第167話 奪った命救った命、その2
時刻は夕刻、5の鐘が鳴り響きゲートウォールの巨大な門が閉まる頃、ディード達は街の郊外にある廃村で一夜を明かす事にした。
提案をしたのはエルカーラ、人心の鐘が鳴ってしまい街中の人間が虚ろな目で広場を守る様になり、街の中では泊まるには危険と判断したのだ。
「まさか1日置いてここに戻ってくる事になるとわね。」
日が落ち始め辺りは薄闇に包み込まれる頃、変わり行く空を見上げながらエルカーラは呟く。
ここはエルカーラとディード達が初めて出会った場所。
彼女が狂暴化状態の妊婦であり、ディード達は相手の身重の命を配慮しながら戦わなければならないという苦戦を強いられた場所でもある。
幸いライーザが彼女を気絶させる事に成功、その後意識を取り戻した彼女は産気づきこの場所で子供を産むという、危険極まりない事をした場所でもある。
「そうね・・・。」
たき火に枯れ枝を投げ入れ、エルカーラの言葉に相槌を打ったライーザ、その周りいを羊獣人のメルルと犬獣人のエバが見守っていた。
「私達はこれから何をすればよろしいのでしょうか?」
不安気な表情でエバはエルカーラに問いかける。
彼女達、元奴隷の4人組に戦闘の経験はあるか?と聞いてみた所、4人共戦闘の経験はほぼないという答えが返って来た。
彼女達は元をたどれば村民であり農民、手に持つ物と言えば鍬や鎌などを農業を主流としている。
そんな彼女達に訓練もせずにいきなり戦闘をさせると言う行為は、無謀としか言いようがない。
また彼女達をフォローもしくは守りながら戦う事などは、ディード達にとっても無謀と言える行為だろう。
「とりあえず貴女達はここに残って貰う事になるわ。その為に今準備しているから。」
「準備というとあの廃屋の?」
「ええ、ラトレアだっけ?簡易的な魔除けを作れるというから任せてあるわ。」
この廃村の中で唯一建物として原型をとどめている廃屋に、元奴隷の子である人間のラトレアという少女が村に伝わる簡易的な魔除けの方法を知っているという事で頼んでいた。
その方法は廃屋の周囲に簡易的な魔法陣を書き、その中心に魔物の毛皮を置き魔力を注ぐという物。
発動した魔法陣からは置いた毛皮の匂いが辺りを包み、その匂いで魔物達を遠ざけるという物だ。
強い魔物の匂いが解れば、他の魔物達は自然と危険と感じ寄って来なくなる。
それならばとディードがアイテムボックスから草原狼と双頭狼の毛皮の数枚取り出しラトレアに預けた。
彼女の話だと、2日は魔除けが持つと言う事なので廃屋で過ごしてもらう事になった。
そして少しでも廃屋の中を快適に過ごせる様、もう一人の元奴隷のであるレラが廃屋を掃除していた。
「怖いわメルル。」
「大丈夫、きっとディード様達があの街を救ってくれるわ。」
エバの不安な気持ちが身を冷やし自分を抱え込み身震いをする、そんな気持ちを少しでも和らげようとメルルはエバを抱き締める。
「だといいんだけどね。」
「ええ・・・。」
エルカーラとライーザは馬車の方へと見つめる。
馬車の中では幌に背を預けるようにリリア、ディード、レミィの順で並んでおり身体を休めていた。
「明日の戦い・・・負ける訳に行かないものね。」
「ええ、エルカーラの言う通りよ、私達が負ければ街の人々がゴーレムになってしまう。なんとしても阻止しないとね。」
「・・・ゴーレム・・・ですが。」
「そこに寝ているのは例外よ、気にしないで。」
ライーザの隣で仰向けで大の字になり眠っているゴーレムにジグ。
彼はこの場所に着き、ディード達が夕食の準備をしている際にいつの間にか眠ってしまっていたのだ。
起こそうにもジグはかなり疲れがあるのだろうか、眠ったまま反応がない。
時折小さな吐息らしきものが聞こえて来るので彼をその場で寝かせ、身体が冷えすぎない様に布をかけてある。
もっともゴーレムが寝冷えするとは思えないが。
「その為にはあの3人にはもっと頑張って貰わないとなんだけど・・・。」
「あの様子じゃ今日の事、引きずっている無理もないわ。」
今日3人は初めて人を殺した。
レミィは人間を武器にする魔族を相手に、これ以上の犠牲者を増やさない為に。
リリアは同じ魔族であったゴーレムを自滅させ、その後仮初の魂を偶然作り出してしまい、結果彼女を2度も死に追いやる事に。
ディードは人の命を持て遊ぶ、同じ日本から流れ着いたトールの心臓を突き刺し葬ったのだ。
