第174話 ゲートウォールの長い一日。その7
ゴン!
頭部への強い衝撃が電流の様に駆け巡りジータは痛みで目を覚ます。
「いったぁぁぁ!!何?何?」
頭を抑え何事かと目を開ける、するとそこには紅玉の杖を手に持ったリリア目の前に立ち憚っていた。
「お目覚めですか?お嬢様?」
「え?リリア・・・さん?なんで?」
状況が良く呑み込めず困惑すジータにリリアは頬を膨らませながら顔を近づけて来る。
「なんで・・・?じゃ無いわよ。何あんな魔法ぶっ放しておいて何一人勝手に失神るのよ!?」
「おちて・・・・はっ!」
ようやくジータは自分が何故気を失っていたのかを理解する。
「なんで殴られたか理解した?」
「・・・はい。私やってしまったのですね。」
殴られた所を抑えながら視線を地に落とし意気消沈するジータ。
それを見ていたシューズ達護衛は何かを言おうとしたのだが、事前にリリアに口を挟むなと言われ今は見守っているだけしか出来なかった。
「ええ、確かにあの黒いロックワーム達は消し飛んだわ。周囲の大地を削ってね。」
リリアは杖の先を黒いロックワーム達がいた方向に向ける。
恐る恐る指示された方向に目を向けるとジータ、そこに広がっている光景に彼女の顔はさらに青くなる。
滅びの赤の着弾点は大地が激しく抉り取られており周囲10m程は草木も吹き飛び茶色い大地が露わになっている。
無論周囲にいた魔物が全て跡形も無く消し飛んでおり、魔物の残骸などは外壁からは確認出来なかった。
「あんな威力のある魔法を何も考えなしでぶっ放すなんて正気の沙汰じゃないわ。周囲に人が居たらどうなるか安易に想像できるでしょ?」
リリアの言葉に返す言葉無いジータは黙って俯く。
着弾点にクレーターを作る程の威力、当然そこに人が居ればどうなるか、高ランクの冒険者ならまだ回避や防御手立ては幾つかあるが、これがもし農民や市民などの戦闘に長けていない一般人ならどうなるか明白だ。
「あうぅぅぅ・・・で、でも。」
「でも?」
指を交差させたり前後にモジモジさせたりと、せわしなく動かし落ち着かない様子のジータ。
自分でもしでかした事を解っているのか、罰の悪そうな表情でなんとか言葉を紡ぎ出そうとする。
「私の大っ嫌いなミミズだったし・・・その。」
「そのミミズを殺す為には周囲の人間はどうなってもいいって事ね?それが貴女の、グラスロイ家の考えなの?」
「ぴゅい!?ち、違います!?そんな事ありません!?」
リリアの冷たく言い放つ言葉にジータは必死に否定する。
「わ、私はそんなつもりはありませんでした。」
「どうかしらね、貴族様は自分の事以外考えない輩が多いし。」
リリアは視線と1度ライーザの方に向け、ある人物を思い出していた。
彼女の中で最近出会った酷い貴族と言えばライーザの兄であるビクトール。
彼は貴族と身分を嵩に懸かけ傲慢な態度を取り、事もあろうか公衆の面前で自分の妹でるあるライーザに手を挙げるなど暴挙とも思える行動を取った。
その視線を感じたのかライーザはリリアを視線が合い少し困った笑顔を見せる。
「うぅ・・確かに自分の事しか考えてなかった・・・いや、目の前の事しか見えてなかったです。ごめんなさい。私、カッ!?となると周りを見ない癖があるです。それでいつも家族やお姉さま、そして家臣の人達に迷惑ばかりを・・・ぅぅごめんなさい。」
沈んだ表情で素直に頭を下げるジータ、その様子を見て家臣たちは困惑した顔を見せる。
「いつもジェルお嬢様や旦那様に反抗していたジータ様が素直に謝罪・・・・。」
「私は夢を見ているのか?」
「ほらほら、聞こえてるわよ少し黙りなさい。」
家臣たちの小さな声がリリアの耳に入り軽く黙らせる。
俯き座り込んでいるジータにリリアは近づく。
また怒られると思い彼女のは身を固まらせ目を瞑る、だがその直後ジータはリリアから優しく抱きしめられ呆気に取られた。
「・・・・なんで?」
「ちゃんと反省出来たでしょ?さっきのは叱責、そしてこれはご褒美・・・少し違うか、褒めるのよ。」
「褒める?」
「ええ、結果的にロックワーム達は一掃出来た。これは紛れもない事実、貴女の力は凄いわ流石貴族よ。だけどね、これだけは覚えておいて、その力は他者の為に、ひいては民の為に使う様に心掛けコントロール出来るように学び、そして研鑽しなさい。貴方にはそれが出来る、やれば出来る子なんだから。」
頭を上から下へと撫でながらリリアは優しく語る。それは母親が自分の子供に語り掛ける姿のように見える。
実際ジータは滅びの赤を放った後、身体は出会った時を同じ小さな少女の姿に戻っていた。
「私にも出来る・・・?」
