第141話 狂戦士
強い殺気を放つ人間の様な者は、ゆらゆらとこちらに近づいてくる。
長い黒髪を前に垂らし色白く生気の無い顔、そこから血走って瞳で見つめて来る様は、生を羨む怨霊の類とも見れる。
「貞〇かよ・・・・。」
「何それ?」
「いや、前世で有名だった幽霊だ・・・。」
「でもあの人生きているっぽい・・・幽霊系なら長剣なんて引きずらないし、それにあんなにハッキリしとした姿を見れないもの。」
「・・・・・!?こっちに向ってきます!!」
「ア” ア” ア” ア” ア” ア”ーーーーーーーーー!!!」
レミィの声とほぼ同時にその幽霊モドキは奇声を上げる。
目を見開き、長剣を引きずりながら近くに居たレミィに向って突進してくる。
力任せに縦に振るわれた剣をレミィは難なく避ける。
反撃しようと双剣で幽霊モドキに攻撃をしかけたのだが、レミィはある事に気づき攻撃の手を止めてしまう。
「え?・・・うそ?・・・・・。」
そこに横から振られた長剣をレミィは双剣で受け止める。
しっかりとガードしたのだが、力任せの攻撃に身の軽いレミィは身体を浮かせられてしまう。
さらに追撃の前蹴りがレミィの浮いた身体を捕える。
大きく弧を描きながら吹き飛ばされるレミィ、だが彼女は前蹴りを喰らう直前彼女の足を出し幽霊モドキの力を異様する形で宙を舞う。
「レミィちゃん!?」
「大丈夫です!?」
空中で体勢を整えながら兎の盾で足場を作り反撃に出る。
レミィは双剣の片方を幽霊モドキの手前に投げ地面に突き刺さる。
「ファング!」
叫ぶと共に手元にある剣に魔力を込める。
剣の柄から魔力は弦を通して反対の剣と流れ込み、そこから大地の牙が出現する。
幽霊モドキは足元から突如突き出て来る大地の牙に大きく後ろへと飛び下がる。
元々当てるつもりの無かった大地の牙、かわされた事を確認するとレミィは手元にある剣の弦を手前に引く。
すると双剣同士で繋がっていた弦は急激に縮み大地に刺さっていた剣はレミィの手元へと戻る。
これがレミィの新しい武器、双牙剣だ。
大地に突き刺し、魔力を込めればその先から牙が現れる。
双頭狼の魔核と弓を元に新たに命を吹き込まれた魔武器である。
幽霊モドキから視線を逸らさずにディードのすぐ隣に着地するレミィ。
「ディードさんあの人は恐らく人間、しかも正気を失っています。」
「人間なのか!?」
「それに・・・・多分あの人お腹に子供がいます。」
「はぁ!?ちょっと待ってレミィちゃんそれ本当?って事は女性!?」
突然のレミィの言葉にディードが大声をあげリリアは信じられないといった表情をする。
それもそのはず、目の前に居るのは幽霊を彷彿させるような姿で、理性を失っている狂戦士の様な人物だ。
その上に身重の身なんて聞かされれば動揺も広まる。
「攻撃する時に異様に膨らむお腹を見ただけですが、可能性は大いにあります。」
「本当かよ。あの様子だと・・・・まさかあの指輪の被害者か!?」
「恐らく・・・そうなると最悪ですね。」
「ああ、なんにせよお腹の子に影響を与えない程度に無力化するしかない。」
「睡眠の魔法は聞きますか?」
「多分無理だ、興奮状態だと効果は無い。水獄で閉じ込めるか足元だけを狙うか。」
「何にせよ早めに早めに無力化しないと最悪な事態になりますね。」
「だな、水獄で足元を・・・って来た!」
幽霊モドキは狙いをディードに変更し、真っ直ぐ向かって来る。
素早い上に大きく振りかぶる長剣に対しディードはアイテムボックスから鞭を取りだし対応する。
「木霊の鞭よ、奴の足元に絡み――――くっ!」
幽霊モドキはディードの鞭を振るよりも早く動く。
その動きは左右に大きく動きディードの鞭だけでは無く魔法を使わせることを躊躇わせる。
水獄などの魔法は動きながら打つ事は出来るが、躱されれれば意味がなくなる。
かといって火の魔法を使って相手を傷つける事は出来ない。
そして何よりも身重の女性を攻撃ること自体に迷いが生じている。
もし攻撃が当たってしまいそれがもとで子供に影響・・・もしくは最悪な事態になったらと思うとディードはどうしても二の足を踏んでしまう。
それを知ってか知らずか、幽霊モドキは回避一辺倒のディードに対し攻撃の手を緩めない。
縦に横に振るわれる長剣は徐々に間合いを詰めディードを追い詰める。
(くっ!・・・・どうすれば・・・いっその事ケルベロルモードになって力づくで抑え込む?・・・でも加減を間違えれば逆に危ない。それとも回復を掛けながら攻撃するか?)