この廃村に着いた時、彼等はどことなく元気がなかった。
夕食の時も風呂の時も彼等は少し上の空だったのをライーザ達は心配していたのだ。
その結果夜の見張りに3人は除外、強制的に馬車で休ませる事になった。
当然3人は抗議をしたのだが、明日に備えて休めとエルカーラにきつめに言われ渋々と馬車に入って行ったのだ。
「それは私達の為に・・・・?」
「レミィちゃんは、私達の為・・・かも知れないけれど、ディードは貴女達の為に人を殺したそれは確実ね。」
「そうだったのですか・・・。」
自分達の為に人の命を奪ったと聞きメルルは視線を落とす。
「それにメルル、貴女が渡した魔道具もディードにとっては苦い思いをさせたのかも知れないわ。」
「そんな!?私は・・・。」
メルルが渡した魔道具、それはトールが腰に付けていた革袋。
それはアイテムボックスだった。
容量は小さく人一人分が入る程度の物だったのだが、それでもかなりの貴重品である。
彼女達は奴隷にされる際身に着けていた腕輪や首飾りなど、小物がそのアイテムボックスに入っていたのだ。
メルルはトールを討ち取り他の奴隷の子達を馬車に乗せる際、隙を見てトールの腰元からアイテムボックスごと取り返していたのだ。
そしてそのアイテムボックスをディードに預け彼女達の装飾品だけを返して欲しいと願った。
彼女達の装飾品や小物は当然彼女達に返したのだが、他の中身も気になりディード達は中身を取り出す。
出てくるのは、奴隷の首輪や腕輪などの呪術的なアイテムが数点、携帯食料と金貨23枚、それに布に包まれていた携帯電話だった。
ディードはそれを見て一目で何かが解ると、側面にあった電源ボタンを押す。
電源が入り画面に映し出される画面を見てディードはさらに渋い顔をする。
待ち受け画面にはトールのかつての友人達だったのだろう、ド派手ないで立ちに、奇抜な髪型、そして背後には〇〇会と掲げられていた文字が目に入る。
幸いロックはされておらず画面を数回触る、するとごちゃごちゃとしたアイコンをかき分けディードは彼のメモを見つけクリックする。
そこに書いてあったのは自分の名前、年齢、そして断片的な文字が書かれていた。
彼の名前は端村通 日本人であり年は24歳、M県の小さな街の生まれであった。
メモを追って行くと彼がこの世界に来た理由が分かった。
彼は街の小さな派閥同士の抗争中、相手の派閥に囲まれ逃げている最中に不思議な光に包まれてこちらの世界にやって来たのだと書かれていた。
流行り文字で書かれているせいか、所々読めない文字が書かれていたが何とか解読したディード、そして最後の一行はこう綴られていた。
――帰りたい――と。
しかしその持ち主の願いは永遠に叶われる事は無い。
皮肉にそうなった原因を作ったのがディードである。
彼が何故凶行にいたったのかはわからない、ただ解る事だけは彼はもうこの世にはおらず、その願いも永遠に叶う事はないという事実だけが残ったのだ。
そっと電源を落とし、暗い表情をしながらディードはしばらく瞳を閉じていたのだ。
「わ、私は・・・。」
「悪気は無いのは分かっているわ、タイミング悪かっただけ。彼もそれは分かっているわ。」
メルルはわざとやったのではない、ただ自分の思い出の品である装飾品を取り戻したかったのだ。
「わ、私ディードさんと話してきます。エバごめん。」
メルルは抱きしめていたエバを離す同時に馬車へと歩み寄って行く。
馬車の中ではディードが木霊の囁きを唱え、リリアとレミィを半ば強引に眠りにつかせていた。
(帰りたいか・・・すまないな、その機会を永遠に奪ってしまって。だけど・・・)
ディードも瞳を閉じ、眠りに着こうとしていたのだが、中々寝付けないでいた。
自分自身に木霊の囁きを掛ければ眠れる事もないのだが、何故かそうする気分になれず一人感が事に耽っていた。
「失礼しますディード様。」
馬車が揺れメルルが入って来る。
その表情は少し暗く心配そうにディードを見つめる。
「メルル?」
「あ・・・あの!?」
「とりあえず立ったままだとなんだし、座って話そうか。」
「そう・・・ですね。失礼します。」
ディードのすぐ前に座りメルルは彼を真っ直ぐ見つめる。
「それでどうしたの?」
「あの・・さっきの道具の事で。」
「道具?あのアイテムボックスの事?何か取り返したいものがあった?」
