155話 乱戦
「ディード、ここは先陣を切らせて貰うわ!見知った顔がいるの。」
そう言ってエルカーラが一人身を低くして単身駆け抜ける。
「無茶するな!?」
「乱戦の基本よ?フォロー頼むわよ。」
笑みを浮かべながら彼女はさらに一段身を低くして突進する。
彼女のが言う乱戦の基本、それは敵陣の中にあえて単独で突っ込み陣を乱す事。
乱す事により同士討ちを避ける為、敵は仲間に誤射しない為に遠距離攻撃や魔法の使用を避ける傾向にある。
槍や長物の武器も同じ傾向であり、互いに傷つけあわない為に距離を置く。
エルカーラはそれを狙い単身行動に出る。
ただし、彼女にもそれ相応の大きなリスクを背負う事になる。
飛んで火にいる夏の虫
そうならない為に彼女は奇策というべき行動に出る。
「来たぞ!?」
「なんだあの低い突進は?」
人の膝の少し上程度まで身を屈めながら突進するエルカーラ。
低い姿勢で突き進む彼女、そして不規則に左右へと移動し兵士達を惑わせる。
あまりにも低姿勢の突進に兵士達は反応が遅れる。
すれ違いざまに長剣を振り兵士達の防御の薄い足元を狙う。
獣の様な動き。それでいて彼女は体勢を崩すことなく兵士達の間をすり抜け目的の人物への元にたどり着く。
「そこの兵士2人、アッシュの取り巻きのダイサルとジュジュね!」
「なっ!貴様は?」
「久しぶりね、挨拶代わりにコレでも受け取って。」
周りの兵士達の攻撃をギリギリの所で回避し、目的の兵士2人にエルカーラの低姿勢からの斬撃が入る。
エルカーラに狙われた兵士達は槍を、盾を、前にしてエルカーラの斬撃を防ぎ切ろうとしたのだが彼女の長剣はいとも簡単に切り裂く。
「ぎゃああ!」
「うぎゃあああ!」
「打ち直して貰ったこの剣、切れ味は凄いわね。」
エルカーラの持っている長剣はディードが先日住処で打ち直した物。
影梟の魔石と露店で売っていたミスリル鉱石の一部を彼女の持っていた剣に合成して打ち直していた。
その長剣は硬く、折れずらい、その上影梟の魔石を取り入れる事によって、冷静さを保つ効果がある。
彼女が狂戦士化を少しでも遅らせる為に作られたエルカーラ専用の剣だ。
「何故貴方達が冒険者を辞めて兵士になっているの?あんなに兵士を小馬鹿にしていたのに?」
「て、てめえその話を知っているとは何者だ?」
「変装しているけどエルカーラよ。アッシュを黄泉の国へエスコートする為に舞い戻って来たの。」
「エルカーラだと!?おい!賞金首のエルカーラだ!金貨100枚の賞金首が現れたぞおお!」
エルカーラに腕を斬られ戦闘続行が著しく低下したダイサルが叫ぶ。
金貨100枚という言葉に兵士達はどよめきエルカーラに視線が集中する。
「やれ!こいつをやれば金貨100枚だ山分けだぞ!」
その言葉に釣られるようにエルカーラを大きく取り囲もうとする兵士の姿。
「やっぱり思った通りね。冒険者どもの寄せ集めの兵士か。」
「へへ、施設で一生男の慰み者になっていれば生きながらえたものの、ノコノコと姿を現しやがって。死ねえ!?」
「施設ね・・・。色々と話し聞きたいところだけど、まずは自分の浅はかさを呪いなさい。」
エルカーラはそう言うと低姿勢になり剣を水平に構える。
兵士は一斉に飛び掛かろうとする、だが彼女の後方に回った兵士は激しく前に吹き飛ばされ、前に居た兵士にぶつかる。
「な、なんだ!?」
「俺達を忘れて貰っちゃ困るな。」
