第147話 夜の鐘
レミィとエルカーラの寝室にて現在4人は夕食を取っている。
赤子がいるので迷惑をかけるからこっちに運んできて欲しいと、宿の人に頼み代金を支払い運んできてもらっている。
実際にはエルカーラを人目につかせない様にするための措置だ。
「それで、レミィに呼ばれるまで寝ていたと?」
エルカーラは少し呆れ気味にディードとリリアを見つめる。
2人は顔を赤くしながら黙って頷き夕食は取っている。
本来ならあの広場を通り過ぎゲートウォールのギルドへ行き、エルカーラの事調べる手筈だったのだが、アッシュの事で宿に戻ってきてしまい2人で愛を語らいだ後、眠ってしまっていたという訳だった。
「まぁまぁ、エルカーラさん。明日でも問題ないわけですし。」
「・・・わかっているわ。私の事はついでだしね。」
レミィがエルカーラをなだめるように諭す、エルカーラ自身も自分の事は気にもなるが、それ程重要視してはいなかった。要はやっかみである。
「お熱い事もいい事だけど、そろそろ話をしましょう。ゴーレムの話よね?」
「ああ、どのくらい前から居たのか知っているか?」
「私が捕まる前には確か・・・いたと思うわ。当時最新式のゴーレムを開発したと話題になっていたのは記憶にあるもの。」
「そうか・・・。」
エルカーラの答えにディードの表情は曇る。
「そのゴーレムなんだがな・・・・。」
これまでの事からディードはゴーレムの中身は人間ではないか?という事を語る。
勿論リリアが魔族であり魔族の古代言語魔法と言う事はエルカーラには話していない。
「・・・・そんな。」
「・・・なるほど・・・ね。」
レミィは信じられないという表情で、エルカーラは目を閉じ深くため息をつく。
「でもディードさん。なぜ人間をゴーレムに使うんですか?」
「簡単に言ってしまえば、術を理解出来て安易に手に入るのが人間ってとこなんじゃないかな?魔物だとまず言葉を理解させないといけないし・・・・。」
「それで次に誘拐しやすい子供を狙ったわけか。」
「次に・・?最初があったのか?」
エルカーラが我が子を片手で抱きならが料理を口にする。
食べながらも時折我が子を視界にいれては穏やかな表情を見せる。
「子供が誘拐される前、ここのスラム街の人間が忽然と姿を消した事があったの。最初は仕事に就いて何処かに行ったのだろうとか、住処を追われただけだろうとか、他の街に行ったのだの色々と言われていたわ。でも人はドンドン減っていって・・・多分。」
「ゴーレムの実験材料にされていた・・・?」
「恐らくね・・・その次に子供達の誘拐が始まったのだから、材料が不足し狙ったかも・・・他の狙いがあったのかも知れないけど・・・。」
「しかし子供か・・・。」
スラムの人間を最初に狙ったのは事件に発展するまで時間がかかるからだ。
夢に破れ、生きる希望を失った者達が集まり集落をつくる場所スラム街、人頭税を収める訳でもなく職につく事も少ない彼等には街の厄介者とされる。
彼等もまたその事を良く知っており自分達のいる場所から動く事は少ない。
そんなスラム街の人間が1人2人いなくなった所でギルドに相談や依頼、憲兵達に話を持って行くという事はない。
スラム街では1人や2人の人間が減ったとしても左程問題はなかったのだ。
だが、人数もかなり減って行けば嫌でも異変に気付き警戒される。
複数で行動され狙いが定めずらくなり
そこで次に狙いやすい子供に目を付けたのだが、もう一つ理由もあった。
それは魔力の問題だ。
子供の内は体内の魔力は少なく、外部からの魔力に影響されやすい。
順応性が高く魔力の質の変化にも対応しやすいのが子供の特徴である。