「ええ、そうよ。失敗ばかりで躓くこともあるけれど諦めちゃダメ。」
「出来るかな・・・。」
「ええ、出来るわよ。さっきの魔法も使い方を少し変えればあのまま使えるし。」
「!?教えてお姉さま!?」
「ふふ、それはね――――。」
こっそりと耳打ちするリリア、ジータの表情が一瞬に明るくそして驚いた表情へと変わる。
「思っても見なかった・・・。」
「ええ、だからもっと巧く、いつか貴女にも守りたい者、守りたい民が出来た時にさらに使いこなせるように努力しなさい。それが・・・・。」
「「高貴なる貴族の務め」」
2人は声を揃え呪文のように唱える。
「分かりました、リリアお姉さま。私頑張ってみます、役目を果たせるように日々精進致します。」
「お姉さま・・・ええ、頑張って。貴女にならそれが出来る。」
「はい!?頑張ってみませますわ、お姉さま!?」
リリアの叱咤激励に元気を取り戻したジータ、彼女は立ち上がり拳を握り締めながらリリアに誓いを立てる。
(私、年下なんだけどな・・・。)
少しばかり複雑な心境を胸に、ディード達一同は外壁の通路を降り正面の門へと出る。
「だから離れろって言ってんだろ!?」
門の内側では2人の兵士が槍を両手で水平に持ち、門から塔酒用途必死に押し返そうとしていた。
しかし街民はそれを無表情で押し返されて、弾き飛ばされてはまた門に向い幾度となく繰り返している。
「畜生!?・・・こいつらいい加減にしろ!?これ以上は・・・もう・・。」
「おい、やめろ。皆操られているだけだぞ!?無闇に傷つけるな。」
「じゃぁどうすればいい!?ただやられろっていのか?それに門を開けさせてみろ、こいつら武器も持たずに街の外に出ようとしているかも知れないんだぞ?それこそ魔物の餌になりに行くだけじゃねーか!?」
終わりの無いやり合いに門番の兵士は限界が来たのか、1度大きく押し返すと槍を持ち替え攻撃の体勢に入る。
彼は押し返しや打撃だけでは無く、斬撃や刺突で街民を足止めするつもりだ。
「くっ・・・やるしかないのか。せめて足を狙え!最悪膝か筋を狙えば動きが止まるだろ・・・。」
門番達は覚悟を決めたのか槍を持ち替え狙いをつけ刺突しやすい体勢を取る。
一足触発状態を目の当たりにしたディードは慌てて間に入る。
「おい、待て!?俺が止める。」
「お、おい!」
ディードは右手を突き出し強いイメージを想像しながら魔法を放つ。
(イメージするのは風の檻、そしてその中に木霊の囁きを放つ。)
「行くぞ、風獄そして木霊の囁き」
右手で放つ風の魔法は、土ぼこりを巻き上げながら街の人達を飲み込むと風の檻を形成する。
すかさずディードは眠りの魔法である、木霊の囁きを左手で放つ。
吹き荒れる風の牢獄、そしてその中に相手を眠りへと誘い込む魔法。
騒音と静寂、相反する2つの魔法だが、ディードは受け継いだ夢の力で半ば強引に魔法を放つ。
すると、功を制したのか街の民は次々と力無く倒れて行く。
「お前、何をした!?」
次々と倒れて行く街民を目にした門番はディードに槍の矛先を向ける。
「安心しろ、眠らせただけだ。」
「本当か?」
「ああ・・・嘘だと思うなら確かめてみろ、寝息立てているはずだ。」
「・・・確認する。」
そういうと門番の一人は近くで倒れている男を恐る恐る確認する。
ぐーぐーとイビキを立て眠っている姿を見て少し安心した門番は他の人達も確認しはじめた。
やがて倒れている人達全員が眠っている事を確認すると門番はディードの元により深く頭を下げる。
「スマン助かったありがとう。」
「・・・・気にするな、そっちも大分思い詰めていただろ?」
「ああ、アイツ等多少の殴った程度じゃ目も覚まさないし、もう少し遅かったら・・・兎に角助かった。ありがとう。」
再び礼を述べる門番にディードは軽く手を振る。
「凄いです、ディード様も大変な優秀な魔法使いであわせられるのですね。」
まるで憧れの人物が目の前にいるかのようにジータは目を輝かせ歓喜する。
「いや、俺はそこまで大した魔法を使っている訳じゃない。」
「ディーが言うと嫌味にしか聞こえないわよ。同時に2つ以上の魔法を無詠唱で放てる人間なんてほとんど居ないんだから。」
「そうです、王都でもその様な方は数人しか知りませんわ。しかも触媒も無しの無詠唱なら私のお姉様より勝る、冒険者にしておくのが勿体ないです。」
「ははは、ありがとう。ジータ令嬢のお姉さんも同時に2つの魔法が仕えるんだ?」
「ええ、私の姉ジェル姉様はとても優秀な魔法使いです。様々な宝石を触媒に使い魔法を放ち、更には固有魔法を開花させゆめの――――」
ジータが自分の姉を自慢し始めた時、無情にも2の鐘、3の鐘でも無い他の鐘が鳴り響く。