第149話 夜空を翔ける
路地裏の小さな場所で一組の男女が求め合う。
「ディードさん。んっ・・・。」
ディードの首に腕を絡め正面からレミィは自らの唇を押し付けキスをする。
レミィはディードとの身長差をなくすため自らのスキル兎の盾を駆使し、宙に浮きながらディードに口づけを交わしている。
そのいじらしい姿がとても可愛く思え、彼女の白く触り心地の良い兎耳をつい撫でてしまう。
甘い声が微かに漏れる・・・そのまま押し倒した衝動に駆られるがここは路地裏であり、本来の目的を思い出しレミィを片腕で優しく抱きしめる。
もう片方で彼女の双頭狼の皮鎧に手をかける、すると彼女の皮鎧は一瞬の内に姿を消しアイテムボックスへと収納される。
皮鎧が収納されると、そこから全身黒のボディースーツが露呈される。
これは先日の夜に襲ってきた夜馬の皮を素材にして作ったスーツ、夜馬の服だ。
その持ち味は単品の防御力は蟻兵士のより劣るが、漆黒の皮は薄く伸縮性に富んでおり重ね着を可能とする。
また夜馬のという名の通り暗闇に融け込みやすい性質を持っており、隠密行動に最適な装備だ。
黒いボディースーツが露見されるなか、ディードはレミィの肩を軽く叩く。
レミィは少し名残惜しそうに顔を離すが、目が合った瞬間少し照れたように微笑む。
「もう終わりですか?」
「名残惜しいけど本来の目的は広場への偵察だからね。それに着替えも終わっているしね。」
レミィは自分の装備を確認する。先程までの白い双頭狼の皮鎧は無くなり、全身黒いボディースーツになっている。
「真っ黒ですね。私のツインファングにも革の鞘が施されているんですね。」
「うん、真っ白だと流石に目立つからね。レミィちゃんの髪も目立つから今度は何か考えようか、今はこれを。」
アイテムボックスから取り出したのは、夜馬の革でレミィの兎耳を覆い隠すように作ったフードだ。
彼女はそれを受け取り被ると全身黒い装備に覆いつくされる。
「それじゃそろそろ空の偵察と行こうか。」
「はい。」
レミィは兎の盾で家の屋根まで跳ねるように駆け上がり、ディードは両足から風魔法の風圧を放ち空へと駆け上がる。
屋根から屋根へを足場を確認しながら渡るディードに対しレミィは、必要な時にだけ足場に兎の盾を使い危なげなく移動している。
その様子は熟練の冒険者の様な動きであり、時々こちらに顔を向け笑顔を見せる余裕さえある。
屋根の上を不自由なく駆け抜ける2人はあっという間に広場の手前までたどり着き、そこからさらに高く上昇し近隣の建物より3倍近くの高さから広場を見下ろしている。
広場の中央に鐘が見えその東西南北に小さな櫓が立てられており、その中には何かを祭るような場所があった。
そして鐘の隣には同じ位の高さの台が設けられており、多数のゴーレムがが未だに作業をこなしていた。
「かなり大掛かりな作業ですね。」
「うん、鐘の隣にある高台は演説台なのかな?それとも他の用途があるのかかなり広く作られているね。」
「それも気になりますけど4つの櫓も気になりますね。何か良くない雰囲気が漂っていますし。」
夜を徹してまで急ピッチで作業に取り掛かっているゴーレム達。
それを管理する数人の術者達は全員がフードを被っておりその容姿をはっきりと見せないでいる。
「どう思いますディードさん?」
「この時間帯までせわしく作業をしている所を見るとかなり完成を急いでいるようだね。しかも街の人には嘘をついてまでの作業だと危ない物にしか思えないね。」
「ですね、やっぱりライーザさんと合流して話を聞いた方がいいかも知れません。朝、合流して・・・ん?ディードさん誰かが追いかけられています・・・あそこ。」
レミィが指差す方向にフードを被った人物が兵士の集団に追いかけられている。
「盗賊か?」
「いえ、少し違うようです。兵士の声から『偽物』や『なりすまし』とか聞こえてきます。追いかけられている方も・・・あれ?この声?」