しかし子供とて無限にいるわけでは無い、子供を狙えば当然騒ぎになりやすく憲兵やギルドにも仕事としても扱われる。
ある程度のリスクを犯しながらも子供を集めたのはゴーレムの研究が最終段階、実用段階まできたという事だった。
だが、ディード達は当然そんな事を知る由もない。
エルカーラの言葉を聞き、ディードは深くため息をつく。
やがて何かを意を決した表情となり隣のリリアを見つめる。
彼女は黙って頷き笑顔を見せる。
その表情に背中を押されるようにディードは口を開く。
「俺はこの事件を止めたいと思う。これ以上の悲劇は生み出したくないんだ、リリア、レミィちゃん協力してくれるかい?」
「勿論です、ディードさん。どこまでもついて行きます。」
「言うまでもないわ・・・・止めるわよ。」
「2人共ありがとう。」
ディードは2人に軽く頭をさげる。
隣にいたリリアはそんなディードの片手を取り自分の手と合わせる。
レミィも同じくディードの反対の手を取り自分の頬に手を当てている。
そんな2人に言動に嬉し恥ずかしながらも笑みがこぼすディードだったが、目の前にいたエルカーラが今にも砂糖を吐き出しそうな顔をしていたので軽く咳ばらいをし仕切り直す。
「お熱いようで・・・・。」
「あ・・・ははははは。」
「まぁいいわ。貴方はその笑顔を最後まで守り抜きさい。」
「勿論だ。その為の覚悟も決めた所だしな。」
「覚悟?」
「人を殺す覚悟。」
「――――!?」
一呼吸おいてディードは言葉にする。
これまでの事を考えると、この先穏便に済ませる方法はほぼ無いだろう。
時には武力で相手に立ち向かわなければならない時が来る。
先程までの和やかな雰囲気の笑顔から一変、真剣な表情のディードにレミィは驚き一瞬身を強張らせる。
「ディードさん?」
「レミィちゃん。大事な人を守りたい、失いたくないから行動に移す。別に率先的に人を殺めるという訳じゃない。ただ、戸惑って大事な2人を失いたくないからね。」
リリアとレミィを交互に見なつめながらディードは言葉にする。
彼にとって今大事な者とは、両隣にいるリリアとレミィの2人の事。
そんなディードの決意に、レミィは嬉しく瞳を潤わせる。
何よりも彼に大事な者として見られている自分が嬉しかった。
「そうか、覚悟をね・・・」
「ええ、エルカーラさんも覚悟を決める時、苦労しましたか?」
「私達はそれでパーティーを解散する寸前だったのよ。」
「解散ですか。」
エルカーラは少し視線を逸らし過去を思い出しては遠い目をする。
「切っ掛けは盗賊の討伐だったわ。私達は5人のパーティーで盗賊を討伐したわ。その時に1人は罪悪感からくる良心の呵責に悩まされ、次の日にパーティーを抜け冒険者を辞めたわ。そこから歯車が狂ったのかも知れないわね。パーティーでの言い合いが1月続いたの・・・。これかも人を殺す仕事をやるかやらないか、魔物だけを討伐してランクを上げないって手もあったわ。でも結局は話せば話す程溝が深まり解散を決意したの。その時、最後にこの依頼をこなし大金を手にして解散しようって事になってね。それが子供の誘拐による調査だったのよ。」
商人や街、村などの備蓄、女、家畜などを奪う盗賊は、人権などは無く魔物と同類の扱いをされる。
例え命を奪っても咎められる事は無く、逆に懸賞金などが掛けられている場合は賞金が支払われる事もある。
ギルドはCランク以上から盗賊の討伐依頼を仕事として回してくる。
これは商人などの護衛依頼として盗賊などの対人戦を想定しており、護衛対象を守る為に相手の命を奪う行為が出来るかを試している。