ディードが風魔法である風球を兵士に当て吹き飛ばす姿が兵士達に写る。
それを皮切りにリリアが右側の兵士達を紅蓮の炎で足を焼き払い、左側からはライーザが飛び出し次々に腕を斬り、ディードの上をレミィが駆け巡る。
「エルカーラさん!?」
「了解よ!」
レミィの言葉に反応しエルカーラはレミィのやる事が分かっていたようにが即座にその場を離れる。
「2つの牙!?」
上空から一気に加工しレミィは大地に双剣を突き刺す。
地面からは2本の土の牙突如出現し、集団で固まっていた兵士達を吹き飛ばす。
一気に弾き出される集団に他の兵士達は攻めるのを躊躇う。
「何をしている!数ではこっちが上だ。数で押せ!?」
「魔法を唱えるから援護しろ!?あっちもそう何度も撃てるはずが無い。」
「それが撃てるんだよ。」
「ええ、魔法合戦なら負けないわよ。」
ディードとリリアの魔法が交互に飛び交う、右が炎、左が水の魔法で次々に攻撃していく。
「ディード、こいつらは冒険者上がりの兵士達よ。それに施設の事を知っている。殺す気が無いのなら、腕の1~2本切り落として完全に無力化しなさい。」
「わかった。」
エルカーラの言葉にディードは呼応し水の魔法を止め、殺傷能力の高い石魔法に切り換える。
「石よ!大地より産まれし小さな欠片よ、天より降り注ぎ敵を薙ぎ払わん!石雨!?」
上空より突如生み出された石が大雨の様に兵士達を狙う。
1つ1つ1つは大したダメ―ジでは無い。だがそれも数が揃えば脅威となる。
無数の石礫が兵士達に一気に降り注ぐ。
「痛だだだだだ。」
「ひ、火よ我が前にあああ。」
フードの男達は魔法を行使しようと詠唱を試みるが、ディードの石雨によって妨害され呪文を行使出来なくなる。
無理矢理無詠唱で使っている者も居たが、石雨の前に魔法はかき消される。
「今だ!?」
ディードの掛け声と共にレミィとエルカーラは一気見フードの男に達に詰め寄り、次々を腕や足を切り裂く。
その後ろをライーザとリリアが続き兵士達を無力化していく。
ざっと50人いた兵士は40人、30人となり、遂には戦闘開始からわずか10分かからずに半分へと数を減らす。フードの男達も次々と戦闘不能となって行く。
「なんだ!こいつらは!?Aランクの冒険者達か?」
「残念ね、Cランクの初心者よ。」
驚きを隠せず呟く兵士をリリアが剣で腕を切り裂く。
無力化されいく兵士達。
それを尻目にエルカーラは警戒を怠らずに最初に狙いを付けていた男達の元へ話かける。
「ダイザル、ジュジュ。貴方達に聞きたい事があるわ。どうして私が施設に捕らわれていたのを知っているのかしら?」
「へ、アッシュが面白おかしく吹いていたぜ。仲間に犯され、しまいには自分から腰振って喜んでいたってな・・・・ぎゃあああ!!」
悪態をつくダイサルの太ももにエルカーラの長剣が突き刺さる。
「そう・・・・アッシュがね。そしてどうして貴方達が兵士をやっているの?あんなに嫌っていたのに、答えなさい。」
突き刺した長剣を左右に捻じり込む、ダイサルはたまらず悲鳴をあげながら答える。
「ぎゃあああ!アッシュに誘われたんだあああああ。この街はもうすぐ駄目になるからってええ。」
「駄目になる?そう・・・アッシュは色々と計画を知っているのね。」
「そ、そうだ。だからこの剣を・・・。」
そうダイサルは言いかけた次の瞬間エルカーラの剣を素手で掴む。
彼女の側面にはジュジュが半分に斬られた槍を持ちエルカーラを突き刺そうと襲い掛かる。
