第148話 広場へ
鐘の音は街全体に響き渡り、音色を聞いた人々は動きを止める。
やがてその瞳から光りが消え街の人々はその場で鐘の音がする方角へと無意識に身体を立ち尽くす。
まるで何かを待つかのように。
ようやく音が止み、頭痛が止まるのを確認したディードは自らを囲っていた石獄を解除する。
頭痛こそ消えたが思考は重く、睡眠不足の時の思考のような気だるさを感じる。
それでもディードはアイテムボックスから夢酒を取り出し一口飲む。
重く鈍くなっていた思考は一気にクリアになり正常な思考へと戻る。
全員分の夢酒を注ぎながらディードはリリアに問いかける。
「リリア、さっきのは古代魔法に似てると言ってたな。」
「ええ、鐘の音の波長に合わせたかのように言語魔法の波長も波打って来たわ。頭痛がしたのはそれに抵抗したからよ。」
「それで、さっき聞いた話だと古代言語魔法は音にかき消されるんだったな?」
「ええ・・・だから廃れた魔法だったのに・・・一体どうなっているの?」
彼女自身も訳が分からないと困惑気味であり鈍い思考で頭を悩ませている。
夢酒を注ぎ終わり次々に渡してくディード。
「取りあえず夢酒を飲んで。」
「ありがとう。」
3人共夢酒を飲み一呼吸置くと、鈍かった思考が取れたようで正常に戻って行くのを感じホッと胸を撫でおろすディード。
「エルカーラ、この鐘は昔からあるのかい?」
「無いわ。あんな頭痛のする鐘なんて・・・少なくても私が冒険者をやっていた頃にはまだ無かったわ。」
「そうか・・・街の住人はどうなっているんだ?」
「さすがにそこまでは分かりませんね。」
「だよね・・・とりあえず宿の人ならこの鐘の事を知っていると思うから聞いてくる。」
宿の従業員や町の人間に話を聞く為にディードは部屋を飛び出す。
すると運良く階段の所に頭巾を被ったふくよかな女性が、燭台を持った状態で何やら窓を見つめ人形に様に動かないでいた。
丁度い所にと思い、ディードは声をかける。
だが何やら様子がおかしかった。
「すみません。さっきの鐘の事なんですけど?」
「・・・・・・」
「あの~?もしもし?」
「・・・・・」
声をかけても微動だにせずに立ち尽くす女性にディードは不安感を感じられずにはいた。小さく何かを呟いている様に見えたが、ディードには聞こえなかった。
目の前で手を振っても声をかけても動かない、まるでそこだけ時間が止まっている様にさえ感じる。
そして不意に視線を落とし窓の外から見えた光景にディードは驚きを隠せない。
宿から面した通りは比較的人通りが多い所で、人が多数いるのだが誰一人とりて動いておらず鐘の方へと顔を向け止まっていたのだった。
(これは!?)
ディードの不安感はさらに強まる、そして脳裏にある光景が浮かんで来た。
それはライーザの洗脳状態の姿だった。
「すみません!?」
慌てたディードは女性の肩を掴む、するとそこから時が動き出したかのように女性は驚きの声を上げ動き出す。
「きゃぁ!?」
「うわっ!?」
「え!?なんだい?あんたイキナリ?」
「イキナリって・・・さっきから声をかけていたんだけど?」
「そうなのかい?すまないね。少しボーッとしていたみたいだね。何か用かい?」
「あの鐘の音なんだけど、あれっていつ頃出来たんですか?なんかあの音を聞きと調子悪くなるみたいでね。」
「ああ、魔物避けの鐘の事かい。あれならたしか一月前だったかねぇ?。最初は頭が痛くなっちまうんだけど、その内慣れるよ。あれのおかげで魔物が入ってこないありがたい鐘なんだ。」
「そうなのか・・・ありがとう。」
礼と言うとディードはそのまま部屋へと戻る。
「あれ?どうしたんですかディードさん?」
「・・・ディー何があったの?」
様子を見に行ったディードが直ぐに戻って来るのを不思議がるレミィに対し、リリアは即座に何かがあったと感づき真剣な面持ちで問いかけて来る。
ディードはすぐそこであった事を包み隠さず説明する、その事に3人は驚きを隠せないでいた。
「そ、それじゃ街は洗脳状態になりつつあるって言うの?」
「ああ・・・まだ完全じゃないけど、ゆくゆくはこの街の住民全員を洗脳し操るかもしれないな。」
「そ・・・そんな。」
「なんなのそれ・・・あり得ないわ。この街は大きな城壁に囲まれていて、今まで魔物なんてまともにはいった試しがないもの・・・どうなっているの?」
ディードの話を聞き、各々がそれぞれ驚きを隠せないでいる。
