プロローグ
「ウッディ様の素養は……『植樹』でございます」
しん……と教会の中が静かになる。
聖堂の中には何十人という人がいるのに、ざわめき一つ聞こえてこない。
もちろん僕、ウッディ・コンラートも口を閉じているメンバーの一人だ。
「『植樹』……どう考えても、戦闘系の素養ではないでしょうね」
そう口を開くのは、父の側室の一人だった。
僕と同い年の子供を産んでいる彼女は、僕の素養が明らかに戦い向きではないことに、喜びを隠そうともしていなかった。
この乱世の時代に貴族家の人間が生き残るために必要なのは、一に武力に二に武力。
その証拠に父さんは五男でありながら『大魔導』の素養を授かり圧倒的な武威を示したことで、公爵の地位を手にしている。
「よりにもよって生産系か……」
はぁ、と父さんが呆れのこもったため息を吐く。
顔を上げると、無感情な顔をしてこちらを見つめているのがわかった。
見下げるような軽蔑するような……初めて向けられる視線に、思わず身が竦んでしまう。
「ウッディ、お前には失望した。――アシッド、聖壇の前へ」
貴族の人間は十五歳になれば、祝福の儀という儀式を受ける。
そして神から、素養を授けられるのだ。
コンラート家の人間が得ている素養は、ほとんどが戦闘系と呼ばれるもの。
達人のように剣が扱えるようになる『剣士』や『剣豪』の素養。
大きな熊だろうが一撃で倒せるような高威力の魔法が放てるようになる『火魔法』や『魔法使い』の素養など。
コンラート家の人間は、直接的な戦闘能力に関わる戦闘系の素養を持つ者がほとんどだ。
少なくとも非戦闘系……その中でも貴族家においてもっとも必要とされない生産系の素養を授かった例はなかった。
……今この瞬間にできた、僕という例外を除いて。
「これは――アシッド様の素養は『大魔導』にございます!」
おお、と教会中から喝采が上がった。
目鼻立ちや髪色のように、素養は親から子へと遺伝することが多い。
だからコンラート家では戦闘系の素養を持つ人間が多いのである。
結婚もほとんどは優秀な素養を残すための政略結婚だ。
父さんが自分の子供に求めているものというのは、優秀さ。
それはイコールで、彼と同じ『大魔導』の素養を受け継ぐか否かという意味になる。
持つだけで高威力、広範囲の魔法を放てるようになる『大魔導』は、コンラート家だけが受け継ぐことができる、うちの家系にだけ発現する強力な素養だ。
「おお、流石はアシッド、私の息子だ!」
父さんは僕のことをいなかったかのように無視し、その隣で先ほどまでは縮こまっていたはずのアシッドのことをひしと抱きしめる。
僕に対してあれほど侮蔑の表情を浮かべていたのが、まるで嘘みたいだ。
けれどあの笑顔が向けられているのは、僕じゃなくてアシッド。
そうだ、これは……現実なんだ。
「お父様――このアシッド、一層精進してコンラートの名に恥じぬ武人になってみせます!」
「おお、その意気やよし!」
ちなみにアシッドは、先ほど僕を馬鹿にしてきた側室の子供だ。
母子ともども使用人を使ってたびたび嫌がらせをしてくるので、僕は彼らのことが嫌いだった。
アシッドが、父さんに思い切り抱きしめられながらこちらを向いた。
そして――席からは見えないのを良いことに、僕に中指を立てた。
彼はバカにしたように舌を出して、
(ばーか)
パクパクと口を動かして、全力で僕を煽っている。
今まで溜まっていた鬱憤が解消できているからか、ずいぶんと楽しそうだった。
近くにいる人には、アシッドが僕をバカにしている様子は見えているはずだ。
「「……」」
けれど誰も、何も言わない。
そう……既にコンラート家に、僕を庇ってくれる人などいないのだ。
非戦闘系の素養を授かった僕は、既にコンラート家では要らない子なのである。
ブルブルと身体が震えた。
どうして。
一体、どうして。
――どうして僕に、『大魔導』の素養を授けてはくれなかったのですか。
「邪魔よっ! どきなさいっ!」
正妻である母さんを押しのけ、アシッドの母が父さんの隣に立つ。
父さんは然りとばかりに頷いてから、大きく息を吸った。
「今日から我がコンラート家の嫡子はアシッドとする!」
こうして僕の公爵家嫡男としての人生は終わりを告げたのだった。
「『植樹』の素養が使えるんなら、砂漠で一生育たない樹を植えてろよ! 最高にお似合いだぜ、お・に・い・さ・まっ!」
居場所を失い、婚約を破棄され、何もかも失った僕を、アシッドはまだ虐め足りないらしい。
祝福の儀が終わり本性を隠そうともしなくなった彼の提案は、『大魔導』の継ぎ手が見つかり機嫌がよくなった父さんによって、速やかに採用されてしまう。
コンラート家の所領の北部を更に進んだ先には、誰も住み着かなくなってしまった砂漠地帯がある。
草木を植えてもまともに育たないため、領民を移動させても開拓は不可能。
おまけに魔物が出現し、現地住民との武力闘争なども起こることがあるため、発展性なしと完全に放置されている不毛地帯だ。
僕はそんな皆が匙を投げた砂漠地帯に、追放されることになってしまったのだった……。