもう立場ある人間だからだ。
コンラート家嫡男のアシッドとウェンティの領主であるアダストリア家の領主である僕。
下手に関係がこじれないように、僕は動き回ることになった。
無論転移によって自在に移動することができる僕は、アシッド達が今どのあたりにいるかという情報を伯爵の諜報員経由で教えてもらい、対策を整えつつ公爵家とやりとりをすることになった。
樹木間転移という札は見せずに手紙のやりとりという形になったけれど、父さんの反応は少しだけ意外だった。
『今回のアシッドの暴走は私の不徳の致すところである。可能であれば寛恕を願いたい』
父さんはどうやら、アシッドをしっかりと育てるつもりのようだ。
今のところ、『大魔導』を受け継いだのはアシッドだけだからね。
祝福の儀で新たな『大魔導』が出るとも限らないし、それなら多少問題があろうとアシッドを育てた方がいいっていう判断なんだろう。
なんだかなぁと思わなくもないけれど、今となってはアシッドには頑張ってもらいたいので僕としても手を尽くそうと思う。
まったく、面倒をかける弟の世話をするのは本当に疲れるよ。
僕は今回のアシッド達の襲来を、従来想定していた戦争のモデルケースとして活用してみることにした。
ギガファウナ討伐時はダークウッドゴーレム達・樹木守護獣・エレメントフルーツの数の暴力の三重奏であっという間に終わっちゃったからさ。
今回はウッドゴーレムや樹木守護獣、それにエレメントフルーツ達を使った場合のウェンティの戦力を、アシッド達という試金石を使って計ってみることにしたのだ(ちなみに威力が高すぎるため、密集させたダークウッドゴーレムの黒弾は今回は使わないようにしている)。
その結果は上々。
以前から考えていたウッドゴーレムの結合や樹木守護獣の身体の小ささを利用した奇襲攻撃は上手くハマってくれた。
最近では気配を消すのが更に上手くなっているサンドストームの人達のエレメントフルーツ攻撃も、しっかりと効いていた。
そこまで大量に数を用意したわけでもなかったけれど、アシッドの配下達は苦労することなく間に倒してしまうことができたから、戦力的には問題なさそう。
どうやら人間を相手にしても、問題なく彼らだけで対応ができそうだ。
明らかに剣速が早い素養持ちらしき人もいたけれど、彼らも飽和攻撃をしているうちに倒すことができた。
これならもしどこかがうちに攻めてくる場合でも、問題なく対処ができそうだ。
あ、もちろん間違って死なせてしまうことがないように色々と手は打っている。
ホーリーウッドゴーレムの回復を重ねがけしたり、ピーチ軟膏を塗ってあげたりしてね。
けれどやっぱりアシッドだけは、ウッドゴーレムや樹木守護獣の攻撃をしっかりと防ぎきってみせた。
それどころか光魔法を使って、他の人達を治したりもしていた。
『大魔導』の素養持ちは伊達じゃないのだ。
攻撃を繰り返したことで、残るはアシッド一人。
「女の影に隠れて、卑怯な手で倒して……俺はお前のそういうところが、大っ嫌いなんだよ!」
「それなら安心してほしい」
僕は隣に立っているアイラやナージャ達に頷いてから、前に出る。
一歩踏み出したその瞬間、今までの思い出が脳裏をよぎった。
『ばーか』
アシッドが『大魔導』を受け継ぎ、こちらを馬鹿にした時の顔。
僕が押しのけられ、彼が嫡子になった瞬間……。
嫌なことばかりをされたから当然だけど、頭をよぎるのは嫌な思い出ばかりだ。
でもそんな記憶とは決別をしなくちゃいけない。
きっと今この瞬間が、僕が変わるべき時なんだ。
「ここから先は僕がやる。――サシで戦おう、アシッド」
「てめぇ……舐めた口聞いてんじゃねぇぞ!」
アシッドはこちらに向けて手を向ける。
僕は収穫袋を使い、大量のウッドゴーレムによって壁を作るのだった――。




