止まらない
「なっ、なんですかこれ、公爵家でつまみ食いしていたリンゴよりも美味しい……」
「こんなリンゴ、家でも食べたことないぞ……? シロップやハチミツをかけてるんじゃないかってくらいに美味しい!」
僕も二人と似たような感想だ。
アイラにつまみ食いをしてたんかいとツッコむだけの余裕もない。
シャクシャクとリンゴを頬張る。
一度食べ出せば止まらない。
噛んでいれば、違いは歴然だった。
内側に蜜がたっぷりと入っていて、見れば中までしっかりとつまっているのがわかる。
世界樹の果実は美味すぎてちょっと理解が追いつかないし比較対象もないからどうにも表現しづらいけれど。
リンゴは食べ慣れている分、その美味しさがしっかりとわかる。
「これは売り物になる美味しさだね……」
「リンゴがこれほどの味となると……」
「桃の方にも期待せざるをえないな……」
僕達はもう片方の手に持った桃に、そのままかぶりついた。
「「「う……うまああああああああああい!」」」
もちろん桃の方も、期待は裏切らなかった。
いつも皮を剥いてから食べていたから、桃をかぶりつくのは初めてだったけれど……かなり薄皮だったので問題なく食べられた。
とろっとした果肉と、噛んだ瞬間に口の中で弾ける果汁。
口の中に幸せが広がっていく。
こんな美味しい桃、食べたことない!
公爵家の僕でも食べたことがないレベルとなると、そのまま王の食卓に並んでも問題ないレベルだ!
「うまああああああい、のであるっ!」
シムルグさんは今になってリンゴを食べたようで、時間差で叫んでいた。
どうやら神鳥さんのお眼鏡にもしっかりと適ったらしい。
こっちもリンゴ同様、間違いなく売り物になるレベルの美味しさだ。
今のところ商いをする予定はないけれど。
聖域を作って他の街と取引をする時には、うちの主要な取引科目になったりするかも!
気付けば樹についていた果物は全てなくなってしまった。
ごくり……と皆が唾を飲み込む。
明らかに食べ足りないという顔をしていた。
ていうか、僕もそうだ。
見れば皆がフルーツを食べて笑顔になったおかげで、植樹ポイントは植える前よりも増えていた。
それならもう一回くらい植えてもいいか。
どうせなら浮いたポイントで、食べたことのない果樹も植えてみよっと。
桃とリンゴ、そして梨の樹を植えることにした。
それからまた一時間後。
収穫した果樹も、一時間するとまた実が生っていた。
桃10、リンゴ10、梨5の合わせて25個の果実ができた。
まずは桃とリンゴを食べ。
そろそろいいかというタイミングで今度は梨を食べる。
「「「うっまあああああああっっ!」」」
初めて食べる梨の実は、食感はリンゴに近かった。
けれどなんていうんだろう……リンゴよりもみずみずしさが強くて、さっぱりとしているのだ。
けれど甘みが足りていないわけじゃない。
噛みしめた時に口の中を跳ね回る果汁の一滴一滴にはしっかりとした甘みが乗っていて、むしろ口の中全体で考えれば、リンゴより甘く思うほどだ。
「「「……」」」
気付けば梨は全てなくなっていた。
そしてまだ数があるリンゴと桃を食べる。
けれど僕も含めて、皆どこか物足りなさそうな顔をしている。
無言の抗議を受けた僕は、結局皆が満足するまで果樹を植え続けるのだった……。
求められるがまま果樹を作り、くたくたになってしまった僕はそのまま眠ってしまった。
そして次の日目が覚めると、僕が植えていた果樹は世界樹を除いて全て枯れてしまっていた。
やっぱり水源がない場所に放置していると、一日すると枯れちゃうみたいだ。
砂漠に置きっぱで植えていても枯れない世界樹が例外ってことなんだろう。
「やっぱり聖域は早く作った方が良さそうだねぇ」
「ですねぇ、こんないい果樹が枯れてしまうのは、人類の損失です」
「そんな大げさな……」
「大げさなわけがあるか! あんなに美味しい果樹が枯れるなんて、あってはならないぞ!」
どうやらアイラもナージャも、あの果実の虜になってしまったようだった。
結局昨日は二人とも、妊婦さんみたいにお腹をパンパンに膨らむまで食べ続けてたからね。
でも今朝の二人はいつものスリムボディだ。
二人とも、一体どんな身体をしてるんだろうか。人体の神秘だね。
「我が空から偵察をして、手頃な場所を探してくるのである!」
昨日はゆっくりと聖域候補を探せばいいと言っていたシムルグさんも、どうやら気が変わったらしい。どうやら彼も、果実に魅了されてしまったようだ。
シムルグさんは意気揚々と空に飛び立ち、一瞬で見えなくなってしまった。
――は、速っ!?
流石神獣様だ。
まあその原動力は、果物なんだけどさ。
何にせよ、空から見れば色々とわかることもあるだろう。
それに樹結界を使って普通じゃ不可能な無理なペースで何日も進んできたんだから、ここら辺に聖域を使っても問題ないはず。
と、そんなことを考えているうちにシムルグさんが帰ってきた。
行くのも速ければ帰るのも速い。
「現地住民の集落を見つけたのである。歩いて行けば今日中には着けるはずである」
現地人はどこにいるのかとずっと思っていたけれど、どうやら距離はかなり近いみたいだ。 ただ……とシムルグさんは続けた。
「どうやら水と食料に難儀しているようなのである」
「恩を売って彼らを私達の国の住民にしましょう」
「ちょっとアイラ……そういうことは思っても口にするものじゃないってば……」
「すみません、うっかり本音が(てへぺろっ)」
アイラが既に王都では廃れてしまった古のジェスチャーをしているのは放置するとして。
うん、困っている人がいるのなら助けに行こう。
僕とアイラがいれば、大抵の問題はなんとかできるはずだ。
こうして僕らは砂漠で初めて、現地人と接触することになったのだった――。