「しまっ!」
「ディー!!」
余計な事を考えていたせいか、ディードは幽霊モドキの縦の攻撃をギリギリの所でかわす。
だがそれを見越してたのか、幽霊モドキは左手でディードの蟻軽鎧を掴み強引に地面へとディード事叩きつける。
「ぐはっ!」
「ディー!!」
「ディードさん!!」
叩きつけられ全身に強い電流が流れるような衝撃を受けたディードは、一瞬視界が揺らいてしまう。
そして幽霊モドキは畳みかけるように長剣でディードの首元を狙い振り下ろされる。
(まずい!)
だがその長剣はディードの首を切り落とす事は叶わず、軌道を変えられ彼の頭部の先の地面を抉っていた。
「どうやら貴殿は対人戦には慣れていないようだな。」
「ライーザさん。」
軌道を変えたのはライーザ。
彼女は幽霊モドキが振り下ろす長剣の先を受け流し軌道を変えた。
「ここは私に任せて貰おう。」
受け流された事に腹を立てた幽霊モドキ、今度は横に斬り払おうとライーザ目掛けて長剣を振るう。
だがその長剣はライーザによって軌道を変えられ真上に振り払われる。
バランスを崩し後ろへと数歩下がる幽霊モドキに対し、ライーザはそのままゆっくりと前に進む。
「やっぱりいい刀だな。ミスリル製のようだが、何か仕込んであるのか?」
「ライーザさん、その人を傷つけ――」
「大丈夫だ、ディード殿。気を失わせるだけ・・・それにこいつは知り合いだ。」
「え?」
「久しく顔を見ていなかったんだが、会えて嬉しく思うぞエルカーラ。」
ライーザはディードの言葉を遮り笑顔で答える。
それとは対称に鬼のような形相で奇声を上げながら長剣を振り下ろす幽霊モドキ。
決着は一瞬だった。
幽霊モドキの長剣が振り下ろされる途中、ライーザの横の斬撃が長剣の軌道を強烈に逸らす。
大きく逸らされた斬撃に自身の体勢を大きく崩されてしまった幽霊モドキ、奇しくもライーザの前に顔を差し出す様な状態になる。
「眠れ。」
ライーザの左拳が幽霊モドキの下顎を大きく揺らす。
さらに追い打ちとして半回転し後頭部のすぐ下を刃のない峰で打ち付ける。
クロスカウンターと峰打ちのコンボだ。
「グ・・・ガァア”ア”・・・。」
幽霊モドキは1歩2歩と歩いた所で意識を失ったのか、両膝をつき前のめりに倒れ込もうとする。
それをライーザは片手で抱え込むと大きく深呼吸をする。
「ふぅ・・・。」
「すまない助かった、ありがとう。」
「気にしないでくれ、こっちは色々と助けて貰っている。これぐらいは安い物さ。」
意識を失った幽霊モドキをゆっくりと仰向けにし、伸び切った彼女の髪を分けてあげるとそこには色白い顔が見える。
「やっぱりエルカーラか。」
「知り合いなのか?」
「少しな・・・以前騎士団に勧誘をして断られた事がある程度だ。女性の冒険者ではそれなりに名の売れた剣士だった。ここ1年位行方知れずだったのだがな。
・・・重ね重ねすまぬがディード殿、拘束するのでこいつは生かせしてくれまいか?聞きたいことが山程ある。」
「こっちもそのつもりだったし問題無いよ。そして彼女のお腹を見る限りはやはり妊婦のようだし、幌馬車に移して寝かせてあげよう。」
「承知した。」
知り合いを抱きかかえライーザは幌馬車と歩く。
それから彼女が目を覚ましたのは少し経ってからの事だった。
「・・・・ここは?」
「あ、気が付いた?」
エルカーラは薄っすらと瞳を開ける。
ぼや~っとした視界から心配そうに顔を覗き込ませるリリアの姿が。
「試させてもらうけど、自分の名前言える?」
「え?ああ・・・エルカーラだ。貴女は?」
「私はリリアよ。貴女正気を失って私達に襲って来たようだけど、覚えている?」
「――ッツ!?貴方達に怪我は?」
「幸いといっていいのかしら、無いわ。悪いけど手足を縄で縛ってあるわ。ある程度自由は効くけど今はそれでいて頂戴。」
リリアに言われエルカーラは自分の手を確認する。
手に縛られている縄はある程度の自由が利く程度の縛りであり、決して強い拘束ではない、少し時間を掛ければ簡単に取れる事から、リリアに悪意はないと感じる事が出来る。
そう感じたエルカーラは素直に自分の非を認めリリアに頭を下げる。
「すみません。ご迷惑おかけしました。」
