第145話 ゴーレム
「でぃ・・・どぉ・・・・」
低い怨念の籠った様な言葉がゴーレムから発せられる。
そのゴーレムはディードとリリアに向って真っ直ぐと歩き、赤い目を光らせながら徐々に速度を上げて来た。
「ちょっ!ディー!!あのゴーレム喋ってるわよ?知り合い?」
「んな訳ないだろ?自慢じゃないが、村の外で金髪の美女を助けるまで村以外の人と話した事無いんだから。」
「奇遇ね、私も黒髪のハーフエルフに助けて貰うまで、城で引き籠ってたからこんな知り合いはいないわよ?」
心当たりのない2人、しかし向かって来るゴーレムは2人の会話など気にせずにこちらに向かい拳を振り上げて来る。
「取りあえず距離を取ろう、無理して壊すと後が面倒そうだ。」
「そうね、出来ればどこの誰かさんか話を来てみたいけどね。」
「ゴーレムにそんな機能が付いてたらおかしいだろ?」
「言葉を離せる時点で既におかしいわよ・・・。」
「・・・おま・・ら・・・のせ・・い。」
「「キャアアアアア、シャベッタアアアア!」」
意外すぎるゴーレムの反応に2人は声を揃えて叫ぶ。
癪に障ったのかゴーレムは、右拳を大きく上に振り上げた後振り下ろされる。
威力はありそうだが、冒険者である2人は避けられない速度では無い。
難なく避けゴーレムの拳は音を立て地面にめり込む。
「威力はあるが、流石に遅いな。」
「ええ、でもこれからどうするの?門番か憲兵が来るまで逃げ回る?」
「どうしようか・・・・。」
距離を取りどう対応していいか判らずに困っていたディード達に、天幕から一人の男が飛び出て来て大きく何か叫んだ。
「――――!」
「ん?なんだ・・?」
聞き慣れない言葉にディードは耳を傾ける。
だが言葉は理解出来ずとも意味は分かった。
ディード達を攻撃しようと動いていたゴーレムが動かなくなっていたからだ。
「停止・・・したのか?」
「そこの冒険者達動くな!」
叫んだのは先程天幕から出てきた人物、水色のハーフプレートメイルを来た20代後半の青年だった。
「俺達の事か?」
「そうだ!このゴーレムに何をした?」
「こっちが聞きたいよ、いきなり攻撃してくるしい一体なんなんだよこのゴーレム!」
「勝手に攻撃しただと・・?チッ」
ディードの言葉を聞き憎らし気にゴーレムを見つめ舌打ちする青年。
「おい・・・そこの冒険者、これをやるからさっさと・・・。」
懐から何かを取りだそうとする青年はそこで会話が止まる、彼の視線の先はディードの後ろに見え隠れしているリリアの姿に釘付けにされていた。
「美しい・・・。」
思わず本音が零れたのだろう、凛とした表情、1本1本綺麗に輝く金色の髪をなびかせ白を基調としたドレスアーマー姿のリリアを見て青年は見惚れ、彼女の方へと近づこうとする。
「これはこれはお美しい女性だ。よかったらお名前をお聞かせ願えないだろうか?」
その言葉に対してリリアは沈黙し、更に1歩1歩近づこうとする青年を睨みながら自らの愛剣に手を掛けようとする。
緊張のせいか、その手には若干の震えがあるのをディードは見逃さなかった。
(リリア・・・?)
