02 マユリ
後ろには、妻のマユリ。
その表情は喜怒哀楽のどれでも無く、そして困惑でも無い。
「リリシア、油断したらダメです。 ちょっとでも隙を見せたら女心を弄ぼうとするんですからっ」
呆れたような表情のマユリ、って呆れだったのか。
まずいな、二対一で勝てるほど俺の対人交渉スキルは高く無い。
むしろこの暮らしを始める前はボッチと言っていいほどの孤独な人生を漫然と過ごしてきたのだ。
「リリシアのお願い、ちゃんと真面目に聞いてあげないとダメじゃないですかっ」
真っ赤な顔を伏せてぷるぷる震えているリリシアを、マユリが抱きしめている。
一歩手を間違えれば危険なのは分かっているが、この数少ないチャンスを手放す事は出来ない。
俺の家庭内でのポジションをもうほんのちょっとだけでも向上させるためなら、危ない橋も全力疾走で渡り切ってみせる。
「もちろんマユリも俺の大切なお姫様だ」
「リリシアが気高き姫騎士なら、マユリは活発で可憐なお姫さまなんだ」
「その女らしさを増すばかりの姿だけじゃ無いぞ」
「優しさと気遣いを常に失わない内面こそがお姫さまたる資質を輝かせているからだ」
「夫として至らぬ点も多い俺だが、ふたりを想うこの言葉は真剣な気持ちの表れだという事だけは分かって欲しい」
俺の渾身の言葉は、
「……」
分からん、マユリのあの表情は現時点での俺では理解も対処も不可能だ。
それよりも、マユリが今やっている右手の人差し指で何度も突くようなジェスチャーって、
確かあれはマユリ唯一の攻撃魔法が施された指!
自らが招いた不徳とはいえ、大いのししを瞬殺するような魔法の標的にされてしまった自分、
愛妻たちに対して超えてはならない一線を踏み抜いてしまった自らのお調子者体質を後悔する間も無く、
後ろから声を掛けられた。
「朝から、らぶらぶなんですね」