第182話 ゲートウォールの長い一日。その15
安らかな顔で永遠の眠りについたビクトリア。
ビクトールは母に刺さっていた槍をゆっくりと引き抜くと、母の亡骸を大事に抱え上げる
「母上帰りましょう。父上の待つ城に・・・。」
「・・・ビクトール様。」
「ライーザ。 すまない・・・色々言いたいだろうけれど、今は勘弁してくれ。」
「ええ・・・解っています。 ビクトール様、ビクトリア様を安らかに眠れる場所へ。」
「・・・・すまない。」
常に妹に対し傲慢な態度を取っていたビクトールからは想像もつかない程静かな口調でライーザに話す。
悲しみに暮れるビクトールの心情を察しライーザはビクトールを気遣う、そんな中重い雰囲気を壊すかの様に金属音がこすれる音が近づいて来る。
来たのはスカーレット騎士団の兵士達だ。
広場に来ると皆驚きを隠せずそれぞれ口を開く。
「なんだこの惨状は? 広場が滅茶苦茶だ。」
「あそこにいるのはビクトール様? それにライーザ様も?」
「え? ライーザ様・・・? もうこっちに来たのか?」
「・・・あれは? ビクトリア様!?」
「一体どういう状況なんだ・・・・・?」
広場の状況に頭の整理が追い付かない面々。
どうしていいのかわからずに兵士達はライーザに詰め寄る。
「ライーザ様、これは一体・・・・?」
「皆、久しぶり・・・だな。 元気にしていたか?。」
話しかけて来た兵士等はライーザと一緒に行った遠征組では無く居残り組、彼女の留守中、騎士団や街を守る為に警備をする者達だった。
故にライーザ、ビクトールとは久しぶりに顔を見合わせるはずなのだが、居残り組の表情はキョトンとした顔でライーザを見つめている。
「何を仰られますか、ライーザ様?」
「どうした? ギャロップ? 君とは遠征から帰って来てからこれが初め目ての会話のはずだが・・・?」
「・・・・え?」
ライーザに話しかけて来た男、ギャロップは少々困惑している。
他の者達も同じようでライーザは要領を得ないようだった。
「失礼ですがライーザ様、私達は先程貴女様にこの騒ぎの原因を突き止める様に命じられていますが?」
「・・・私はそんな事を命じた覚えはないぞ?」
食い違う意見に兵士達は困惑を隠せない、不審に思う兵士達はそれぞれの武器を手に彼女に近づこうとする。
「どうする?」
「どうするったって・・・。」
「まさか、昨夜侵入した偽物か!?」
「あり得る!? だがどうする?」
「捕まえるしか・・・それか先程別れたライーザ様に報告を・・・。」
「なら今ここで身柄を抑えて・・・。」
一人の兵士が息を呑み込みそれに呼応するかの様にライーザの周りを取り囲もうと行動に出る。
彼等は単騎ではライーザに勝てないことは百も承知だ。
だが一斉に飛び掛かれば誰かしらが彼女を抑える事が出来ると考えての行動だ。
「そんな粗末な手でライーザ姉様を捕らえる事とは出来ませんよ、貴方達。」
「あ・・・貴女は? もしや?」
「ご機嫌よう。 そしてお久しぶりですわね、騎士団の方々。 グラスロイ家の次女、ジータです。 そちらのライーザ姉様は勿論本物です、私が保証いたしますわ。」
兵士が警戒する中、ジータ間を割って入る。
その手にはクラスロイ家の紋章入りのハンカチを所有しており、自分がグラスロイ家の人間である事を大々的に証明している。
ギャロップたちも幾度かライーザに付いて回る小さな少女を目撃しており、それは彼女だと確信しているのだが・・・戸惑いを隠せない。
「た、確かに・・・ジータ嬢ですが・・・そのお姿は?」