「悪いが俺の連れは少し機嫌が悪いんだ。いきなり攻撃されて気が立っているんだ近づかないでくれ。」
「黒髪には聞いていない。俺は麗しい彼女に名を聞いているんだ。部外者は引っ込んでいろ。」
「部外者だって?この状況でよくそんな事を?」
「ああ、その麗しき瞳に凛とした表情。素晴らしい女神すらも怯ませるその美貌の持ち主の名をお聞かせ願いだろうか?」
隣にいるディードを置き去りにしながらもなおも青年は話を続ける。
その態度に業を煮やしたのかリリアは口を開いた。
「メリーよ、それ以上は近づかないで頂戴。」
「おおぅ!鈴の音のような美しい声、そしてその美貌。ああ、今日この出会いにそしてこの女神を遣わしてくれた神に感謝だ。早速だがこれから2人の事を交えゆっくりと食事かお話出来る場所へ行きませんか?」
リリアの偽名以外には反応を示さない青年に困惑しながらもリリアは声を上げる。
「それ以上近づくなと言ったでしょう?」
「おお、これはこれは失礼。貴女の美しさに見惚れ過ぎてしまい挨拶すら忘れてしまい申し訳ない。私はアッシュ、知る人ぞ知るスカーレット騎士団の近衛騎士でございます。以後お見知りおきを。」
リリアの数歩手前までに近づき片膝をつき挨拶するアッシュ。
その様子にディードは少し困惑している。
仮にもライーザの同僚にあたる存在であり、あまり失礼な態度を取る訳にもいかないのだが、先程からこちらの話に耳を傾けない彼の存在は厄介でしかならなかった。
取っつきにくい、彼に対する第一印象はまさにそれだった。
「聞きたいんだが、あのゴーレムは何故俺達を襲ってきたんだ?」
「ああ、その吸い込まれそうな美しい瞳、金色に輝く美しい髪、そしてエルフの特徴たる細く美しい耳、これほどまでに美しい貴女に私は何故今日まで出会わなかったのでしょうか?」
「無視ですかい・・・。」
「どうしてゴーレムは襲ってきたの?」
「あのゴーレムは先程頭に強い衝撃を受け誤作動を起こしてしまいました。つきましてはお詫びも兼ねて2人きりでどこか軽食でもどうです?」
「りり・・メリーの声には反応するのかい。」
「黒髪は黙ってろ。」
リリアの言葉には甘く囁くように、ディード言葉には睨みを見せアッシュは吼える。
「さぁエスコート致しますので、お手を拝借いたします美しいメリー様。」
「結構です。」
「それでは失礼して・・・。」
「違うわよ、その申し出は断らせて頂くわ。」
「遠慮なさらずに、そこの黒髪には駄賃を渡しておきますので・・・。」
あくまでも自分の意思を貫き通そうとするアッシュの姿勢にリリアは怒る。
そして勢い任せに差し出した手を払うと、すぐさまディードの顔を手に取り唇を重ねる。
「なっ!」
アッシュは驚き一言発しその場で固まる。
一方ディードは人前で突然、恋人からの口づけに驚きつつも彼女を受け入れ抱きしめる。
アッシュに対する強い拒否というべき行動が少し嬉しくも恥ずかしくも思う。
「公然の場で大胆だなメリー。」
「アレには言葉より行動の方が早いと思っただけよ。」
頬を赤く染め不意に視線を逸らす。その視線の先にワナワナと震えながら怒りを見せているアッシュの姿そこにあった。
「私の申し出を断る上に、そんな黒髪と公然の場で口づけを交わすとは何たる醜態を・・・」
「醜態?貴方は私達の話を聞き入れないからこうしたまでよ。それに恋人と口づけを交わすのに貴方の許可がいるの?」
「ぐ・・ぐぐぐ・・・」
悔しそうに見つめるアッシュの後ろを未だに動けないゴーレムが呟く。
「でぃ・・・ど・・・うで・・・うら・・・み。」
「ん?恨み?何を言っているんだこのゴーレム。」
「・・・チッ。――――!」
忌々しくゴーレムを見つめアッシュは再び聞き取れない言語は発する。
するとその言葉を聞いたゴーレムはその場で倒れ込み大の字になり動かなくなる。
赤い目の光は徐々に輝きを失い最後にはその光が失せ消え去る。
それと同時に同じような水色の鎧を来た物達がアッシュを見つけてはこちらに近寄ってきた。
「アッシュ様!」
「お前達か・・・」
「どうなさいました?この者達は?」
「・・いや何でもない。それよりこのゴーレムをどうにかしろ。急造で作ったせいか色々と不具合が起きている。他のゴーレムを使い運び出し、新たなゴーレムを作れ、早急にだ!明後日までにこの広場にアレを完成させないと私達の首が飛ぶぞ!」