「死ね、このアバズレ!」
「甘いわね。」
エルカーラの手に魔力が込められ剣に伝わる。
魔力を帯びた長剣は色を青黒く変化しする。
力任せにジュジュの方へと剣を振る。ダイサルの手は意図も簡単斬り分かれ、ジュジュの槍を、腕を切り落とす。
「ぎゃああああ!!」
「う、腕があああああ!?」
「五月蠅いわね。男でしょ、この程度の怪我で泣きわめかないで。」
前のめりになりその場に崩れたジュジュの肩を長剣で突き刺す。
ジュジュの絶叫が木霊する。
「ち、畜生!?女の分際でぇぇ。」
「女だからって甘く見過ぎよダイサル。そういう所がアッシュと似てて嫌いだったのよ。」
両手の指が斬り落ちてもなおエルカーラを睨みつける。
精一杯の虚勢を張るダイサルにエルカーラは問答無用に顎を蹴り気絶させる。
「少しは気が晴れたわ。残りはやっぱり本人に晴らして貰わないとね。」
エルカーラはディード達に視線を向けようとするが、不意に入って来る大きな影に咄嗟に飛びのく。
「ふっ!?」
「ほぉ、Cランクの割にはよく動けるな。エルカーラ。」
「貴方はBランクのガジー。」
「おお、覚えてくれていたかエルカーラ。会えて嬉しいぞ。そして金貨100枚は俺の物だ。」
同じ兵士の装いだがその手に持つ物は、鉄球に棘が付いている武器モーニングスター。
だが鉄球は3個ついておりかなりの重さを感じるだが、ガジーはそれを物ともしなかった。
「ガジーさん助かった。」
「ああん?別に助けてねえ・・よっと。」
痛みに耐えジュジュは援護に来たガジーの顔を見て安堵する。
だが彼は、ジュジュをそこら辺にいた蟲を払うかの如くモーニングスターを振り抜いた。
彼の目には鉄球が目の前に迫る、ジュジュは訳も分からずにその鉄球の餌食となる。
「ガハハハハ。こうすりゃ金貨を山分けする必要無いだろう。」
「相変わらず品の無い笑い声ね。」
「品が無くても生きていけるからな。一応顔だけは攻撃しないでおいてやる、大事な金貨100枚の顔だしな、がはははは・・・死ねぃ!?」
ガジーのモーニングスターがエルカーラを襲う。
「音速の炎!?」
「ぎゃああ!」
兵士の肩を音速の炎が貫き後ろにいるフードの男をも攻撃する。
威力を落としてあるとはいえ、リリアの魔法は殺傷能力は高い。
「あの女を狙え!?」
「させるかよ!」
ディードの水平に撃たれた氷球が兵士達を襲う。
「レミィちゃん!」
「はい!?ディードさん。」
兵士の頭上からレミィのかかと落としが撃ち込まれる。
上空から来る不規則なレミィの攻撃、兵士達はなれない上空からの攻撃に対し、対応に遅れ防戦となる。
そこに注意を向ければディード達の魔法の餌食となり、そっちに注意を引けばまたレミィの上級からの攻撃を受ける事になる。
まさに一方的な展開だった。
ディード達と乱戦を開始してからさらに5分後、青い屋根のテラスには一人のメイドの姿ある。
褐色の肌で薄紫の髪のスネアだ。
「おーおー面白い事になっているな。私もまぜてーなー!?」
右手には大きな金棒、左手には女性の上半身が掘られた石造、それを支柱ごと持ちながらテラスからディード達がいる場所へと飛び込む。
「ディードさん上!?」
「リリア!避けろ!」
「ちょ!?何アレ!」
3人の間を割るようにスネアは飛び込んできては石造を叩きつける。
「お待たせ!?楽しそそうなお祭り、ウチも混ぜて欲しいな。」
身の丈に似合わない両手の武器を携え、小柄の少女は微笑む。