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奇襲


 アシッドが選んだのは南部の戦線を自分と共に駆け回った部下百人を引き連れ、父の許可を得ずに北へと向かっていた。


 輜重については、あまり深く考える必要はない。

 ウッディに一つを持ち去られたとはいえ、未だコンラート侯爵家にはいくつかの『収納袋』がある。

 そのうちの二つを持っているため、食料に関しては何かが起こっても問題ない程度には備蓄ができている。


「しかしこちらを追いかけてくる兵もございませぬな。てっきり公爵様からは追っ手がかかると思っておりましたが……」


「父上も俺の行動の正しさを理解したのだろう」


 道中いくつかの街で物資を補給したが、その際に公爵騎士団から追求を受けるようなことはなかった。

 間違いなく父からの命令は通っているだろうから最悪突破する必要もあるかと思っていただけに、少し拍子抜けですらある。


 父は自分のことを止めるつもりがない。

 つまり消極的に賛成をしてくれているのだ。

 アシッドは現状を、そう捉えることにした。


「聞けばウッディが治めていると自称しているウェンティは、荒野から砂漠地帯に行ってから二週間もしないうちに着けるほどの距離しか離れていないらしい。このまま行けばそう遠くないうちに接敵するはずだ」


 『収納袋』には飼い葉を入れる余裕もあるため、アシッド達は馬に乗ってウェンティへと向かっている。


 現在ウッディが治めている村の数は、たったの二つ。

 具体的な距離まではわからなかったが、両者の位置はかなり離れているということだった。


 兵を分けることも考えたが、そうなるとアシッドの居ない方のグループがアイラやナージャに襲われた時に、面倒なことになる。


 なので多少時間はかかろうが、一つ一つを順番に潰して回すつもりでいた。


「良いかお前ら、砂漠の民は王国の人間じゃねぇ! つまり――王国法は適用されねぇ! どんな風に扱っても問題は起こらねぇってことだ!」


 アシッドの言葉に、隊が沸き立つ。

 戦争を行う際の一番の兵の楽しみとは、略奪である。


 故にアシッドは彼らの目の前ににんじんをぶらさげてやることで、彼らにやる気を出させることにした。


 その作戦は功を奏し、鼻息を荒くした彼らは当初の予定よりも早く荒野を抜け、目的地であるツリー村へとやってくるのだった――。



「な、なんだありゃあ……」


 ツリー村にやってきたアシッド達が見たのは、およそ砂漠とは思えない緑に満ちた村だった。

 いや、あれを村と呼んでも良いものか。


 既にその規模は王国の街とも遜色がないほどに大きく、そんなものが砂漠のど真ん中にぽつりと立っているのだから、その見た目はあまりにも周囲から浮いて見えている。


 その村は、異様だった。

 まず水資源が乏しい砂漠地帯にもかかわらず、これだけ大量の緑がある時点でおかしい。


 村全体をぐるりと囲むように木々が植えられており、それら一本一本にしっかりと水が行き渡っていて、みずみずしい葉をつけている。

 それだけではない。


 全体を見通すために砂漠にできていた小山から村の様子を見下ろしているアシッドには、木々が果実を付けているのまで見えた。


 内側に水分をため込むタイプの樹ならかろうじてわからないこともないが、果実まで付けているとなるとよほど豊富な水資源でもない限り不可能なはずである。


 遠くにはオアシスらしきものも見えており、家が建っている様子も確認することができた。

 そのまた奥を見ると、畑らしきものまで散見される。


 そしてそれら全てを覆うように、結界のようなものが張られている。

 透明であるために視界を遮ってはいない。恐らくは、魔物除けの魔法か何かだろう。


 自分のわからない術理で作られたそれは、アシッドの見立てでは光魔法によって作られてるように見えた。


(大量の魔導師でも抱え込んでやがるのか……? いやしかし、そんなはずは……)