親指で首を飛ぶような仕草をするアッシュに一同は顔を青ざめる。
仕事をクビになるだけではなく、物理的にも刎ねられると示唆をする。
「急げ!」
「はっ!」
アッシュの指示に従う様に各個行動を開始する水色の騎士達。
やがて他のゴーレムが2体騎士達の指示によって倒れているゴーレムを引きずる様に運び出す。
その様子を見たアッシュは少しディード達を見た後にため息を溢す。
「今は間が悪い、麗しのメリー様お話はまた今度致しましょう。」
「お断りよ。もう話す事は無いわ。」
「明後日の式典にはこの天幕を下す除幕式が行われます。その際に来ていただければ私の仕事の素晴らしさに感激し、貴女が謝罪すれば私は受け入れましょう。」
「あり得なわよ。」
「いいえ、きっと私の素晴らしさに感涙しそこの黒髪の事など忘れて、私に交際を懇願する事になるでしょう。それまでのしばしの我慢を・・・。」
アッシュはそういい残しその場を後にする。
(チッ・・・やはり罪人の核はだめだな。・・・・それにしてもいい女だったな、メリーといったか。明後日の除幕式までこの街に要いれば俺の物にするとしよう。今は完成を急がせるか。)
「なんだったんだ?アイツ?」
「分からないわ・・・・でも。」
「でも?」
「これで確信した事があるの。宿に戻りましょう。」
「話なら宿に戻らなくても・・・。」
「お願い・・・。」
ディードの手首を掴み強引にその場を後にする。
掴むその手が小刻みに震えているのを感じたディードはリリアに連れられるがまま宿へと戻った。
宿へと戻り、ドアを閉め2人きりになったディードとリリア。
「それで、確信した事って・・・?」
「・・・少し前に考えが纏まったら話すって言ってじゃない?」
「ああ奴隷商の時にリリアが考えてた事か?」
「それよ。あの時疑問に思ってた事はね、あの変換の指輪はどうやって手にいれたのかな?って思ってたの。」
「ん?そりゃ・・・インディスが兵士をダンジョンに送り込んで持ち帰らせた物じゃないのか?」
「少し前までは私もそう思ったんだけど、実は違っていたの・・・。」
「違うってどういう事?」
首を傾げるディードにリリアは少し黙った後重い口を開く。
「あれは魔族が作った魔道具よ・・・しかも貴族、王族が作った物なの。」
「なんだって!?・・・でもなんでわかった?」
リリアの言葉に驚くディードに小さな疑問が残る。
「それはね、さっきあのアッシュという男が放った言葉なのよ。聞き取れなかったでしょ?」
アッシュがゴーレムに向って発した言葉はディードには聞き取れていなかった。
1度目の言葉はただの聞き取れなかったのかと思っていたが、2度目は近くにいたのにも関わらずディードはその言葉理解出来ないでいた。
「言われてみれば・・・・。」
「最初の言葉は『止まれ』次の言葉は『壊れろ』だったわ・・・・」
「・・・リリアには聞こえていたのか。」
「ええ、あの言葉は古い魔族が使う言語魔術・・・こっちに言い換えると呪詛ね。」
「呪詛・・・呪いか・・・ん?」
ディードは疑問に思う。
それは魔物に呪詛が効くのかという疑問だ。
魔法はイメージが優先されるとはいえ、こちらの言語を理解していない魔物に言語魔術を効果が薄い。
強いイメージを送り込むことによって”止まる”という事は理解できるだろうが、死につながる事は恐らく無理。
魔物は生存本能があり、自ら死を選ぶという事は考えにくいと推測する。
仮にそれが出来るのであれば、魔族はそれだけですべての生き物や種族を意のままに操る事が出来、全ての生物の頂点として君臨する事が可能だ。
それなのに長年人間や亜人達との戦争も行ってはいる理由がわからない。
(ならあの呪詛は人間用の魔法って事になるが・・・・相手はゴーレムだ。魔物に力仕事をさせる事は可能だけど、それは従魔契約・・・つまり魔物使いみたいな存在が必要不可欠のはず・・・・って事はもしかして!?)
一つの考えに辿り着いた時、ディードはリリアの顔を見つめる。
その表情は暗く、瞳は潤んでいた。
「まさかあのゴーレムは・・・」
「多分・・・人間よ・・・魔物に改造された・・・ね。」