第78話 宿にて
遅めの昼食を済ませ、ディード達は少し眠い気持ちを引き締め、チマたちが宿泊している宿の前に訪れていた。レミィは先程までの笑顔は無く少し困ったような表情でディードとリリアを案内する。
「ここです。ここがチマさん達の止まっている宿です。」
「随分と・・・。」
「そうね、少しくたびれたっていうか・・・。」
「ええ、外見もそうですけど中も想像通りですよ。この宿は寝れる場所さえあればいいって宿なんで。」
レミィに案内された宿は、外見が古びた洋館。正直に言えばここが宿なのかと聞きたい所だが、掲げられた看板はベットを模している為、宿屋で間違いない。所々壁が剥がれたり色が変わったりして、建築されてからかなりの年月が流れているように感じられた。
正面のドアを開けるとすぐ右に受付があり、そこには一人の中年男性が立っていた。
「いらっしゃ・・・おお、レミィちゃん。元気かい?。」
「はい、元気にやってますよ。ギタさん。」
ギタと呼ばれた宿の主人は、軽くレミィの肩を叩き再会を喜んでいた。
「ギタさんこちらの2人は私の仲間のディードさんとリリアさんです。2人共凄くお強い方なんですよ。」
「ほぉ・・そうなのかい。旅人の宿でようこそ、主人のギタだよ。宿泊かい?。」
「すみません、宿泊じゃなく人を探しに来たんです。チマという方はこちらに宿泊していませんか?。」
「君達も彼等を訪ねて来たのかね?。」
「え?私達の前に誰かきたんですか?。」
「ああ、あの男だよ。ガロンが来たんだ。」
どうやら3人が昼食を取っている間にガロンはギルドを出てそのままこちらに来たらしい。
「彼等に会いたいのですが、よろしいですか?。」
「ああ、彼等はそこの奥の部屋だ。昨日色々あってな、その件でかい?。」
ディードの問いにギタは1階の奥の部屋を指差す。その顔には先程ガロンが来たと言う事もありやや心配そうな顔だった。
その問いかけに対し、レミィは明るく答える。
「ええ、こちらのディードさんが怪我をしていたチマさん達を回復魔法で治療してのです。今日はそのお見舞いです。」
その言葉を聞き、ギタはなんとも言えない顔をしていた。3人はギタがそんな顔をした意味が解らず問いかける。
「あの、何か失礼な事を言ったのでしょうか?。」
「いや、そうじゃないんだ。命を助けた事は悪い事じゃない、かなり重症みたいだったしね。ただ、彼等は腕や目をやられてしまっている、ミアハに至っては子供を望めないかもしれないと言われたらしい。だから、そのな・・・治療代を少し安くしてやってくれないか?彼等には今新しい仕事を探す気力は沸かないだろうから。」
どうやらギタはディードが治療した代金を徴収しにきたのだと思っていたらしい。
彼等の怪我はかなり重く、後少し遅かったら命を落とし兼ねない怪我だった。
だからその治療代はかなりの高額と考え、ディードに慈悲を求めたのだろう。
「ああ、別に治療代を取りに来た訳じゃないんです。レミィちゃんが心配していたので、お見舞いきたんですよ。」
朗らかにディードは答える。するとギタは驚いた様子でレミィに問いかけてきた。
「レミィちゃん今の話は本当なのかい?。」
「ええ、いい人です。私のパーティーのリーダーさんですよ。」
ギタは笑顔で返すレミィの言葉に偽りは無いと感じたのだろう。彼女は冒険者に戻る時にギタに世話になったお礼として少し多めの金額を置いて挨拶に来ていた。
(ああ、レミィちゃんが言っていた、いい人って彼の事か。)
「そうかいすまないね、勘違いしてしまって。」
「いいえ、お気になさらずに。それとこれで夕食にでも彼等に栄養のある物を出してもらっていいですか?。」
そういってディードは銀貨数枚をギタに渡した。銀貨を渡されたギタは驚く。
「随分と羽振りがいいね、この金額だとうちの宿じゃ10日は余裕でくらい泊まれるぞ。」
「ええ、彼等にはこの絶望から立ち直って欲しいですから。」
「そうかい・・・立ち直るといいね。奇跡でも起こらないと難しそうだけどね。」
「ええ、奇跡・・・起こるといいですね。」
そう言ってディード達はチマ達の部屋と向かい。ドアをノックした。
はい、と一言聞こえた後ドアを開けたのは、チマだった。
