エルフ
「ウッディ様、大変です! エルフが来ました!」
「とうとうこの時が来ちゃったか……」
マトンが雇った村の役人のうちの一人が、バタバタと音を出しながらこちらに駆けてくる。
僕は焦っている様子の配下を見て、逆に落ち着いていた。
こうなった時の準備はしっかりとしてきた。
エレメントフルーツによる武装は十全に整っており、サンドストームの面々の体調も万全。
防衛用に樹木守護獣も大量に用意しているし、その上で余っている笑顔ポイントはウッドゴーレムの生成に使っていたため、収穫袋には大量のウッドゴーレムが控えてもいる。
準備は万全だ。
もし彼らと戦いになっても、そう簡単に蹂躙されないだけの用意は調っている。
「戦いにならないといいですね」
「うん、やっぱり平和が一番だよ。話し合いでなんとかなればいいんだけど……」
エルフとダークエルフの確執のことを考えれば、やはりどこかで問題は起きてしまうんだろうな。
そんな風に考えながら、向こうの機嫌を損ねないように早足で駆けていくのだった――。
「だーかーら、責任者を出せと言ってるの! このビビの里のエルフが来てあげているんだから、あんたらみたいな木っ端人間じゃ役に立たないって言ってるでしょ!!」
そして大分急いできたというのに、既に向こう側の機嫌を大分損ねてしまっていた。
あ、あわわ……どうしようどうしよう!
もし戦争になったりしたら……。
「落ち着いてくださいウッディ様、まだ慌てるような時間ではございません」
そういって差し出された葉っぱを噛む。
ミントのようなすーっとした香りが、口腔を通って鼻を突き抜けていった。
「気付け用のモノノギの葉です。少々値は張りましたが……ランさんから買っておいて良かったです」
アイラはブルブルと震えている僕の手をきゅっと握る。
触れ合ったからこそ、僕は気付いてしまった。
彼女の手も小さく震えていることに。
その事実が、僕の心を何より奮い立たせる。
よしと気合いを入れて、エルフの下へ向かう。
「こ、こんにちは~……」
「何よ、あんた誰?」
「この地域一帯を収めている領主のウッディと申します」
「領主……ようやく偉い人が来たわね!」
初めて見るエルフは、まるで彫像のように美しかった。
ピンと張った耳、象嵌のような青い瞳にスッと通った鼻梁。
恐ろしいほどに整った顔立ちに、思わず圧倒されそうになる。
ダークエルフのミリアさん達に見慣れていなかったら、言葉が出てこなかったかもしれない。
「私はビビの里からやって来たウテナ・ビビ・フォントゥトゥ・ガビル……」
その後もつらつらと単語が並ぶ。
これ全部が名前なんだろうか。
だとしたらめちゃくちゃに長い。たしかに里や氏族や家族を大切にするエルフが名前が長いという話は聞いていたけれど、想像を絶する長さだ。
なにせこうやって思考を回している間にも、まだ名乗りが続いているんだもの。
エルフの人は名前に誇りを持っているという話は事前に聞いているけれど、とてもじゃないけど一度聞いただけでは覚えられそうにない。
「私のことはウテナさんで結構よ!」
「ほっ……それじゃあウテナさんと呼ばせて」
「早速だけど、物申させてもらうわ!」
ウテナさんがビシッと指を差す。
その先にあるのは――どんどんと成長し既にこの村のシンボルになりつつある世界樹だった。
「あの世界樹を――今すぐなんとかして!」
「なんとかって……どういう意味でしょう?」
「あれのせいで地脈が乱れて、うちの里が大変なことになってるの! 早くなんとかしないと……」
エルフは人間のことを良く思ってはいない。
そう聞いていたからもっとひどい態度を取られると思ったけれど、ウテナさんは口調こそ厳しめだけど、彼女からはそこまでの敵意を感じなかった。
というかなんだか、焦っているようにも……。
「少し待ってほしいのである、森の民よ」
「何よ、私は今こいつと話を……って、神鳥様!? は、ははあっ!」
シムルグさんが颯爽と登場する。
彼を見たウテナさんが、先ほどまでの威勢が嘘であるかのように頭を垂れる。
シムルグさんがこちらを見てパチリとウィンクをした。
……そうだった。
ついフランクに接してくれてるから忘れそうになる、というか忘れていたけれど、シムルグさんは神鳥様なのだ。
でも良かった……シムルグさんの取りなしのおかげで、エルフの人達と平和裡に対話をすることができそうだ。
ありがとうございます、シムルグさん。
後で世界樹の実、サービスしますね。