レミィは耳に意識を集中させ追いかけられている人物の声を聞き直す。
「・・・だから・・私が本物・・・だと・・・言っておるのだ。」
「そんな戯言をいつまで言うか!この逆賊め!何としてでも仕留めてやる。」
「・・・くっ。」
「・・・ディードさん!逃げている人はライーザさんです。」
「なんだって!?」
レミィの声にディードは驚く、ライーザはこの街でスカーレット騎士団の副団長を務めており顔も広い。
その上彼女は容姿も整っており、かなり特徴的な彼女を見間違える事は無いはずなのだが、兵士達からは必要に偽物と捲し立てられていた。
「洗脳か?」
「可能性はありますが、ますはライーザさんを助けましょう。」
「ああ!急ごう!」
ディード達はライーザの方へ空を翔ける。
(くっ・・・きついな。)
ライーザは追いかけて来る兵士達の投擲や魔法を避けつつも反撃などをせずに逃げ回っている。
(私が本物なのにどうして・・・城に私が居たのだ?・・わからない。それよりも早く、一刻も早くディード殿に会って・・・)
考えながらも逃げるライーザに執拗に追いかけて来る兵士達。
何度も説得を試みようと声を掛けるが、全く会話に応じて貰えない。
(このまま城に戻る事は出来ない、引き離してからディード殿たちに会って助力を求めるしか・・・しかし。)
思い悩みながら逃げ回る。ライーザは既に彼に世話になっている。
その上に対価も支払わずに更に助けを求めるなど騎士として恥じるべき行為と思っているからだ。
しかし現状この窮地を打開出来るにはディード達しかいないとライーザは心に思う。
そんな考えを巡り張らせている中、視線の先に兵士達が待ち伏せをしており彼女のは挟み撃ちにあってしまう。
「偽物めー!覚悟ー!」
「くっ!仕方が無い。許せ!」
逃げる足を止めない所か刀を抜き更に加速するライーザ。
視線の先にいる兵士達を攻撃に止まる事無くすり抜け様に数人を峰打ちにする。
強引に通り抜けるライーザ、だが遠くからさらに増援の声が聞こえてくる。
(まずい、逃げ回っている内に追い付かれたか?)
振り切る為にさらに加速するか、どこか逃げ隠れる場所を探そうかと悩む。
『こっちだライーザ!そこの路地に逃げ込こめ!』
「この声は・・・いや念話か!」
渡りに船と言わんばかりにライーザは小さな路地へと逃げ込む。
路地に入った瞬間ライーザの視界は突如遮られてしまう。
「こっちに逃げ込んだぞ!追え決して逃がすな!」
ライーザが入った路地に遅れる事数秒、兵士達は次々と小さな路地へと入り込む。
「追い詰めたぞ!」
「・・・・ん?」
「なんだ貴様は!」
「それはこっちのセリフなんだけど?」
路地に入るとそこには一組のカップル。
ディードと一人の黒い狐の獣人が抱き合いながら唇を重ねていた。
「集団で覗き見かい?さすがにそれは兵士としてどうかと思うけど?」
「誰がそんな事をするか!?おい貴様、ここをフードを被った奴が通らなかったか?赤髪の人間だ。」
「いや、どうやってこんな所を?折角2人っ切りで良い所だったのにさ・・・ねえ?」
その路地裏は人が2人通れるか否かの狭い道、荷物やゴミが転がり人が通るには時間が掛かる。
「本当にここに人は通って無いのだな?」
「通っているなら気づくでしょ?ここなら・・・ねぇ?」
黒い狐の獣人は黙って頷く、兵士はしかめっ面でその女性を伺うと、小さく息が乱れ甘い吐息が漏れているのに気づく。
それは先程までディードとの楽しい時間を交わしていたと思わせる程彼女の顔は艶に満ち、赤く熟れた果実のような唇は濡れており淡く輝く。
「こ、こんな所でイチャつくんじゃない!宿へ行け!宿へ!」
「たまには外もいいと思ってね。だけど盛り上がって来た所に集団で覗かれると・・・案外いいのかもね。」
ディードは少し笑いながら彼女を抱き締め、頬へ首へと口づけをする。
