第92話 16階へ
「それではよろしく頼む。」
「ああ、出来るだけ後方支援の準備もよろしく。」
ディード達3人は準備を整え、現在はダンジョン入口、転送前にいる。
その後ろには、ココル、ファリップ、イーグの3人が見送りに来ている。
「今更だが、本当にマナポーション数本と食料とだけで良かったのか?。」
ディード達の準備は屋台で売っている食料とマナポーション数本、それに鉄製の武器数本の支度だけだった。食料はスープからパン串焼きに至るまでアイテムボックスに出来立てをアイテムボックスに収納している。
「ああ、手の内はあんまり晒したくないが、俺は回復魔法が使える。リリアは魔力譲渡で俺に魔力を送ってくれる限り回復は出来る。両方魔力が切れかかった時用にマナポーションがあればいいさ。ただ空腹は魔法で満たせないからこれは買うしかないけどね。」
「かなりの量を一緒に回って買い集めましたけど、あれだけの量を持ち歩けて冷めない、腐らないは正直羨ましいです。」
今回の件でディード達は屋台やレストランなどを回り、食器ごと料理を買い込んでいる。必要経費と言う事でギルドが代金を支払い、ディードがアイテムボックスに収納している。現在アイテムボックスの中には100人分近い料理が入っている。
「一応確認だけど、依頼が終わったら料理とアイテムは返す?。」
「いや、そちらの自由にしていいぞ。返却はしなくていい。ってかするな、いきなり100人分近い料理返されても、ただの嫌がらせにしか思えないわ。」
「なら、この依頼終わったらギルドに返却に行こうかな、受付で全部広げればいい?。この季節だと1日で腐っちゃうかも知れないけれど?」
「嫌がらせする気満々なのかよ。」
ディードの質問に対しファリップが大げさに手を振り反応する。
それを見たリリアとレミィはクスクスと笑い、ココルは本当に返されるのかと心配そうな顔をしている。
「どうやら緊張はしていないようだね。こんな緊急依頼の出撃前に和やかな会話を聞くとは思っていなかったよ。」
涼やかな顔をしながらイーグは話を続ける。
「さて、最終確認だ。まずは君達、虹の翼のパーティーが先行して生存者負傷者の救出。そして両家の領主の生存確認だ。」
「ああ、わかっている。頭を救出しないと駄目なんだろ?」
「そうだね。出来れば両家とも存命であって欲しくて、それでいて20階への挑戦も一時やめて戻ってきて欲しいのが本音だね。」
支援要請を出している以上、両家はそれなりに打撃を受けている事になる。このまま進むものなら20階に到達する前に騎士団全滅もありえるので、ギルド側としては一度戻って仕切り直しをして再度挑戦して欲しいのが本音だろう。
イーグは少しだけ表情を変え声のトーンを1つ落としながら話す。
「そしてここだけの話、多分インディス家は損害は大きくないはずだ。大きいのはスカーレット家の方だろう。」
「どうしてそう言い切れるの?。」
イーグの断言にリリアが切り返す。
「インディス子爵は実践経験もあり、前回も20階への到達及び討伐を経験している。だがスカーレット家はその逆で、今回が代替わりになり始めての実戦だ。兵は一新され練度も少し甘いと私は見ている。」
「随分とはっきり言うのね。」
「ここだけの話だ。それにスカーレット家の領主代理であるビクトールは、功を焦って状況判断が甘い。武芸に関しては彼は素人と言ってもいい。」
「辛辣ね、本人にあったら言っておくわ。平気で女の顔を殴る素人代理ってね。」
「ははははは、ここだけの話にして欲しいね。その殴られた女は彼の腹違いの妹だ。彼女は兄の真逆で武芸に秀でている。彼女がスカーレットの指揮を取っていれば被害も多くないんだろうけどね。」
リリアの言葉を冷静に返すイーグ。
「さて、話はここまでにしてそろそろ行こうか。」
「ええ、行きましょうディードさん。」
「そうね。行きましょディー。」
ディード達は転送陣に乗り込み目を閉じ始める。転送陣からは強い光が溢れ出て彼等の姿を陽炎の様に薄くしていく。
「ディード君。インディス子爵には気を付けてね。」
「え?それどういう・・・。」
転送間際に放たれたイーグの言葉にディードは聞き返そうとしたが転送は既に始り返事もままならいまま、ディードは転送されていった。
17階、荒野の岩陰に集団で身を潜めるスカーレット騎士団ビクトールは苛立ちを隠せないでいた。癇癪を起こし物や人に当たりたいところだが、現在は魔物から追撃を喰らわない様にひっそりと身を隠している。
「くそ!どれもこれも全てライーザのせいだ。あの妾の子はいつも私を邪魔しやがって・・・汚れた血め。」
悔しそうに唇を噛みしめ、拳を力いっぱい握りしめている姿は、貴族の身分を忘れただの駄々っ子の様にしか見えない。
話はディード達と出会った頃にまで戻る。
両騎士団は16階へと降り、危なげなく17階へと足を運ぶ。そこで思わぬ奇襲を受ける事になる。
ビクトール達の騎士団は変異種である、灰色と黒の斑模様のグレイワイバーンと遭遇する。ワイバーン種は龍種の中でも最も下位に位置する種類だ。
飛行能力も高くなく、攻撃も鋭い爪で引き裂くといった攻撃方法しかない。
しかし、変異種はそれと異なり飛行能力も高く、通常のワイバーンでは持っていない炎のブレスを使って来た。
強襲に近い形で攻撃を受けた騎士団は体勢を整えるまでに炎のブレスでポーター達が数人やられてしまう。
多少の犠牲は出たものの、騎士団は グレイワイバーンを討伐する。
討伐をした直後、グレイワイバーンは突如姿を消し小さな巻物が残った。
「ビクトール様、ワイバーンが魔道具を落としていきました。」
「それをこちらに寄越せ!私が直々に見定めてやる。」
「はっ!。」
(・・・・ん?何故インディス家の兵士がビクトール様に報告を?)