「あなたは・・・・あの時の。」
「ええ、調子はどうですか?あの後直ぐにダンジョンに向かった為、貴方達の事が心配でしたので、お見舞いに来ました。中でお話させて貰ってもいいですか?。」
ディードは笑顔でチマに伝えたが、彼の反応は鈍く困惑しているように見えた。
少し迷っていたが、中に通される。
「わざわざ来てくれてありがとう。でも今はこの通り2人は眠っている。さっきガロンが来てな、肉体的にも精神的にも少し参っているみたいでな。」
そう言うとチマは自分のベットに腰を下ろし深くため息をついた。
「来てくれたのは治療代の為か?。」
「いいや、さっきここの主人にも同じ事を聞かれたのだが違うんだ。心配になってきたの本当だ。」
「そうか・・・それは正直に言うとありがたい。ってか助かった。請求されたら借金奴隷に落ちてるかもしれないと思ってた。この腕は直してもらえるかも知れないが、何年奴隷になるかわかったもんじゃないからな」
チマは失った片腕を見つめながらディード達に愚痴をこぼす。
すると突然チマは失った腕を抑えるように、声を押し殺しながら痛みに耐えるような仕草をする。 ディードは慌ててチマに歩み寄る。
「大丈夫ですか?。腕を見せて。」
「ああ、大丈夫だ。これは幻肢痛ってやつらしい。」
幻肢痛、失って無いはずの腕が傷みだす症状。失ってから時間が経つと徐々にその痛みは和らぐと言われている。
「そうですか、取りあえず気休めとして【回復】をかけますので横になってください。」
チマはディードに言われた通りに、ベットに横になる。ディードは失った方の腕側に膝を付け回復と唱えている。
「痛みはまだありますか?。」
「・・・少し収まった気がする。ありがとう。」
「それは良かった。チマさんそのまま少し眠られては?。」
「・・・そうだな。そうさせてもらうよ。」
チマは言う通りに目を瞑る。そして目を瞑りながら彼は独り言のように呟く。
「女王蟻と対峙してみたかった。それで俺達が負けるなら、それはそれで納得できたんだけどな・・・・。」
「もう1度頑張ってみては?。」
「・・・奇跡でも起こらないと無理だな。」
「起こるといいですね・・・奇跡。」
「・・・ああ・・そうしたら・・・今度・・・こ・・。」
会話はそこで途切れチマは眠りについた。いや、つかされた。
ディードはチマが目を瞑り始めると、眠りの魔法を彼にかけていた。
「それじゃ、奇跡を起こしましょうか。」
ディードは立ち上がりそういう。リリアとレミィはそれに頷く。
ディードはチマの失った腕に【神聖回復】を唱え始める。失った腕の先には光が集まり徐々に腕の形を作り始める。 さすがに魔力の消費が多いのだろう、ディードは少しづつ顔が強張ってきていた。そこにリリアが肩に手をあて【魔力譲渡】を行い、魔力を補給している。
やがてチマの失った腕は再生される、だが彼は未だに眠りから覚ます事なく、寝息を立てている。
そしてディードは立て続けに、レレンとミアハに同じ様に眠りの魔法をかけ、再生魔法をかけていった。
「ふぅ・・・疲れた。」
「お疲れ様。」
「お疲れ様です。ディードさん。凄いです。」
神聖回復をかけ終え、どっど疲れが出たディードはそのまま横になる訳にもいかず、部屋を出ようとする。
「さて、奇跡は起こったし、俺達は帰るとするか。」
「そうね、そうしましょうか。」
「はい。」
3人はそっとドアを閉め宿を出ようとする。するとギタが受付で話かけてきた。
「もう帰るのかい?。」
「ええ、話は済みましたから。彼等に奇跡が起こる様に祈っておきました。」
ディードの言葉にギタは怪訝な顔をする。
「そうかい、彼等にも奇跡は起こるといいね。」
「ええ、起こると信じてますよ。それじゃ俺達はここで。」
「それじゃ失礼しますね、ギタさん。」
「はいよ、レミィちゃん。またね。」
ディードとリリアは軽く会釈をし、レミィは深々と頭を下げ笑顔で去って行った。
(一応無いとは思うが、チマ達を確認しておこうか。)
ギタはチマ達の部屋のドアをノックするが反応が無い。数度ノックしたがやはり反応が無くギタは恐る恐るドアを開ける
(中で死んでるんじゃないよな・・・?)