体力、魔力と共に使い果てたジータはジグに抱きかかえられた状態で間に入っている。
紋章入りのハンカチを見せ自分を証明したのだが、どうも恰好が付かないジータ。
彼女自身もそれが解っており少し恥ずかしそうにしているのだ。
「これはちょっと・・・先程の戦いで消耗しておりまして・・・・ゴホン。 と、兎に角そこにおられるライーザ姉様、それにビクトール様、ビクトリア様は本物ですわ。 きっと貴方達を先程まで指示をしていたライーザ姉様こそが偽物のはず。 何名かで向かい直ぐに彼女を連れてまいりなさい。 私達は逃げも隠れもしませんわ。 あと残った兵士様方はその通路の方で倒れている魔族達を逃げないように捕縛をお願いしますわ。」
「魔族ですと!?」
ジータが指差す方向に兵士達は視線を送る。
その先には人が倒れており、その内何名かはフードから頭が出ており、角が見えているの。
「わ、わかりました。 おい、俺は魔族を捕縛する。 数名一緒に来てくれ。」
「わかった俺は直ぐライーザ様を呼んで来る。」
ギャロップが魔族の捕縛を買って出てそれに同意した兵士が頷き行動を共にする。
残りの兵士達は指示を出したライーザの元へ向かうべく走り去っていく。
「助かったわ、ジータ嬢。」
「お姉様の役に立てて光栄ですわ。 もっともこの姿じゃ恰好つきませんけど。」
「でもジータ、お姫様みたいで恰好よかったよ~?」
「嬉しいですわ、ジグさん。でも・・・お姫様抱っこされている状態でお姫様と言われるのは何だが複雑な気持ちですけどね。」
ジグの言葉に少し苦笑いをしながらジータは思いを述べる。
やがてディードはエルカーラの治療を終え覚醒させた後ライーザ達の元へと集う。
「エルカーラ、もういいの?」
「ええ、腕は少しの間使い物にならないけれど、今はこれでいいわ。 清々しい気分とは言い難いけれど、アッシュを地獄へ送ってやったわ。」
血が足りないせいか、少し足元がおぼつかないエルカーラ。
だが彼女は復讐を果たし、すっきりとした顔であった。
「まだ無理しないでくれ、2度も腕をくっつけたんだ。 神経が馴染まないと思う。しばらくは感覚がおかしいから気を付けてくれ。 本当は神聖回復で回復させてあげたかったんだけど。」
「気にしないでいいわ、くっつけて貰っただけでも有難いもの。 あの戦いの後に神聖回復なんて魔力がいくらあっても足りないでしょ? それに・・・もう1度我が子を抱ける腕を治して貰っただけでも儲けものだもの。 ありがとう。」
モードDが使えなくなり残っているのは自身の魔力とリリアの魔力。
いくらリリアの魔力量が凄いとはいえ、ビクトリアナーガ戦で消耗しており、さらにディードへの魔力供給もしている為さすがに彼女も魔力も心許ない状態。
それを踏まえてディードは神聖回復では無く高回復で腕を繋ぎエルカーラを治療していた。
だが、エルカーラはそんな些細な事は気にしておらず笑みを見せる。
「そうか、エルカーラさんはここまでで子供を探しに行ってくれ。」
「・・・いいの?」
「どの道その腕だと長剣は振るえないし、また腕を斬られても今度は回復できる保証は無い。 子供を探す方を優先してくれ。 そっちの方が心配だ、もし預けた宿の人があの鐘で意識を完全に取られていたら・・・・」
言葉を濁すディード、エルカーラも彼が言いたい事は分かっているせいか視線を落とす。
あの鐘のせいで面倒を見ていてくれる大人が居ないと仮定すると、子供はほぼ一日放置されている状況になる。
そうなれば自分の子は空腹、衰弱で弱り、そしておしめなど変えておらず不快で不衛生な状況が続いている。