ライーザにふとした疑問が残る、この遠征の指揮はスカーレット家、インディス家の両家合同で行っている。 報告なら自分の所の長へ報告をすればいいものの、わざわざ離れているビクトールへと報告されたのだ。
そして兵士が持って来たのは1枚の赤色の羊皮紙だった。
ビクトールはそれを手に取る。
「ほう、これが魔道具か、過去に何度か見た事はあるが、これはスキル系を獲得できる種類か?」
「ビクトール様、魔道具は呪われた物が多いと聞きます。無闇に開けるより、まずは一度待ち帰り鑑定を・・・・。」
「黙れ!妾の子の分際で俺に指図するな!。」
ライーザはビクトールの身を案じ、その場で開ける事を留まる様に促した。
しかし、ビクトールはライーザの忠告を聞く所か、怒鳴り無理矢理開けようとする。
「ビクトール様!今一度お考え直しを!。」
「クドイと言っているだろう!邪魔だ。」
「あぐ!?。」
再度思い留まるように願い出たライーザに対し、ビクトールは声を荒らげ彼女を蹴り飛ばす。
「ビクトール様・・・おやめください。」
ライーザの願いも虚しく、ビクトールは赤い羊皮紙を大きく広げ魔力を込め開封を施す。
開封された赤い羊皮紙の中から黒い光と共に禍々しい魔力が立ち昇る。
やがて羊皮紙は中央から徐々にドス黒くなり、ビクトールの手の所まで迫ってきた。
「くっ!?これは!?。」
その様子に驚いたビクトールは羊皮紙を投げ捨てようとしたが、羊皮紙から手が離れず、顔を引き攣らせる。
「ビクトール様、お手をお放しください!やはりその魔道具は危険です。」
「は、離れない!。おい誰かこれを止めよ!。」
狼狽えるビクトールに対し、ライーザは咄嗟にビクトールの持つ羊皮紙を掴み彼から奪い取った。
その直後羊皮紙は黒く染め上がり、彼女の右手に侵食し始める。
「う、うあああああああああああああああ!!!。」
右手に黒く蠢く何かが、皮膚を、肉を、神経を侵食し激痛が走る。
ライーザは咄嗟にその身体に這って蠢く何かを左手で抑え、魔力を込め進行を妨害していた。
「「ライーザ様!」」
彼女を慕う2人の兵士が駆け寄る。
「ライーザ様お気を確かに!。」
「すぐに手当を!ポーター!回復薬を持って来てお願い!。」
ポーターが回復薬を運んで来ようとした時、ライーザにさらなる異変が起こる。
肘まで黒く染まった右手はそこから黒い光を放つ。
「あああああ!。」
悲鳴が周囲に響き渡る。悲鳴と共に黒い右手からは黒い魔力が溢れ出していた。
やがて痛みが治まったのか、ライーザはふらつきながらも立ち上がる。
「ライーザ様、ご無事ですか!?。」
「・・・・ああ・・・なんとか・・・・・。」
彼女は黒くなった右手を見つめる。既に右手の感覚は無く動かせないでいた。
(動かない・・・・神殿に行って治さないと、この右手は使えそうも無いな・・・・。)
そんな思いを馳せている時、兵士達から大きな声が届いて来た。
「報告!北の方角から魔物2匹。」
「報告!西より、ロックリザード。」
「報告!東の方角からロックゴーレム!。」
順次聞こえてくる魔物の報告に兵士達がどよめく。
「くそ!3方向同時か、変異種を倒したばっかりなのに連戦かよ。」
「ぼやいている暇は無いぞ、迎え撃つぞ!。」
騎士団達はすぐさま体制を立て直し迎撃へと向かって行く。
「私も向かわなければ・・・。」
「ダメですライーザ様、まずは治療を。」
「そうです、そんな腕じゃ戦えませんよ。こちらへ・・・。」
ライーザはメイとリンに引きずられるように騎士団の中央で治療を受ける。
騎士団が魔物と戦っている最中、先陣を切って戦えない自分に不甲斐なさを感じつつも治療を受けているライーザ。
だが治療の甲斐も虚しく、彼女の腕は回復する事は無かった。
その様子を遠目で見ながらインディス子爵は内心落ち着かない様子だった。