その仕草に獣人の女は感じたのか尻尾が垂直に立つ。
「ええい、ここじゃない何処へ行った!」
「探せ!まだ近くにいるはずだ!」
兵士達は踵を返し他の場所を探しに出る。
するとすぐ近くの物陰からフードを被った人物が飛び出て来て先程来た道とは別の方へと走り出す。
「いたぞ!あそこだ!」
「追え!追え!逃がすなー!」
兵士達は目的の人物を見つけたか、集団で追い掛け回す。
「行ったか?」
兵士が居なくなったのを確認しホッと胸を撫でおろすディード。
「もう大丈夫だよ、ライーザさん。」
「す、すまない・・・助かった。」
抱き締められ腕の中に要る人物はライーザ。
ディードはライーザを路地裏に呼び寄せ抱きしめキスをしながらライーザの装備を強引に変えていた。
それはエルカーラが変装用に使った獣人セットのもう1つだ。
「ごめんね強引にこんな事をして。」
「い、いや最初はビックリしたが、念話で説明されていたのでな。」
「レミィちゃんが引き付けてくれている間にここを離れよう。」
「レミィ殿は大丈夫だろうか?」
「大丈夫。レミちゃんのスキルは便利だし、いざとなれば空に逃げる事が可能だからね。」
「そ、空?」
路地裏に潜んでいたディードとレミィはライーザのフードを剥ぎ取ると、即座に空へと駆け上がり、囮となるべくタイミングを見計らって兵士達の前と駆け出したのだ。
「そうか、重ね重ね本当にすまない。」
「気にしないで、どうせ乗りかかった船だし。それに聞きたいことがあるんだ。」
「聞きたい事?」
「うん、広場の鐘の事なんだけど――」
「おのれ偽物め、先程からちょこまかと!」
レミィは兵士を引きつけつつ時間を稼ぐ。知らない路地を駆け抜け兵士達を引き離そうとしていた。
レミィはこの地に利は無いが、彼女のスキルである兎の盾が逃走に役立つ。
逃げ様足元に兎の盾を設置すれば、先頭を走っている兵士は躓き倒れる。
そこへ雪崩れるよるように兵士達が来ればドミノ倒しとなりのは必然。
足元に警戒をしている所に今度は彼女の頭上辺りに兎の盾を展開すれば、闇の中にある透明な盾を兵士達は避けられるはずも無く激突してしまう。
さらに彼女は小さな道に入る際速度を落とさない。
兎の盾を使いながら曲がり速度を落とさずに小道や悪路すらも駆け抜けられるのだ。
そうして一人、また一人と兵士達は体力切れで脱落していく。
(そろそろいいかな?ここで引き離そうかな。)
レミィは広場近くの通りまで来ると速度を落とし兵士達をひきつけ路地へと入る。
「馬鹿め、そこは工事中で行き止まりだ!」
意気を荒くしながらも気炎を吐く兵士達は最後の力を振り絞るかのように路地へと入り込む。
そこにはフードを被った人物が慌てているのを兵士達が見逃がさず一斉に飛びついた。
ドスンを大きな音を立て倒れ込む。兵士達はフードの人物の動きを止めようと殴りつける。
だが・・・
「ぎゃああああ!」
「いってええええ!」
そこから聞こえてくるのは拳を抑える兵士の悲鳴。
生身の人間を殴ったはずなのに、その衝撃は何倍も自分に跳ね返ってきた。
拳を砕く者、指が折れなく喚く者が居る中、兵士の一人がフードを剥ぎ取る。
そこには作業中のゴーレムが兵士達に押し倒され目から光りを失っていた。
「な!ゴーレム。いつの間に!?」
「ここは袋小路だぞ!探せ!?」
慌てた兵士達はあちらこちらへと散らばる。
その様子を上空から見ていたレミィ。
(ごめんねさいゴーレムさん。丁度背丈が同じぐらいだったのでフード被せちゃいました。)
彼女は心の中で身代わりにしたゴーレムに向って謝罪しディード達の身を案じ夜空を駆け抜けていく。
兵士達が居なくなった袋小路、2つの赤い光を放ちゴーレムは再び起き上がる。
辺りを見回すゴーレムは先程までの機械的な動きとは違い、どこかぎこちなく動く。
「ここは・・・・どこ?」