屋敷
今僕がやらなければいけない問題は、いくつもあるし入り組んでいるように思える。
けれど複雑そうに絡んでいる紐をほどいてみると、意外とことは単純なように思えたのだ。
まず最初に、僕はミリアさんに持ってもらっていた世界樹のところへ出向いた。
既にダークエルフ達の説得に入っていたミリアさんのおかげで、実にあっさりと合わせて百人ほどのダークエルフ達から移住をして僕の領民になるという了承をもらうことに成功する。
これはやはり、元々群れのリーダーだったミリアさんの働きが大きいようだった。
彼女が必死になって僕らの村の素晴らしさを喧伝したおかげで、彼らは少し訝しがりながらもミリアさんを信じて移住を決めてくれた。
まずは彼らを樹木守護獣の効果によって強化した樹木間集団転移でツリー村へと連れて行く。
「なんだここは……」
「せ、世界樹だ、本物の……」
かつて政争に負け、エルフの里を追われてしまったダークエルフ達。
彼らの世界樹への思いは並々ならぬものがあるらしく、泣き出す人から茫然自失として呆けた様子で世界樹を見上げる人まで、その反応は実に様々だった。
「いいんだ、もう我らはこの場所で暮らしてもいいんだよ……」
ミリアさんとルルさんは彼ら一人一人と言葉を交わし、そして熱い抱擁を重ねていく。
慟哭する同胞を抱きしめるミリアさんの顔は、我が子を抱きしめる母親のように慈しみに溢れていた。
本当の意味で彼らの気持ちが理解できるわけではない僕にできるのは、彼らの心に寄り添うことじゃない。
なので僕はあくまでもウェンティの領主として、彼らにしっかりとした衣食住を保証させてもらう。
「皆さん、食べ物やお酒ならいくらでもあります! 今日は何も考えず、ただひたすらに食べて飲んでください!」
「「「……おおおおおおおおっっ!!」」」
自失から立ち直った様子のダークエルフ達が、めまぐるしい勢いで食事をむさぼり始める。 食べながら泣き出している人もいたし、そのあまりのおいしさに気を失いかけている人もいた。
ここから先は、ミリアさん達に任せていれば大丈夫だろう。
くるりと振り返ると、そこには緊張した面持ちのナージャの姿がある。
「それじゃあ、行こうか」
「ああ……しかしどんな顔をすればいいのか……」
僕らは転移を使って次の目的地へと向かう。
その場所とは――ナージャが家出をしたトリスタン家のお屋敷だ。
以前、まだ僕が砂漠の緑化を命じられるよりも前のことだ。
使えない素養だとアシッドに蔑まれて落ち込んでいた僕に会いにきてくれたナージャは僕に、
「ウッディの素養を使って、樹を植えてはくれないか? 私にその樹をプレゼントしてくれ」
とせがんできた。僕は言われるがままに素養を使って樹を植えた。
当時はあれが世界樹だなんて知らなかったんだよなぁ。
なんだか今よりずっと昔のことのような気がして、懐かしさすら感じてしまう。
そう、あの時僕は樹を植えた。
そしてその樹は今も、トリスタン家のナージャの部屋に置きっぱなしになっているのだ。
なので僕はその樹を目印にして、トリスタン家へ直接やってくることができるのである。
今までは考えたこともなかったけど……樹さえ植えておけば、奇襲なんかもしたい放題だね、この素養って。
ナージャが飛び出してくる時は自室に置いていたらしいけれど、流石に大きくなってきたからか、今ではトリスタン家の庭らしき場所に植え替えられていた。
ちなみに大きさも既にかなりのものになっていて、既にその全長は屋敷よりも大きくなってしまっている。
「誰だっ!? ――って、姉上ッ!?」
僕らが世界樹を見上げていると、すぐ近くに一人の少年がいた。
僕よりも一歳か二歳ほど若いまだ未成年の彼は、ナージャの弟であるウェイン君だ。
少しナージャを慕いすぎているところがあるものの、基本的にはすごく真面目なトリスタン伯爵家の跡取り息子である。
僕も以前ナージャの家に遊びに行った時に、一度だけ顔を合わせたことがある。
「姉上……姉上えええええええええっっ!」
ものすごい勢いでこちらに飛び込んでこようとするウェイン君の表情は、鬼気迫るものがあった。
ナージャがひらりとその突進を避けると、ウェイン君が思い切り地面に顔をツッコんだ。
それでもめげずに立ち上がった彼の頭を、ナージャは優しげな表情をして撫でる。
するとウェイン君が石像のように固まってしまい、壊れたブリキ人形のようにギギギと顔を上げる。
「ウェイン、久しいな。息災だったか?」
「はい……ですが姉上が失踪されてからというもの、とにかく気が気ではありませんでした」
「そうか……連絡はしなかったが、私はこうして元気でやっているぞ」
「そう……そうです! 今までどこにいらっしゃったのですか!? アシッド殿なんかは怒髪天を衝く勢いでうちに詰めかけてきて、とにかく怖かったんですから!」
その言葉に、ナージャがこっちを向く。
目が合うとちょっとだけ照れたのか、ふいと視線をわずかに逸らされる。
かわいい。
続いてナージャに釣られる形で、ウェイン君がこちらを見た。
そして今になってようやく僕の存在に気付いたらしく、驚いた表情をしてこっちを見つめている。
「ウッディ殿……貴殿が、どうしてここに……?」
たしかに、婚約破棄までしているわけだからうちの色々と説明が必要だろう。
けれど同じことを当主であるトリスタン伯爵にもする必要があるだろうし、伯爵のところに連れて行ってもらうことにしようかな。
というわけで僕は訝しげな様子のウェイン君に見つめられ居心地の悪さを感じながら、伯爵の執務室へと向かうのだった――。
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