第176話 ゲートウォールの長い一日。その9
――ビクトール視線――
何が起こってる?一体これはどうゆう事だ?まるで意味が解らない。
確か俺は母上にあの愚妹を落とし込めた事を知らせたくてに屋敷に・・・・
なのになんで俺の手は動かない、いや動かせない?どうしてだ?
頭が重い・・・少し前の事を思い出そうにも思考がはっきりとしてこない。
眠らされた? どこで? 屋敷で?・・・一体何の為に?・・・そう言えば、何か大事な事が抜け落ちているような気がするが・・・駄目だ、まだ意識がぼんやりしてて考えが纏まらない。
眩しい・・・俺の目の前に何か光る物が見える。その脇を支えているのは木枠?
そこから垂れ下がっているのは・・・紐?いやロープか?
「お目覚めかしら?私の愛おしい馬鹿息子。」
「その声は母上。」
自らの身体で影を作り眩しかった視界をクリアにしてくれたのは俺の母上。
視線を向けると優雅に笑みを浮かべる。そして右手にロープを持って・・・・ロープ?
「ふふ、気分はどう?」
「母上・・・ここは?」
「ん~?まだ状況が呑み込めてないか・・・まぁそうよね、数日間意識が無かったし。」
「数日?」
笑みを浮かべ俺に優しく接する母上、今日は機嫌も体調も良いようで俺は安心した。
ここ最近、床に伏せがちで息子である俺ですら面会を断られる日があるというのに、今日は強い日差しを浴びても問題ないようだ・・・。
日差し・・・?そういえばここは何処だ?外か?
それに先程から母上の言葉も気になる。
起きようにも俺の身体は動かない、いや正確には動かせない。
「母上、私の身体が動かないのですがこれは一体?」
「そうね・・少しお話してあげましょうね。最後だし。」
「最後?」
「そう最後。ビクトール、私の右手のロープが何なのかよく視なさい。」
母上に促され、その右手に握られているロープの上へと視線が辿って行く。
木枠の外側から中央にロープは繋がれていてそこには滑車、そして大きな刃へと繋がっていく。
ようやく理解した、これは処刑台!?
そして俺はそれに仰向けの状態で固定されている、そして母上が手に持っているのはギロチンのロープだ!?
視界が、思考が一気にクリアになり背筋も冷たく感じる。
母上が手を離せば俺の命はすぐさま刈り取られる状態、冗談にしては質が悪い。
「母上!?これは一体何の戯れですか?冗談が過ぎます。」
「冗談?・・・ふふっ、これが冗談に見えるの?」
「冗談じゃ無ければこれは一体何の真似です?まさか私を殺めようとするのですか?一体何の為に? 私はスカーレット家、次期当主ですよ?」
次期当主、その言葉に母上の眉がピクリと動く。
その瞬間笑みは消え右手に持っていたロープは一瞬だけ手元を緩めら上のギロチンの刃が俺の首目掛けて落ちて来る。
「ヒィ!?」
半分程落ちてきた所でロープは再び握りしめられ、刃は役目を果たせずにその場にとどまる。
全身の穴という穴から一気に冷や汗と脂が流れ落ちる。
母上は本気だ・・・本気で俺の頭と体を2つに分けさせるつもりだ。
「馬鹿息子・・・いえ、ビクトール。」
「は・・はい。」
「昔はね、次期当主という小さな装飾に執着していた時もあったわ。そのせいで貴方にも苦労掛けさせてしまったわ。でもね、もうそんな事はどうでもいいの。」
「次期当主が小さくどうでもいい?」
「ええ、どうでもいいわ。私はこれから大きな仕事を成し遂げならなければならない。その為に、全てをあの方に捧げる事にしたの。この街も、人も、私の命も!?」
母上の見た事もない子供の様な無邪気な笑顔、聞いたことも無い高揚した声。
普段、冷静沈着の母上からは想像もつかない幼さを醸しだしている。
一体母上に何があったというのだ?
自分の命すらも捧げるなんて正気の沙汰じゃない。
神にその身を捧げるとでも言うのか?