「いえ、そうじゃないんです。私が腕輪を取り戻したかったせいでディード様に不快な気持ちにさせてしまい申し訳ありませんでした。」
座ったまま深く頭を下げるメルルにディードは困惑する。
「君に頭を下げられる理由は無いよ。」
「ですが、私のせいで不快な思いを重ねさせた事を謝りたくて。」
「それは君のせいじゃない。ただタイミングが悪かっただけ。」
「でも・・・。」
メルルはディードの顔を見つめる、彼の無理をして作った笑顔はどこかぎこちなく不安を与えるものだった。
そんな無理をして作った笑顔を見つめメルルはある行動にでる。
「ディード様少しお願いがあります。」
「様はやめてくれないのね、それで何?」
「手を貸して頂けないでしょうか。」
「手?」
メルルの意外な要望にディードは少し疑問になりがならも右手を差し出す。
その手をそっと左手で触れたメルル、そして次の瞬間彼女は自分の服をめくりあげディードの手を自分の胸に押し当てたのだ。
「ちょ、メルル!?」
「ディード様、少しお静かに。」
「は、はい!?」
慌てて引き離そうした手をメルルは強く握りさらに自分の胸に押し当てる。
ここでもしリリアとレミィが目を覚まそうものなら誤解しか生まれない状況下にいた。
だがメルルはそれでも手を付けたまま離さず胸を押し当てて来る。
「聞こえますか?この鼓動が。」
「鼓動?」
「私の心臓の音です。」
メルルの柔らかい胸の内から、刻々と流れる血脈を感じる事が出来たディードは少し落ち着く。
「私はこうして生きています。」
「うん。」
「今日トールの命を奪った事で私達はこうやって生きる事が出来ました。」
「・・・。」
「ディード様。奪う命がある一方、救われる命がある事を忘れないで下さい。そして奪った命を悔やむより、救った命を誇ってください。」
「メルル。」
救った命、それは勿論メルルたちの事である。
メルルはその事をディードに気付かせるためにわざわざ自分の胸を押し当て、そこに生命の鼓動がある事を知らせたかったのだ。
「改めて申し上げます。私達4人の命を救ってくださっただけじゃなく、食事もお風呂も分け隔てる事無く分け与えてくださった事、貴方の寛大な心に改めて感謝いたします。」
「メルル。」
「出来ればもう少しお世話してくださると嬉しいです。」
「そこは、今言わなくてもいいんじゃないかな?」
「いいえ、明日ディード様がここを立ち、必ず戻ってきてくださる事を忘れない様に改めてお願いしていますので。」
「・・・・プッ。」
メルルの率直な願いにディードは思わず笑いがこぼれる。
「ああ、わかった必ず戻って来るからここで待ってて。」
「はい、お待ちしていますね・・・・必ず。」
「ありがとう・・・・メルル。」
「いいえ、こちらこそありがとうございます。そしておやすみなさい。」
「ああ・・・お休み。」
ディードはそう言うと突如力が抜け落ち、ストンと眠りにつく。
これは羊獣人の能力である”安らかな眠り”という種族が仕える魔法だ。
対象の緊張を解し、安らかな眠りにつかせる技はメルルが得意とする魔法。
「メルル・・・その技は。」
「うん、エバ・・・・ゴメン。」
そう言い残すとメルルはディードの身体にのしかかる様に前を倒れ込む。
「彼女は大丈夫なのか?」
「あの魔法、確かに眠り着かせるには最適な魔法なんですけど・・・・。」
「けど?」
「使うと自分まで眠ってしまうんです。」
「それは・・・また。」
困惑するエバ、どう言っていいかわからないエルカーラ。
「あの私犬獣人で鼻が利くので、メルルの分までがんばりますので。」
「まぁ、ディード達を休ませる事に依存は無いわ、夜の見張りはメルルを除外して私達でやりましょう。」
「そうね。」
「まったく、あんな眠りにつかされる事になるとは思っていなかった。」
ディードは眠りにつくと住処へと移動してきた。
メルルの魔法に苦笑いを隠せないディード。トールの心臓を突き刺した感触よりもメルルの胸の感触が上回ってしまったのか、先程までの不快感感覚は何処か消え失せてしまっていた。
「なんつー羨ましい事を、2人の美女を侍らせて、挙句には奴隷の胸をモミモミモミモミとぉぉぉぉぉぉぉ。あああああ羨ましいぃぃぃ!?」
「・・・・え?」
住処にはファグとアイリス、そして先程から一人羨ましいと叫んでいる一人の男が居た。