(変異種の魔物、そして罠の魔道具・・・折角穏便にスカーレット騎士団を潰そうと思ったんですけどねぇ・・・あの愚息様は運がいい・・・。対して妹のライーザは戦闘も状況判断も巧くよく機転の効く娘だ。それでいて芯の強さと美しさを兼ね備えている。・・・本来なら愚息様に罠に掛かって頂いてから、じっくりと騎士団を乗っ取り、ライーザの身と心をじっくりと屈服させたかっただどねぇ。残念だが他にも仕事があるのでね、ここいら辺で終わりにさせて貰いましょうかね。)
インディス子爵は自分の顎に指を当て2回程指を頬に当てた。それはインディス子爵の極秘のサインであり、一部の兵士のみに伝えられているある行動だった。
それを受領して兵士の数人は、後ろに下がっていく。
「ビクトール殿、ここは1度引きませんかな?補給であるポーターを失い過ぎてしまい、ここから先へ行くには厳しい状況ですぞ?。流石にそちらの騎士団も消耗が激しいようですし。」
インディス子爵はライーザの腕を見つめながらビクトールに進言する。
「何を世迷言を・・・我々騎士団は遊びでは無い!予定通り事を運ぶ。この程度の消耗など想定内だ。」
「果たしてそうですかな?そちらの騎士団は、最も優秀な方が戦闘不能に陥っているではありませぬか?彼女無き騎士団だと戦力も士気も下がるでしょう?無理はなさらずとも。」
最も優秀な方、それはライーザの事を暗に示している。彼女は様々な武器の扱いに長け、スカーレット騎士団の中で最も強く美しい騎士として、その名を周囲に知らしめている。
美しく武芸に秀でる彼女は当然、他の貴族は黙っておらず縁談の話が尽きない。
あの手この手で彼女を射止めようと躍起になる貴族達だったが、ことごとく破談に終わっていた。
その理由が主であるハヴィに忠誠を尽くし、一騎士団員として生涯を終える予定だと言う。
ビクトールはハヴィ亡き後、彼女がスカーレット家の領主となり自分を追い出すのでないか?と考えており、それがとても気に入らなく事あるごとに彼女に辛く当たり失脚を狙っていた。
「うるさい!こちらの優秀な兵士は、何もこいつだけでな無い。ここは我らスカーレット騎士団が持つ、貴公は後方に下がるなりなんなりすればよい。」
「ビクトール様!それはいくらなんでも無茶です。お考え直しを!。」
「うるさい!俺に指図するな。」
インディス子爵の提案を事もあろうか最悪の形で蹴ってしまうビクトール。
ライーザは当然発言撤回を求めるのだが、ビクトールは条件反射のように彼女の否定的な声を聞くと手がでてしまい、ライーザは頬を平手打ちされる。
「そうですな、とても優秀な指揮官がそう仰るなら、ここで我々は別行動をさせて貰いましょうか。」
インディスは冷ややかな視線でビクトールにそう告げると、彼は左手をあげ自分の騎士団に合図する。
「では我々は一度後方へと下がり別のルートを開拓しましょう。それでは・・・。」
「待って下さいインディス子爵、ビクトール様は少し気が立っておられて状況を・・・。」
「ライーザ殿、どうせなら貴殿もこちらに来ますかな?あの優秀な指揮官にかなり虐げられていますが、このままだと団は持ちませぬぞ?。」
「・・・・・・・わかっていて、ビクトール様の事を挑発したのでは?。」
ビクトールはプライドが高い、それを利用した形でインディスは彼を持ち上げ、指揮を取らせ駒の様に扱っていた。結果としてスカーレット騎士団の方は損傷が激しく、インディス家の方はそこまでの被害を覆っていなかった。
ライーザはインディス子爵を見つめそう答えると、子爵は薄ら笑みを浮かべる。
「はっはっはっはっは・・・・・さて、何の事でしょうな?。それでは我々はここで。」
笑いながら去ってインディス子爵を、ライーザはただ見つめるだけしか出来なかった。