 それをわざわざ村全体を覆うほどのサイズで行うことができているということは、それだけの余裕があるということの裏返しでもある。


 だが少なくともウッディが有能な魔導師を囲い込んだなんて話は聞かない。


 となると現地の砂漠の民を懐柔したとしか考えられないが……まさかあの脳天気な男に、そこまでのことができたとは。


 豊富な水資源に、豊かな果実を始めとした収穫物。

 しっかりとした家屋が建ち並び、魔物除けの結界が張られているために魔物被害にも怯えなくて良い。


「これが、ウッディが作った村……」


 アシッドは気付けば、ギュッと拳を握りしめていた。


『『植樹』の素養が使えるんなら、砂漠で一生育たない樹を植えてろよ! 最高にお似合いだぜ、お・に・い・さ・まっ!』


 まるで意趣返しでもされているようだった。

 お前が何をしても無駄だと言われている気分だった。


「――チッ!」


 舌打ちをしながら、ウェンティにある村の一つ、ツリー村を見下ろす。

 見れば村人の姿は見えない。


 空は既に暮れ始めている。

 恐らく農作業を終わらせ、皆自宅に戻っているのだろう。


「たしかに村作りの力はすげぇのかもしれねぇが、ウッディの実際の強さはカスだ! 行くぞ、野郎共! ――俺に、続けぇっ!!」


「「「おおおおおおっっ!!」」」


 砂の山を下りながら、アシッドは部下達と共に、一気呵成にツリー村へと向かっていく。


 当然ながらアシッドは自らその先頭に立ち、魔法を発動させるための準備を整えていた。


 彼らの前に立ちはだかるのは、結界と展開されている木々のみ。

 反撃を食らう可能性を考慮し、アシッドはまず最初に結界を壊すことを決める。


「あの結界なんざぶち抜いてやるよっ――カオスフレアッ!」


 魔力を練り上げたアシッドが放つのは、彼の得意である火と闇属性の混合魔法であるカオスフレアだ。


 黒と赤の入り交じった炎は見事結界に当た……ることなく、そのままするりと通り抜けた。


「――チッ、見せかけかよ。警戒して損したぜ」


 攻撃魔法を通すということは、まず間違いなく迎撃をする機能はついていない。

 恐らく本当にただの魔物除け程度の効果しかないのだろう。


 アシッドは魔法を制御するために立ち止まっていたので、部下達が先行する形になっている。


 けれど戦場に居た時に何度も同じようなことはあったため、アシッドの方も彼らのことは心配していない。

 彼らは一人一人が王国軍の兵士数人にも匹敵するほどの強者揃いだからだ。


「行くぞッ! アシッド様に勝利を捧げよ!」


「「「アシッド様に勝利を!」」」


 彼らの声を聞きながら表情を緩めるアシッド。

 けれど彼は、違和感を覚えた。


 それはあの悪辣で卑怯なウッディがここまで簡単に侵入を許すのか、という彼の病的なまでの猜疑心によるもので。


 そして結果だけ見れば……彼が感じた違和感は、決して勘違いなどではなかった。




「俺が先に行く! ついてこい!」


 副官であるカリオンの指揮の下、徐々に村が近付いてくる。

 そして村の手前に生えている木々が見えてくると……彼は首をひねる。

 怪訝な表情をしながら見つめるその先には、間隔を空けて生えている木々がよく見える。


「……んん?」


 立っている樹が、どうにもおかしい気がするのだ。

 太陽の場所から考えても、なんだか影が膨らみすぎているような気がする。


 だが問題はなかろうと彼らはそのまま進んでいき――樹を通り抜けようとした瞬間、樹が一斉に消えた。


「――な、何事だっ!?」


 慌てて周囲を確認しようとするカリオンの頭上に、大きな影がかかる。

 見上げてみればそこには、馬上にいる自分より更に高いところからこちらを見下ろす、無機質な巨人の姿があった。


「ご、ゴーレムだと……」


 カリオンの頭に、拳が振り下ろされる。

 そして隠れていたウッドゴーレム達が一斉に動き出し、アシッド達へと襲いかかるのだった――。

短編を書きました!

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