部屋の中を覗いたギタは、彼等が寝息を立てている事に安堵する。丁度その時チマが寝返りをうち、ギタの方に身体を向ける。
ギタはチマを見つめ驚く、何故なら寝返りをうったチマにはちゃんと両腕があったからだ。
(彼等に奇跡を祈ったってのはこの事か・・・レミィちゃん。凄い人と出会ったんだね。良かったね。)
ギタは彼の起こした奇跡を見つめつつ、そっとドアを閉め夕食を作りに厨房へと向かった。
――――
―――
一方そのギルドでは、ファリップは上司であるギルドマスター、イーグに報告していた。
まとめられた報告書を見つめている。
それは真実の目に映し出されたリリアの魔族、レミィの加護、そしてディードの文字が意図的に表示を捻じ曲げたのではないかという報告が書き綴られている。
どれも信じがたい報告に深いため息をこぼす。
読み終わったイーグはファリップに問いかける。
「それで、彼等はこちら側に引き込めそうかい?。」
「今のところは難しいと判断してます。こちら側から頼んでいても応じてくれるの確率は半分かと・・。」
「そうか・・・それであの杖は渡したんだね?。」
「はい、紅玉の杖を強制買取に見せかけ渡しておきました。紐はしばらくは気づかれないかと思われます。」
「だといいね・・・君のメイン武器だったでしょ?すまないね。」
「仕方が無いです。俺の魔力は弾かれたの事実ですし。それを見越してマスターが探知の魔法を杖に施したんでしょう?。」
「まぁね・・・一応君には他の武器を見繕ってあげるよ。」
「ありがとうございます。」
ファリップは軽く頭を下げイーグに礼を言う。
イーグは椅子に深くもたれかけ少し上向きに話しかける。
「しかし、このタイミングで3人が現れるとなると色々疑っちゃうよな~。」
「このタイミングと言いますと?。」
「これを見たまえ。」
「失礼します。」
イーグは引き出しから数枚の羊皮紙を机の上に取り出し、ファリップに目を通すように促す。そこに書かれていたもは各地からの支援要請だった。
「海洋都市で大規模の地震に津波。各地で新種の魔物。王都では疫病。マスターこれは!?。」
「うん。多分魔族が一枚噛んでいるだろうね。未確認だけど城塞都市では鉱山が大崩落したみたい。でもあそこは意地っ張りだからなんとか自分達で乗り切ろうとがんばってるみたいだよ。」
「ですが、恐らく明日、明後日には城塞都市からあの方々が来る予定ですが?。」
「タイミング的にあの罠が見つかって良かったのか悪かったのかわからないねぇ。」
イーグはふふふと笑みをこぼすが、ファリップは真面目な顔で応える。
「それはいくらなんでも不謹慎と言うべきじゃ?。」
「そうだね。少なくともあっちは、この都市の事を良くは思ってないみたいだし、あわよくば乗っ取りも考えてるだろうしね。」
イーグは視線を上に向け一人呟く。
「さぁ、こっからが大変だよ・・・。しばらくは残業が続きそうだね。」
その独り言を聞いたファリップは嫌な顔をし、がっくりと項垂れる