「迷惑かけたと言うならば少し話してくれないかしら?場合によってはこの場で解放か少し力にもなってあげるわ。その身重の身で色々と厳しいでしょ?」
「・・・・これは・・」
力無く自分の腹部を見るエルカーラにリリアは少し懸念を持つ。
「話たくないなら無理に話さなくていいわ。」
「・・・いや聞いて欲しい。その前に、貴女も冒険者?」
「・・・一応ね。」
「この幌馬車は貴女の物?」
「いいえ、私の仲間の物よ。」
「その仲間は大事な人?」
「え?・・・ええ私の大切な人よ。って何を聞くのよ。」
話すと裏腹に、質問ばかりしてくるエルカーラ。
「・・・その大切な人に裏切られたら貴女は生きていける?」
「・・・それは分からないわ・・・ってどうしてそんな事を?」
「このお腹にいる子はね・・・どの男の子かもわからないの。」
「・・・冒険者だったのよね?」
「先に言っておくけど娼婦じゃないわよ。これは依頼失敗の証みないなものなの・・・」
自虐気味に力無く笑うエルカーラ。
先程までの狂戦士とも思えるぐらいの行動を取っていた人物とは思えない程だ。
「私はある依頼を受けてパーティーで挑んでいたのよ。ある子爵の隠し施設に侵入して情報を掴む。・・・・でもね、それ自体が罠だったのよ。」
「罠?」
「ええ・・簡単に言えばね、私達は実験体だったのよの。」
「実験体・・・・。」
「それは相手の意識や身体の自由を奪う実験。どこまで正気でいられるか、どこまで身体を拘束させられるか、私達は実験体にさせられたの。」
エルカーラの顔からは笑みが消える。
それと同時に憎しみに満ちた顔と同時に彼女の瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
「一人は狂気に身を任せ、一人は四肢の感覚だけを失い、一人は・・・その場で笑いながら自分に剣を刺し死んでいったわ。」
「・・・・・」
「そして私は大勢の男に囲ま・・れ・・・て汚されっ・・・・・」
途中で耐え切れなくなったのか、涙が溢れ出し嗚咽をもらすエルカーラ。
そんな彼女を見てリリアは彼女を優しく抱きしめる。
「辛かったのね・・・・」
「・・・・・信じてぐれるの?ごんな嘘みたいな話。」
「信じる、だから今は泣いていい。」
「・・・うぁあああああ!!!」
リリアに抱かれながら泣き出すエルカーラ。
優しく彼女を抱きしめるリリアのその顔は、慈しみながらも怒気が混ざっていた。
やがてエルカーラは落ち着きを取り戻し自らリリアの抱擁から出る。
「・・・落ち着いたかしら?」
「ええ・・・ごめんなさい。服を汚してしまって。」
「気にしないで良いわ。それでまだ聞きたいことがあるのだけれど、その前に私の仲間を紹介してもいいかしら?って言ってもさっきからそこに耳があるんだけどね。」
「耳?」
リリアが苦笑いする、その視線の先を追うエルカーラの視界に入ってきたのは兎の耳だった。
「レミィちゃん。」
「・・・はい・・ぐすっ。」
名前を呼ばれ幌馬車から顔を出すレミィ。
潤んだ瞳、少し赤い鼻を見る、どうやらもらい泣きをしていたようだった。
その奥からはなんとも言えない表情のディード。
「手前の居るの兎の獣人がレミィ。そしてその奥に居るのがディード、この幌馬車の持ち主であり私達の大切な仲間よ。」
「・・・そう。」
ディードを見て少し身構え緊張するエルカーラ。
過去の出来事がフラッシュバックしたのだろうか、彼は関係ない・・・そう思っても身体が勝手に反応してしまう。
だがさらに彼女は警戒を強める事になる。
それはディードの後ろから顔を覗かせて来た、ライーザの姿が視界に入ったからだ。
「久しぶりだな、エルカーラ。覚えているかい私の事を。」
「貴女は!ライーザ・スカーレット!!!」
彼女に極度の緊張が走り、一瞬にして戦闘態勢を整えようとする。
だが四肢を縛っている縄はそれを許す程緩くは無かった。
必死に縄と引きちぎろうと藻掻く姿にリリアは驚く。
「くっ!・・・この!」
「落ち着てエルカーラ。何があったの?」
「そいつはスカーレット家の人間だ!そいつは信じちゃいけない!私がこうなったのもお前らが1枚噛んでいるからだ!この偽善者家め!?」