「・・・・だからね、ビクトール。 貴方とはここでお別れなのよ。私の血を分けた大事な愛おしくて憎い息子・・・あの豚の策略で2人共死んでいればわざわざ私が手を下す事も無かったのに。でも、嬉しいわ、わざわざ私に殺されるために戻って来てくれて、私の心残りを消してくれるんですもの。」
母上の言葉に理解が追い付かない。
愛おしく憎い?策略?何を言っているんだ?
遠征に出る時、貴族としての務めを果たしてきなさいと、俺を励ましてくれたのに・・・一体何故?何故なんだ?
「まぁ理解出来ないでしょうね。」
先程までの子供の様な笑顔から一変、冷静で落ち着いた表情を見せる。
「母上・・・私には突然の事で思考が追い付きません。そもそもなぜ息子である私を殺そうとするのですか? 貴方の息子ですよ?」
「え?だって要らないもの。」
・・・本当に意味が解らない。我が息子をいとも簡単に要らないと、殺すといのか?
俺は一体に難の為に頑張って来たのだ?
スカーレット家の長兄として生を受け、次期当主として期待されそれに応えるべく努力してきた。
愚民達を導くべく日々文学と武稽古の繰り返し、文学の才はあったものの、武の才は父に似ず愚妹の方に才があった。
愚妹の武に関しては天才的な才能としか言いようがなかった。
騎士数人に囲まれても臆する事も無く正面から堂々と相手に向い無力化出来る。
圧倒的な武力を持ち部下からも人望も厚くそれでいてかなりの美貌を持つ妹。
そんな父は馬鹿な妹の方が可愛く見えたのか、常に傍に置いて可愛がっていた。
幾度なく政治的且つ他貴族のとの懸け橋に政略結婚をさせようとしたが、父は首を縦に振る事は無かった。
次期当主なれば次期当主になればと思い我慢の日々、奴を見る度に湧き上がる黒い感情。
兄より優れた妹を持ち武力、人望にて劣等感を抱く日々。
だが、天運は俺に微笑んだ。
遂に奴を、ライーザ・スカーレットを切り離すことが出来た。
これで父さえ死ねば母上と心穏やかな生活、そして愚民共を率いてスカーレット家を盤石のものにし、いずれ・・・王都へ!?、と心躍らせて屋敷に訪れたのに・・・・
どうしてだ?どうして俺は母上に殺されなければならんのだ。
しかも、俺の命をそこら辺に生えている草木をただ目障りだからいう理由で刈り取る程度にしか思っていない。
本当にわからない。
くそっ! なんとかしてこの処刑台から抜け出させなければ。
身体を揺らし藻掻く、必死なって抜け出そうとする俺と見て母上がクスッと笑う。
「まるで羽をもぎ取られた蝶のようだわビクトール。」
「母上、どうかお気を静めてください。自ら産んだ子を殺すなど、母としてはあってなりませぬ。」
「だって、ハヴィの血が貴方にも流れているじゃない? 私はあの男とあの女の痕跡を全て残らず消し去るの。 だからあの男の血が長ているビクトール貴方も消すのよ。
うふふふふふ、あははははは。 もしここにあの女が居ればどうしたでしょうね? 私の自尊心を傷つけこの世を去った愚かな女。」
三日月のような笑みを浮かべる母上は最早正気とは思えない。
頼む、誰でもいいから母上のロープを取り上げてくれ。
左右に首をふり何とか藻掻こうとする、その時少し距離はあるが一人の兵士と目が合った。
俺は大声で叫ぶ。
「おい!そこの兵士、俺を助けろ。助けたあかつきには俺の親衛隊に引っ張ってやる。だから母上の持っているロープを奪え!?」
だがしかし、兵士は微動だにせず俺の事をじっと見ている。
その隣にいた平民にも同じく声を掛ける。
「そこの愚民、俺の声が聞こえるか? 俺の事を助ければ士官に取り立ててやる! お前の家族の生活も保障してやる! だから俺を助けろ!」
しかしその愚民も俺の声が全く聞こえていないのか、ただ一点を見つめたたまま動かない。
その隣も隣も、俺の視界に入る愚民全てが一点を見つめたまま時が止められている様に動かない。
「無駄よ、この街の人間全てほぼ意識が無いもの。」
「意識が無い?」
「ええ、この鐘の魔道具で街の人間の大半の意識を奪い操っているの。 意識を保っていられるのはこの鐘を少ししか聞いていない者、それと無効化出来る人間ぐらいが何人かね。でも後1回で完成する、それが3の鐘の時、もうすぐよ。」
隣にある大きな鐘をうっとりとした表情で見つめる母上。
「街の人々をどうするつもりですか!?」
「勿論、ゴーレムにする為よ。 他にも魔物の餌、それと実験もまだまだあるわね。 まぁ2~3万位の命があれば色々と成功するんじゃないかしら?」
左手で指折り数えては笑みを浮かべる。
何を言っているか本当にわからない。
目の前にいるのは俺の本当の母上なのか? それとも母上の姿をした魔物なのか?
