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死後の行先

「せっかくの申し出のところ悪いんですが、辞退させていただきます」

「…………へ?」

 俺が答えた後、一瞬間をおいて返ってきたのは、間の抜けた声だった。

 俺の目の前にいる女性、先ほど天使と名乗っていただけあって、純白の衣装を身にまとい、背中に白い翼を生やしている彼女は、驚きのあまり目を見開き、口をわなわなと震わせていた。

「ど、ど、どどうしてー!? 普通、こういうのは素直に喜ぶか、やれやれ、とかいいながでもまんざらではない感じで引き受けるものでしょっ。 異世界転生ってのにみんな憧れているんでしょ!?」

 黙っていれば、誰しもが抱く静謐で清廉な天使のイメージなのに、長い金髪を乱しながらわめく目の前の女性は、天使からかけ離れていた。

 というかさっきまでは清い天使だった。それが、俺の返答から明らかに様子がおかしくなっていた。

草摩(そうま)(みなと)さん、あなたもそうよね!? そうだと言ってよおおおおお」

「うわ」

 顔をくしゃくしゃにして涙目で迫ってきた天使を、思わず声を上げて避けてしまった。

「どうして避けるの!?」

「いや、怖かったから……」

 思わず口にしてしまった。

「とにかく、俺が死んだらっていって、いきなり変なところに連れて行こうとしないほしいです。そりゃ社会の荒波に揉まれていたサラリーマンだったから、どこか遠くにいきたいなあ、なんて疲れた時は思ったりしましたけど。だからといって、いきなり死んで、こんな真っ白いところで目を覚ましたら、はい異世界へって、頭の整理つかないですよ」

 この際だから思ったことを全部言葉にした。

 自分で言っていて、めちゃくちゃこといっているなと思っている。

 俺は死んだ、らしい。

 その時の記憶は朧気で現実感がない。それどことからか、生前のことを思い出そうにも夢みたいにぼやけていて、鮮明にはならない。

 気が付いたら、この四方八方が白で塗りつぶされている空間にいて、どことからともなく現れた天使に、あなたは交通事故で亡くなりました、なんて突然言われたから、さっきからずっと自分の死を咀嚼し続けているが、自覚できていない。

 なのに、状況を理解できていない俺を、怪しげセールスのように、天使が異世界への旅立ちを誘ってくるのだから、とりあえず断るのだった。

 一つ気がかりなことがあるけど。

「そ、そんな……。じゃあ、あなたは夢と希望の溢れるファンタジーな異世界へ転生することより、地獄に落ちてもいいということ!?」

 これだ。

「……そこなんですけど、異世界か地獄のどっちかしかないんですか? その、普通に元の世界に転生するとか天国って選択肢はないんですか?」

 いまいち踏ん切りがついてないけど、自分が死んだと仮定して尋ねてみた。ファンタジーな異世界というワードに心惹かれないわけじゃないけど、そんな都合のいいことがあるわけないという疑いのほうが勝っている。だから、この場合の普通、それが生まれ変わりなのか、天国に行くのかわからないけど、そっちをとりたかった。

「それは……残念だけど……」

 しかし、天使が言葉に詰まっている。

 最後まで言わずとも、その反応で無理だとわかった。

「あなたは生前に重い罪を犯しましたから……。それにより地獄へ落ちることはを免れないと思ったところをわが主が救いの手をもたらしてくださったのです」

 つい先ほどとは別人と思えるような、厳かな佇まいの天使は、明後日の方向へ祈りを捧げている。

 まあ、そんなことはどうでもよくて、俺にとってもっと重要なことがある。

「重い罪……?」

 罪ってなんのことだ? 殺人とか強盗とか放火とかを連想するけど、生前にそんなことをしでかした記憶はない。

 天使に解を求めようとみるが、彼女は頭を振った。

「前世のことで思い悩む必要はありません」

「いやするでしょ」

「っ! いいから気にしない!」

 否定すると、天使のすまし顔が一瞬にして真っ赤になった。表情がコロコロと変わるな。

「そんなことより、もう一度伺います! いいですか、これが最後ですからね! 草摩湊さん、あなたが向かうのは異世界ですか? それとも地獄がいいんですか?」

「…………」

 少し考えてみようと即答しなかった。

 あと、天使が目力をこれでもかと込めてこっちを見てきて、気が散るので目もつぶった。

 あなたは死にました。

 このままだと地獄行きです。

 そこで、救済策として異世界への転生させましょう。ぱちぱち。

 ……怪しくね?

 選択肢があるように思えて一本道だ。加えて、天使がやたら異世界へと招いてきている。今だって、耳元で、異世界異世界と囁いてきているんだけど。

 背筋がぞくっとなって、思わず後退る。なにしてるの天使?

「あの気持ち悪いんですが」

「あ、ごめんごめん」

 目をつぶるのをやめ、天使を見る。

 えへへ、と笑みを浮かべているが、顔がこわばっている。

 ますます怪しい。

「…………よし」

 決心した。

「確かに地獄ってのは恐ろしい気がしますね」

「そ、そうですよね。そう思いますよね?」

 俺が言葉に、天使が飛びつくように同意する。

「地獄は暗くてじめじめしてて、悪魔や鬼が跋扈していて、危険で危ない所なのですよ。だから異世界で特典付与してチートでスロー生活も思いのままでそれで――」

「じゃあ、地獄で」

「なんでよおおおおおおおおおおお」

 天使の絶叫が鼓膜をビリビリと揺らした。


 こうして俺は地獄行きとなった。

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