いざという時に護衛対象を守り切れなくて死なせてしまってはギルドの沽券にもかかる事であるからだ。
「人の命を奪う事は難しい事じゃない、心臓にナイフ1つ刺されば簡単に奪う事が出来る。でも相手の人生を・・・その人の背後のいる人達の人生を狂わせるかもしれない、 そう考えると戸惑ってしまうわ。
でもね、だからってこちらの命を奪おうとして刃を振るって来る相手に話し合いで解決しようだなんて無理な話なのよ。
相手は会話がわかる程度の魔物ととらえた方がいいわ。
だから殺られる前に殺る。これが鉄則よ。
まぁ仲間に裏切られ、死にかけた私が言うのもなんだけどね。」
少し自虐気味にエルカーラは笑う。
だがその言葉は3人にとって重みのある言葉に感じた。
「ありがとう、冒険者の先輩の言葉として心に留めておくよ。」
「そんな大した事は言ってないんだけどね。まぁ素直に聞いてくれたのは嬉しいわ。」
夜も更け少しだけ歓談が続いた後、ディードはふとライーザの事を思い出す。
「そういえばあっちはどうなったんだろうな・・・・?」
「明日の朝には命を受けた兵士か、直々に宿に来るんじゃないかしら?流石に知らんぷりはしないと思うけど。」
「でもあの兄が金を出し渋って中々こっちに来れないかもしれないな。」
「・・・・あり得ますね。」
「あり得るわね。ディーそうしたらまたぶん殴ってやりなさい。私が許すわ。」
「やめてくれ、ここはアイツの領地だ。殴ったら問題どころじゃ済まされないよ。」
「・・・君達は何気にとんでも無い事をしているんだな。」
「あ、あはははは。」
エルカーラはリリアの言葉を聞き驚きの表情を見せる。
仮にも領主代行を殴ったとなれば問題どころでは済まされない、しかしエルカーラにはリリアの言葉に嘘を感じられなかったので驚く。
「領主代行もそうだけど、あの広場にいたアッシュアッシュって奴にも困りものよね。いきなり口説こうとするし。」
「ああ、俺が隣にいるのにも関わらずにふてぶてしい奴だったな。」
「でも、その直後に宿に戻って来たわけですから・・・結果的には2人の仲が深まったと思えばいいんじゃ――――。」
「レミィちゃんその話はやめてお願い、恥ずかしくて――――。」
レミィの言葉を被せるようにリリアは口止めをしようとした時、不意にエルカーラから立ち上がる強烈な殺気を感じ3人は驚愕する。
「エルカーラ?どうしたのそんな殺気を立ち昇らせて・・」
「今、アッシュと言ったか?」
「ええ、軽い感じで人の事を食事に誘おうとする嫌な感じの男だったわ。知り合い?」
「その男は・・・私の・・・私の復讐相手だ!」
エルカーラがさらに強い殺気を放つ、その殺気に気圧されたのか赤ん坊は火が付いたように突如泣き出す。
「エルカーラ!その殺気を抑えて赤ちゃんが可哀そうよ!?」
「――――!?す、すまない。」
慌てて殺気を押し込めるエルカーラ。泣き止ませようを我が子をあやし始めたのだが・・・
突如夜の静寂を打ち破り鐘の音が鳴り響く。
その直後、その場にいた4人に電流が走るような強い痛みが頭に駆け巡る。
頭の中を黒い何かが駆け巡り、思考が出来なくなるような感覚に捕らわれその場に蹲ろうとする。
「ぐぅ・・・」
「何これ・・・」
「くっ・・・い、石獄!?」
ディードは即座に自分達のいる部屋全体を石の壁で覆い音を防ぐ。
部屋全体を覆うだけの石壁であったが、防音効果は即座に現れ強い頭痛は無くなり徐々に思考がクリアになって行く。
「この攻撃はなんだ?」
「分かりません。突然時間外の鐘の音がなったと思ったらアレです。」
「ディー!これ、古代の言語魔法にかなり似ているわ!」
「なんだって!?」