第173話 ゲートウォールの長い一日。その6
大地から勢い良く飛び出す黒い一筋の大きな魔物、見えている部分だけでも幅2メートル、長さが4メートルはあろうかいう巨大な魔物。
大穴から全身を完全に出し、身体を起こしコチラを見ている。
「あれは・・・・ロックワームか?」
「多分・・・だけど根本的に違うわね、私達がゴブリンのダンジョンで見たロックワームとは随分毛色が違う、恐らくアレもつくら――――」
「グォオオオオオオオオオオオオン!!?」
リリアが冷静に分析している中、突如咆哮を上げる黒いロックワーム。
その大きな声の振動がディード達まで届く。
するとその音が合図だったのか、黒いロックワームが出て来た穴から通常サイズのロックワームも十数匹も這い上がってき、こちらの方へと身体をくねらせ向かって来る。
「・・・気持ち悪い光景だな。」
「そうねディー、一気に焼きましょう。あの魔法をもう1回撃つわよ。」
「ああ。紅玉の杖に魔力を込め・・・・ん?」
うねうね、くねくねと身体をよじらせ向かってくる魔物にリリアはまるで生理的嫌悪感たっぷりな表情をさらけ出し紅玉の杖に魔力を込めようとする。
ふとディードの視界の端、隣にいたジータの顔色が真っ青になっているのが解り彼女に問いかける。
「ジータ令嬢、大丈夫か?顔色が真っ青だぞ?具合悪いのか?」
ディードの問いかけにも反応が薄いジータ。
一点、ロックワーム達を見つめたまま青ざめた顔で硬直し、やがて小刻みに震え出していた。
「ジータ令嬢?」
「・・・お嬢様まさか!?」
「ま、マズイ!お嬢様の視線を逸らさないと!?」
何かを察知したのか護衛のシューズ達は慌ててジータに近寄ろうとしたが、外壁の頂きにある通路は人が2人すれ違える程度、ジータはシューズ達からすればディードの奥に居たのでその危険を察知するのが一足遅れたのだった。
やがて、絞りに絞り出した小さな声がジータから聞こえて来た。
「・・・・ピ・・・。」
「「「ぴ?」」」
「ぴぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
まるで絵画、ム〇クの叫びの様なポーズをしたジータは悲鳴を上げる。
「ミミズ、ミミズ、ミミズぅぅぅ!!?お姉さまの馬鹿馬鹿馬鹿ぁあああ!?いじわるぅぅ!私にこの光景を見せる為にここに送ったのでしょう!?」
「お嬢様!?それが違います。ジェル様はグラスロイ家の危機を察知して――――」
「いやいやいや、あんなでっかいミミズなんて嫌い、キライ、大っきらい!いなくなっちゃえ!?」
ジータはそう叫ぶと持っていた熊のぬいぐるみの背中のファスナーを開け手を突っ込み何かを探し当てようとしていた。
それを見てさらに慌てるシューズ達、ジータを止めようと3人は同時にジータの所に向おうとするが、逆に通路に挟まる様に身動きが取れなってしまった。
「お嬢様、お気を確かに!?」
「そうです、アレはやってはダメです。こんな足場の悪い所で撃てばお嬢様が!?」
「うるさい、うるさい!うるさぁああい!?
