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エピローグ

「ちっ、やっぱり見つからねぇか……」


 かつてはウッディが住んでいた、公爵家の中でも一際大きな居室。

 今のこの部屋は、次期当主として嫡男の立場に上り詰めたアシッドのものになっている。


 舌打ちをしながらいかにも機嫌が悪そうな彼が見つめているのは、机の上に並んでいる書類の山だ。

 元々領主になるべく教育を受けてこなかった側室の子であるアシッドは、現在大急ぎで詰め込み教育を施されている真っ最中。


 勉強と鍛錬の日々に明け暮れるアシッドは疲れていた。

 けれどそんな苦しい毎日に耐えるだけの意味はある……はずだった。

 彼を癒やしてくれる、自分がずっとほしいと思っていた美しい婚約者が、隣にいてくれるはずだったからだ。


「一体どこにいやがる……ナージャァッ!」


 ドンッと机を思い切り叩く。

 インク瓶が浮き上がり、中身をぶちまけながら地面に転がった。


 アシッドはウッディのことが大嫌いだった。


 ウッディはこの戦乱の世にもかかわらず、甘っちょろい理想論ばかりを口にする。

 戦うことが大嫌いで、誰に何をされても黙っているビビり。


 嫌なところはいくらでもあったが……アシッドが一番気にくわなかったのはやはり、あんな軟弱もののウッディの結婚相手が、絶世の美女であるナージャというところだった。


 アシッドは以前会った時に、ナージャに一目惚れしていた。

 だから素養を授かった瞬間、彼は歓喜した。


 ――これでウッディから、彼女を奪うことができたと。

 ナージャと結婚するのはあののろまではなく、この俺、アシッドなのだと。


 だというのに、結果を見ればどうか。

 たしかにウッディを追放できてスカッとはしたが、自分は日々の教育と鍛錬でまともに息つく暇もない。

 そしてウッディが持っているものの中で一番ほしかったナージャは、失踪してしまっている。


「おまけに近隣の街でどれだけ聞き込みをしても、目撃情報が一つもねぇときている……」


 アシッドは私兵まで動かして、ナージャの目撃情報を漁っていた。

 髪の色や瞳の色、背丈を頼りに、ナージャらしき人物がどこかにいないかと、かなり広い範囲に渡って探し集めていた。

 だというのに彼女の行方は、一向に知れない。

 空を飛んで逃げたなどという荒唐無稽なアホ話までやってくる始末だった。


 思わずトリスタン家の人間がナージャを逃がすために手引きしたのではないか、と邪推したくなるほどに、痕跡らしい痕跡は残っていない。


 だがトリスタン家の人間が、戦えば手痛い打撃を受けるコンラート家と仲違いをするようなことを、わざわざするとは思えない。


「……」


 アシッドは黙ったまま机の引き出しを開いた。

 そこに入っているのは、『絶縁状』と表紙に記されている一冊の手紙だ。


 トリスタン家から送られてきたこの紙は、ナージャの部屋に置かれていたものらしい。


『好きでもない人間と結婚をするなどあり得ない。そんなことをさせられるくらいなら、自分からこの家を出て行く』


 手紙の内容は要約すればこういうことだった。

 アシッドとしても、跳ねっ返りの強い女は嫌いではない。

 手に入れるまでに手間がかかればかかるだけ、それを手中に入れた時の達成感は跳ね上がるからだ。


「気の強い女は、嫌いじゃねぇ。なんとしてでも見つけ出して……この俺に屈服させてやる。首に鎖をつけて飼ってやるぞ、ククク……」


 暗い笑みを浮かべながら、パチリと指を鳴らす。

 すると一瞬のうちに炎が燃えさかり、机の上に並べられた愚にもつかぬ目撃情報を黒い消し炭へ変えてしまった。


「おいお前らっ、たるんでるんじゃねぇぞ!」


「「はっ、はいぃぃ!!」」


 アシッドはナージャを探し出せない兵達を怒鳴りつけると、革張りの椅子へ不機嫌そうに座り直すのだった。


 ――彼は考えもしていなかった。


 謎の美女と鳥が空を飛んでいたという馬鹿げた目撃情報がまさか真実であるなどと。

 出て行ったナージャが、自分の好きな男を追いかけて、砂漠へ向かったなどと。










『ウッディ、お前には失望した。――アシッド、聖壇の前へ』


 違う……違うんだ父さん!