エルカーラもそんな考えは無かった訳では無い、考えない様にしていたのだ。
言葉に出され一気に不安が押し寄せて来る。
「ごめんなさい、私は一度ここで別行動させてもらうわ。 我が子が元気だったらすぐに戻るから。」
「こっちは大丈夫だ。 もしかしたらもうこの騒動は終わるかも知れない、終わったら宿に1度戻るから安心してくれ。」
「・・・ええ、そうだといいわね。 待っているわ。」
「ああ・・・。 ゆっくり乳を飲ませてやってくれ。」
エルカーラはクスリと笑うとその場を後にし宿へと歩み出していった。
「最後の一言は余計だったんじゃない?」
「そう? でもエルカーラが乳が張って痛いって言ってたぞ? だから・・・。イテッ。」
すこしデリカシーの薄いディードの言葉にリリアは紅玉の杖で頭を軽く叩く。
「それが余計無いのよ、もう少し気を使ってあげてなさいよ。」
「いや、これでいいんだ。 彼女は母親だ、これでいい。 これからさらに厳しい戦いになるかも知れないしね。ハンデと子供の心配をした狂戦士は思う存分に戦える訳がない。 理想としてはこのままこの騒動が終わってくれればいいんだけどね。」
淡い期待を胸にディードは薄々この先の戦いが厳しそうな予感を肌で感じていた。
兵士達が魔族達を縛り上げ身柄を確保している中、一人の兵士がビクトールの元へと歩み寄る。
「ビクトール様、ビクトリア様をお運びいたします。」
「結構だ。 母上は俺が連れて行く、道を開けてくれ。」
ビクトールは一段落したのを確認するとビクトリアを城へと運ぼう歩く。
そこへ兵士は自分が運ぶと買って出たのだが、彼はそれを拒否し自ら運ぼうとした。
だが・・・
「そうですか・・・ならばここでお別れですね!」
兵士は高らかと剣が掲げ上げ、ビクトールへ目掛けその凶剣を振り下ろそうとしていた。
「飛翔剣!」
「チィッ!?」
ビクトールの首に刃が届くと思われたが寸前の所でその刃は飛んでくる斬撃を受け止めざるを得なかった。
その斬撃を放ったのは勿論ライーザだ。
「何故兄上を狙う! コープ!」
「飛ぶ斬撃とは・・・いい武器をお持ちですねライーザ様。」
「君は一体何を考えているんだ?」
斬撃を放ちそれと同時にライーザはビクトールの元に駆け寄りコープに斬りかろうとする。
それを後方へと大きく飛び回避する兵士コープ。
「何って・・・ビクトール様を亡き者にし、この騎士団を乗っ取るつもりですよ。」
「そんな事させる訳にはいかない。 それにお前はコープでは無いな。 彼はそんな大胆な行動を取れる物では無い。 正体を現せ!」
魔力を込め飛翔剣を乱発するライーザ、だが兵士はそれを避け直撃する前に何かを叩きつける。
すると光と共に見えない壁が現れ彼女の飛翔剣を防ぐ。
「くくく・・・流石に簡単にはやらせてくれませんね。 ライーザ様。」
「おまえは・・・・え?・・私?」
見えない壁越しにコープは笑いながら彼は自分の顔を手で覆い隠す。
そしてその手が解かれた時、彼の顔はライーザの顔に代わっていた。
「初めまして・・・いや2度目ですね。 あの時はそそくさと逃げて頂いてありがとうございました。 おかげでこちらは助かりました。」
「お前はあの時の!?」
ライーザは彼女?とは2度目の対面である。
あの日自分と瓜二つの顔と遭遇し、一方的に偽物と決めつけられ自分が本物と証明せる暇さえ与えて貰えなかった、もう一人の自分がそこにいた。
「ふふふ、もう1人の自分がいる気分はどうですか?」
「・・・あまりいい気分では無いな。 だからその顔は返してもらおう!?」
ライーザがもう一人の自分につき向かって行く。