初めて
僕は思わず顔を背ける。
今の情けない顔を彼女に見せるのは、なんだか情けないような気がしたからだ。
けれどナージャは、そんな甘えを許してくれない。
彼女は僕の頬を掴み、くいっと自分の方へと向けた。
「ウッディ、こっちを見ろ」
「ナージャ……」
彼女の力強い瞳が、僕を捉えて離さない。
キラキラと光る赤い瞳の奥には、身体を縮こまらせている弱々しい自分の姿が映っていた。
「ウッディ、お前が何を悩んでいるのかはわかる。エルフ達の話は聞いているからな」
「うん……」
「助けたいんだろ、彼らを?」
「もちろんさ。もし僕がただの平民だったら、何も考えずにエルフの里へ向かっていたと思うよ」
ナージャの言葉に、僕は少しだけためらってから……しっかりと頷いた。
僕は……エルフ達の力になってあげたい。
だって困っている人がいたら助けてあげるのは、当然のことだと思うから。
「だったら助ければいいじゃないか。ほとんどの場合は、自分がしたいようにするのが一番後悔しないからな」
「でもそんなことをしたら、父さん達からどんなことをされるかわからない。そのせいで皆に迷惑をかけちゃうかも……」
「お前が何を悩んでいるのかも、ある程度理解しているつもりだ」
ほっぺたから手を放したナージャと一緒になって、夜になったツリー村を見つめる。
ここは高地になっているため、村人の皆の顔がよく見える。
彼らは今日の仕事が終わったことを感謝しながら、笑い合っていた。
僕がこの村から配置換えになってしまえば、まず間違いなく彼らの笑顔は曇ることになる。
そう思ってしまうだけで、軽率に動いてしまおうなどという気はあっという間に消え失せてしまう。
「ウッディ」
「なんだい、ナージャ」
「もっと私を頼れ」
思わず横を向く。
ナージャは僕と同じく、村の皆を見つめていた。
彼女の横顔はコインに彫り込まれた美の女神のように綺麗だった。
こっちを見ていないのに、なぜだか彼女の信頼が伝わってくる。
以心伝心っていうのは、こういうことを言うのかもしれない。
同じように、ナージャには僕が何を考えているかなんて、お見通しなのかもしれない。
「そんな……悪いよ」
「悪いもんか、お前の婚約者だぞ、私は」
「父さんが婚約を破棄したから、正式には婚約関係は解消されてるよ」
「だったら私を娶ってくれれば万事解決だ。そうだろ、ウッディ?」
「め、娶るって……」
笑いながらナージャの方を見るが、彼女は真剣な顔をしていた。
明らかに、冗談を言っている雰囲気ではない。
どうやら彼女、本気で言っているらしい。
なぜ、そんなに僕のことを思ってくれているんだろう。
僕はナージャに一途に思われるような人間なんだろうかと、疑問に思ってしまう。
(そういえば僕はナージャに、自分の気持ちを伝えたことがないんだな)
よくよく思い返してみると、僕は彼女とあまり二人についての真剣な話をしてこなかった。
それをすれば実家の話になってしまうから、きっと二人とも無意識のうちに避けていたというのもあるんだと思う。
僕は多分、ナージャの優しさに甘えてしまっていたのだ。
彼女がどんな風に思っていた何を思い悩んでいるかだなんて、ほとんど考えてこなかった。
思えば僕は、ナージャがどんな風に思って僕を追いかけてきてくれたのかさえよく知らない。
周りから鈍感だと言われる僕でも、流石に嫌われていないだろうということくらいはわかる。
彼女は実家に絶縁状を叩きつけてまでこちらに来てくれた。
その覚悟がどれだけ大きいかは、少し考えればわかることだ。
「どうせウッディのことだ、また色々と一人で考えていたんだろう。前から思っていたが、ウッディにはなんでも一人で抱え込み過ぎる癖がある。よくない、それは本当によくないことだぞ」
「うん、そうかもしれない」
彼女の真摯な言葉が胸の奥に届いたからだろうか。
僕は不思議と、素直に思っていることを口に出すことができた。
「……ねぇ、ナージャ」
「どうした、ウッディ?」
「――好きだよ」
「……な、ななんなあっ!?」
先ほどまで私を頼れとあんなに凜々しかったナージャが、一瞬で壊れた人形のようになる。
意味のわからない言葉を口にしながらギクシャクと動くその様子は、さっきまでとはまるで別人のようだった。
そんなナージャを見て、愛しいと思う自分がいることに気付く。
こうして改めて見ていて、僕は思った。
やっぱり僕は、ナージャが好きだ。
彼女と一緒に生きていくことができたら、きっとそれはとっても幸せなことだと思う。
ゆでだこのように顔を真っ赤にしたナージャに近づいていく。
そして目を白黒とさせている彼女の頬に、口づけをした。
「ナージャ、一緒に頑張っていこう。エルフも助けて、ここの領主も続ける。厳しい道のりかもしれないけど、きっと二人ならできるはずだ」
「きゅう……」
僕が勇気を出して踏み出した一歩は、けれどナージャにとってはあまりに刺激が強すぎたようで。
タイクーンウルフの一撃も耐えてみせた僕の愛しい人は、顔を真っ赤にしたまま意識を失ってしまった。
なんとか倒れそうになる抱きかかえ、木陰に横たえる。
首の下に枕代わりのタオルを敷いても高さが安定しなかったので、膝枕をすることにした。
収穫袋からウォーターマスカットを使ってハンカチを濡らし、彼女の額に置く。
するとさっきまでより楽になったのか、少しだけ表情筋が緩んでくれた。
「お疲れ様です、ウッディ様」
ふぅと一息ついていると、気付けば隣にアイラの姿があった。
アイラはそのままなんでもないような顔をして、
「流石にナージャに勝てるとは思っていません。――私は側室で構いませんから」
「……う、うん、わかった」
あまりに自然な彼女の態度に、僕は思わずそう答えてしまっていた。
というか、それ以外になんて言えばいいのかわからなかった。
「もちろん、事前にナージャから許可ももらってますので」
「そ、そうなのっ!?」
まさかそんなに早く話が進んでいるとは思ってもみなかったので、驚きで少し跳ねてしまう。
ナージャが寝苦しそうな顔をしたので慌てて落ち着いてから、彼女の髪を優しく撫でた。
「そっか……ナージャもアイラも、色々と考えてくれてたんだね」
「そうです、女性は一度腹をくくったら強いんですから」
もちろん僕はアイラのことも好きだ。
先行きもわからない僕に、辞表を出してまでついてきてくれた彼女のことが、嫌いなはずがない。
アイラは僕の方を見て、スッと音もなく近づいてくる。
「ウッディ様、お慕いしております。あなたの本妻になることは諦めます、ですから……」
彼女はそれだけ言ってからそのまま……膝枕をしていて身動きの取れない僕の唇を奪った。
「ファーストキスは、私のものです。安心してください、もちろん私も……初めてですから」
「……」
あまりに突然の出来事に、僕は言葉を失い、ただアイラを見上げることしかできなかった。
僕のことを見下ろすアイラは、にこりと笑っていた。
彼女は僕が今まで一度も見たことがないほどに妖艶で……やっぱり僕は、何も言うことができないのだった。
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