「これを設置したスカーレット家に話を聞くべきだと思う。まずはライーザから話を・・・・って思ってたけど。」
「けど?」
「多分彼女は知らないだろうな。」
ライーザの性格と言えば情に厚く、正義感のある一本筋の通った騎士。
逆に悪く言ってしまえば、融通の利かない猪突猛進タイプだ。
だから人の命を弄ぶ様な実験に関わっているのは考えにくい。
「・・・でしょうね。あの性格だから知っていれば止めに入ったでしょう。そうなればあの性格の悪い兄が関わっているのが妥当だと思うわ、それにその母親も・・・。」
「可能性はあると思います。でもすぐに犯人と決めつけるには少し早いかも知れませんね。」
「だね、出来れば彼女と合流して話を聞きたいけれど・・・取りあえず鐘を見に行こうかと思っている。レミィちゃん一緒に来てくれる?」
「はい!?ディードさん。」
「ん、今度は私が留守番ね。エルカーラとここで待っているわ。」
「すまないな、ならべく早く帰って来るから。」
ディードはそう言うとレミィと一緒に夜の街へと歩き出す。
宿を出て広場へと向かう2人、先程の鐘の音の事などまるで何も無かったかのように人々は行き交い喧噪が聞こえてくる。
上機嫌のレミィはディードの腕を絡め手を繋ぐ、所謂恋人繋ぎであり身も半分ディードに預けるようにして歩く。
その仕草が可愛く思えたディードは時に何も言わずにただ真っ直ぐと広場へと向かう。
「えへへ。」
「どうしたの?レミィちゃん。」
「いえ、ディードさんとこうやって2人きりで手を繋いで歩くだけで嬉しくて。それに・・・。」
「それに?」
「ディードさんが大切な人って言ってくれたのが嬉しかったので。」
先程ディードが言った事が余程嬉しかったのか、頬を赤く染め満面の笑みを見せる。
「そりゃ勿論大切な仲間であり、恋人でもあるからね当然だよ。」
「ふふ、面と向って入れれると少し恥ずかしいです。」
自分の事を大切に思ってくれてる人がいる・・・家族、村、友人と拠り所を一気に失ってしまった彼女にとってディードとリリアという存在は、例えこの身が尽き果てようとも守り抜きたいと思っている。
ディードの”人を殺す覚悟”を聞いた彼女もまた密かに覚悟を決めていた。
だから少しの間だけ、ただほんの少しの距離を2人きりで手を繋いで歩くだけでも彼女は幸せを感じ大切に思うのだった。
中央の広場につく手前、ディード達は少し変わった光景を目にする。
天幕の内側では作業中のゴーレムが目を赤く光らせ作業をしているのだ。
複数の光が天幕に光を浴びせる様は、一見幻想的な光景とも思えるのだが、逆に獲物を探し彷徨う猛獣にも思える。
そしてその周囲には青い鎧を身に纏った兵士達が警備をしていた。
その兵士の一人が剣に手を掛けている状態でディードに近づき話しかけて来る。
「・・・何者だ。広場は現在工事中の為これ以上は近づくな。」
「そうなのか、俺達は今日この街に来たばかりでな、こうやってデートがてら街を探索しているのだが、うまい酒が飲める店と、冒険者ギルドがあったら教えて欲しいんだが?」
ディードはレミィと繋いでいる手を兵士に見せつけ、微笑みながら見せつける。
それを見た兵士は少し面白くない顔でぶっきらぼうに話す。
「冒険者ギルドはこの広場に奥にある。しかし今は時間外だから明日にもでも出直せ。酒は宿でもでるだろう、今来た通りを引き返せば宿はあるから大人しく引き返せ。」
「ん~そうか。やっとの街に入れたと思ったのに・・・今夜は大人しく宿を取ろうか。」
「そうですね。私も疲れましたので今夜はもう宿を取りましょうか。」
「だね。ありがとう今夜は寝るとするよ。」
ディード達は兵士の素直に聞き入れ来た道を戻ろうとする。
それの様子を見た兵士は少しホッした様子で溜息をもらす。
「そう言えば、この工事って何を作っているんですか?」
「明後日の除幕式まで工事の内容は秘密になっている。だからもうさっさと行け。」
シッ、シッ、・・・とまるで野良犬か虫を払うかのように兵士は手首の返しだけでディード達を追い払う仕草をする。
その仕草に少し呆れつつもディード達は素直に引き返す。
「レミィちゃんどうだった?」
「目て見てないとはっきりとは言えませんが、ゴーレムは少なくても6体、天幕の内側に兵士もいました。正面から流石に無理ですね。」
「そうか・・まぁそんな事だろうと思ったよ。路地裏に行こうか。」
「はい・・・アレの出番ですね。」
ディード達は人気のない路地裏へと向かった。