”金色の宝石よ、我が願いを聞き入れ、一時の在りし姿を貸し与え給え”
”赤き宝石よ、我が魔力を糧に目の前の怨敵を全て打ち払え!?”薙ぎ払え!?ってか全部燃やして!今すぐに!?」
探したてたのは10cm程の赤い宝石と黄色の宝石。
それを握り締め呪文のような言葉を紡ぐ。もっとも最後の言葉は呪文では無くただの願望のようなきもするが。
金色の宝石は光を放ちジータの全身を覆う、そしてワンテンポ遅れで紅い宝石は彼女の右手飲みを覆い燃え盛る炎を彷彿させるほどの輝きを放っていた。
その様子を見てディードとリリアは驚きを隠せない。
「お、おい大丈夫なのか?これ?」
「大丈夫じゃない。早く止めてくれ!あれはヤバイんだ。 まだジータ様が幼かった頃、ジェル姉様の悪戯でミミズを詰め込んだ箱をプレゼントで渡されて、それ以来トラウマになって目に入る者は絶対殲滅させるようになってしまったんだ!?」
「なにそれ怖い!?ってか姉も何気に酷ぇ悪戯するな!?」
「どうすれば止まるの?」
「お嬢様を冷静にさせて、且つあのロックワームを今すぐ消してくれ。」
「「無茶言うな!?」」
シューズの無茶な要求にディードとリリアは同時に突っ込む。
そんな短いやり取りの間にジータを包んでいた金色の光は徐々に消えて行き姿を現す。
「嘘でしょ・・・・?」
先程までの少女の姿は無く、身長も170cm程、長くきめ細やかな赤い長髪、大きく突き出した胸、男の欲情を掻き立てるようなくびれた腰、張りのある尻、そして長く白い素足。
小さな少女の姿から誰もが振り向く美女へと変身と遂げたジータ。
しかし片手は赤い宝石の光を纏い、もう片手にはクマのぬいぐるみを持つアンバランスな姿が皆の視線を釘付けにする。
「触媒を使って肉体を変化?・・・これが彼女の力か。」
「かなり凄いわね彼女・・・。獣人でここまで魔力を持っているなんて・・・さすが貴族っていった所かしら?」
「ええ、ジータ令嬢は貴族の中でもかなりの魔力を持っている。だけどそれと同時に魔力が大きすぎて制御出来ないのが難点なの。だから普段は肉体に制約魔法を掛けて魔力の少なかった子供時代の身体を維持ているの。」
ディードとリリアの会話にライーザが丁寧に説明する。
しかし彼女の変身を見惚れている間にジータ自身は既に準備が完了していた。
右手から金色の宝石が零れ落ちる、それと同時に紅い光はさらに輝きを増し限界まで来たのかジータは殴りつけるように右手を突き出す。
「いっけーー!! 滅びの赤ぅぅぅ!?」
ジータが呪文を唱えた直後、赤い光は球と形を変え周囲に衝撃波を撒き散らし黒いロックワーム目掛け飛んでいく。
「きゃぁ!?」
「リリア!」
その衝撃波に一番近かった2ディードとリリア、彼女の身体が衝撃で浮かび上がりディードは反射的にリリアを抱き締める。
瞬時に周囲を見渡すディード。
一番体重の軽いレミィはその衝撃を受け飛ばされるが、自身の魔法である兎の盾を足場に使い難を逃れる。
ライーザは衝撃に備え腰を落とし重心を低くした為おっきくは仰け反る事も無かった。
シューズ達3人は通路に挟まっており無事、エルカーラも無事だった。
しかし、問題はジータ本人。
彼女は自身の放った魔法で自分の背丈よりも高く弧を描き、城壁の外側にまで放り出される瞬間だった。
「しまった!」
思わず声が出るディード、咄嗟にアイテムボックスから木霊の鞭を取り出し魔力を込めジータ目掛け鞭を振るう。
しかし、鞭がジータの身体を巻き付ける前に彼女の身体を不自然に伸びた2つの石が受け止める。
それはジグの伸びた腕だった。
「ジグ・・・お前腕が伸ばせるのか?」
「・・・う~ん。なんかね、何となくだけど出来そうだったからやってみたの~そうしたらできた~。」
「何となくって・・・兎に角、助かった。そのまま彼女を抱えて腕を戻せるか?」
「うんやってみる~。」
あっけらかんとしたジグの言葉、彼はジータをしっかり包み込んだままゆっくりと腕が縮んでゆくのが見える。
それを見たディードは少し顔色を変える。
(助かった・・・・だけどジグ。その発想は危ないな・・・既に思考、行動が人間の域を超え始めている。人間はあの様に腕を伸ばせる訳が無い、それに・・・元の腕は既に原型をとどめていないのか。)
ジグの発想も去る事ながら、小さなゴーレムの腕は自由に形を変える事が出来る。
だがそれは人間の腕が既にゴーレムの中に無い事を意味する。
仮に人間の腕があれば先程の様に伸びた時引き千切れている。
それを痛みを感じる事なく、何となくで出来るジグにディードは一抹の不安を覚えたのだった。