 たしかに僕の素養は『大魔導』じゃなかった、だけど、だけど――ッ!







「――はっ!」


 がぱりと上体を起こすと、目が覚めてくる。

 見れば全身が汗でびしょ濡れになっていた。


 どうやら悪夢を見ていたみたいだ。


 ……僕はあの時のことを未だに夢に見ることがある。

 自分で自覚はしていないけれど、あれは僕にとって、それほどまでに強いトラウマってことなんだと思う。


「ん、目が覚めたか?」


 目を覚ますと、僕の目の前にはナージャがいた。

 ギュッと僕の手を握ってくれている。


 今の僕は間違いなく、ものすごい手汗を掻いているはず。

 気持ち悪いと思われないか、僕の方が気になってしまう。


「何を言う、ウッディの汗が気持ち悪いはずがあるか。むしろ舐め取ってやるとも」


「いや、さすがにそれは変態チックすぎる気が……あれ、そういえばアイラは?」


「何やら問題が起こったようでな、解決しに向かっている」


 ちなみに僕は今も、アイラとナージャと一緒に三人で一緒に眠っている。

 村の空き家を使わせてもらえるようになったから、一人一棟使うだけの余裕はできたんだけど……なぜか二人ともアイラとナージャが僕の家に泊まると言って聞かないからだ。


 それならばとベッドだけは分けたんだけど、どうやら今宵も抵抗虚しく僕は二人に挟まれて寝ていたようだ。


 僕は二人に腕っ節で言うことを聞かせるだけの力もないので、黙って全てを受け入れるしかなかった。

 弱肉強食のこの世界では、力を持たない僕に選択肢など残されていないのだ……。


 ……え?

 女の子と一緒にベッドで眠れて男冥利に尽きるんじゃないかって?


 そ、そんなこと思ってないってば!


 ……ほんのちょっとしか。



 今日はシェクリィさん率いる村が、聖域になった翌日。

 アイラが必要になったということは、水不足とかの問題かもしれない。


 とりあえず『植樹』のレベルがもう少しで上がりそうだし、皆の様子見がてら何本か樹を植えよっかな。


 何もない砂漠で野垂れ死ねと言われた僕だけど、案外なんとかなっている。

 案ずるより生むが易し。

 世の中って案外、そんなものなのかも。


「大変ですウッディ様! どうやら急にオアシスができたのを訝しんでいる砂賊達が近隣に現れたようで――」


 慌てた様子で、アイラが家の中へと入ってくる。


 一難去ってまた一難。

 食糧問題が解決したと思ったら、次は賊の問題だ。

 どうやら僕が何もせず休めるまでには、まだまだ時間がかかるらしい。


「よし行ってくるぞウッディ、賊程度に遅れなど取らん!」


「うん、ありがとう。『剣聖』にそう言ってもらえるととっても心強いよ」


 僕らは手を取り合って家を出る。


「あーっ、ズルいです! 私も私もっ!」


 そして逆の手を、アイラが取った。

 僕は二人に引きずられるように、皆の下へと向かっていく。


 父さんの跡を継ぎ、公爵になるとばかり思っていたけれど。

 こんな毎日も――案外、悪くない。


 僕のスローライフは、まだ始まったばかり――。



お読みくださりありがとうございました。

今作を読んで


「面白かった!」

「続きが読みたい!」

「ウッディ達の活躍がもっと見たい!」


と少しでも思った方は、↓にある☆☆☆☆☆を★★★★★に変えると作品を応援することができます!


応援ありがとうございます!

皆様のご好評につき、2/2より更新の方を再開させていただきます!


引き続きよろしくお願いします!

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