「さてと、お話はここまででいいかしら。」
「待って下さい母上、どうかお気を鎮めこの戒めを解いてください。お願いします。」
「だ~め。 でも大丈夫よ、首から下は色々と使ってあげるから、魔道具の材料と魔物餌、頭はそうね・・・この街の見張りとして高い所に飾っといてあげる。 もっとも愚民も貴族も誰も居ない街をただ見つめるだけになるでしょうけど。 あははははは。
それじゃね、ビクトール愛しているわ。」
「やめろ!やめてくれーー!!」
笑顔で右手のロープを離す母上。
そして勢いよく迫ってくる処刑台の鋭利な刃それが最後に見た光景。
――――
――
「おい、生きてるか?馬鹿兄貴。」
ディードはビクトールに話しかけるも気を失いかけているか、虚ろな目をしたまま声に反応出来ていない。
人心の鐘の効果も考えられたのだが、先程まで助けを求め、声を張り上げる姿からは意識が奪われていないことは確認済みのディード。
「少し目を覚ましてやるか、それに一応ライーザの兄貴だしな。水獄。」
ディードはビクトールのから全体を水の檻で包み込む、すると彼は水を飲み込み苦しさに一気に覚醒する。
「ガボゴボゴボボボボボ!?」
「よう、目が覚めたか?」
「ゲホ、ゲホ・・・だ、誰だお前は?」
「何って、お前殴られた相手の顔も見忘れたのか?」
「俺に銀色の獣人の知り合いはいない。」
「あ、そっかこの姿を見せるのは初めてか。」
ビクトールの目の前に立つディードの今の姿はケルベロスモードD、獣人の姿だ。
彼を助けようとディードは即座に変身、そして宙を舞い、ギロチンの刃を光の矢、改で(グレイアローセカンド)跡形も無く吹き飛ばした。
「き、貴様か・・・。あの時の怨は忘れんぞ。」
「おう、ならこの恩で帳消しだな、馬鹿兄貴。」
「き、貴様・・・・。」
怒りに表情を変えるビクトールの姿を見て少し安堵するディード。
「そういえば母上は?」
「あそこだ。」
ディードが指差す方向にビクトールは視線を向ける。
広場の奥にビクトリアは一人の騎士に抱きかかえられていた。
「やってくれるな・・・獣人。」
「いや、ハーフエルフだよ、そこの青い騎士、一昨日ぶりか?でも額に角は見なかった気がするが?」
「貴様は広場にいたメリー連れの男か?髪の色が違うが。」
「ああ正解だ、それと名前もう1度聞いてもいいか?確かアークだったか?」
「貴様の頭は数日前の事も覚えていないのか? 俺はアッシュだ、貴様を葬る男の名前を冥途の土産に持って行くが良い。」
ビクトリアをゆっくり下すとアッシュは剣を抜き構える。
「ビクトリア様、ここは私が。直ぐに終わらせ――――。」
言葉途中でアッシュは強烈な殺気を放つ方へと剣を構える。
その直後黒い長剣とぶつかり合い火花を散らす。
エルカーラの強襲だ。
「アッーーーッシュ!!!」
「その声はエルカーラか? 久しぶりだな、随分いい女になったじゃねーか。」
「ああ、貴様を冥途に連れて行く為、日々磨いて来たのさ。 受け取ってくれるな。」
そう言うと彼女は剣をぶつけた状態で力任せにアッシュを押し込み、1対1の状態を作るべくその場を離れる。
「さぁて今度はこちらから仕掛けますか。」
そう言うとディードは両手クロスさせ詠唱を始めるのだった。