第139話 不器用な姉妹
「いい加減い諦めろ!?メイ、リン。」
遠くまで響き渡りそうな程の声量で咆えたライーザ。
肩が上下する程息が上がり切ってる彼女は、メイとリンに剣を向けながらそう言い放つ。
だがしかし、彼女達は何も言わずにライーザに立ち向かう。
その姿は既にボロボロで、あちらこちらにライーザの攻撃によって出来て傷が痛々しく見える。
逆にライーザは息が上がっていると事と、全身汗だく以外は特に傷を受けている様子は見受けられなかった。
(やっぱりこの人には敵わないなぁ・・・真っ直ぐで綺麗な剣筋、どんなに打ち込んでも正確に返してくる。動きも無駄が無いし、私達に大怪我をさせないようにちゃんと手加減もしてあるし、隙を見て身体も休めている時もある。ここに来る前よりも1段・・・いや2~3段強くなってませんか?
嫌だな・・・もう眠し、アチコチ痛くて泣きそうだし、心が折れそう・・・。
でも・・・それでも・・・)
朦朧とする意識の中、メイは何とか立ち上がりながらも考えを巡らせライーザに攻撃を仕掛けようとする。
模擬戦が始まってから何度気を失ったかわからない。
既に武器は何個も壊れディードが用意して武器は無残な形になっている物が多かった。
「いい加減にしろと言っているのだ。既にお前達は体力が底を尽きて何度も気を失っている。相手が私だからいいものの、魔物や敵対者はお前達が起き上がるまで待ってくれないのだぞ!? どうしてわからない?なぜ私から離れようとするのだ!?」
「・・・だ、からなんで・・・す。」
「何・・・?」
短槍を弾き飛ばされ腹部に峰打ちを喰らい、意識を失いかけていたリンが立ち上がってくる。
「あ・・なたが強いから・・・私達は・・離れるんです。」
「どうしてだ?死にたいのか?」
「・・・死にたくありませんよ。むしろ足手纏いだからこそ離れるのです。」
「足手纏いなんて感じた事は無い!お前達は私の事が嫌いだったのか?」
「逆です。敬愛しています。貴女を失いたくないからこそなんです。」
「どういうことだ?」
「このまま私達が足を引っ張り続ければ、いつか3人共死ぬ時が訪れます。貴女が私達を守って死ぬ事が何よりも辛いんです。」
「だからと言ってわざわざ離れる事もないだろう、私が――――。」
「何から何まで貴女が守らなくても私達は生きていける。それをここで証明する為にここで2人で再出発する。そう決めたんです。」
「もう私達の為に頭を下げなくてもいいんです。知っていますよ、色々と。」
「・・・・お前達。」
「私達がミスをすれば真っ先に頭を下げに行き、魔物討伐でも私達の事を気にかけて陣を崩したり、自分の事を後回しにして私達を守ってくれた事に感謝しています。
だけれども、それが一番私達を苦しめていたのが気づかなかったのですか!??」
「・・・リン。」
短槍を握り締めリンが思いの内をライーザにぶつける。
その瞳からは涙が零れ落ち、悔しそうな顔を見せている。
「貴方は優しい、優しすぎるんです。だから私達は貴方の幸せを願って離れます。」
「もう、私達の為に心を砕かなくてもいいのです。自分の幸せのために動いてください。私達は貴女から、貴女の妹分から卒業します!?」
「メイ・・・。」
立ち上がり剣と槍を構える2人。フラフラとした身体で最後の気力を振り絞る様に声を出す。
「さぁ、手加減してやるから・・・かかってこいライーザ!!」
気力を振り絞ったような声をあげ、剣と握り締める。
「・・・そうか・・・わかった。お前達にはまだ早いって事を今ここで証明する。」
ライーザもまた真剣な表情で2人に剣を向ける。
ピリピリとした一触即発な雰囲気の中、リンはメイに小さな声で話しかける。
「メイ、何か作戦ある?」
「・・・一つだけあるわ。」
「教えて・・・。」
「リンがライーザを倒す。」
「それ作戦じゃない。」
「これが作戦よ。意味は後で教えるから、上段の構え。」
「・・・わかった。」
メイの言葉を信じリンは短槍を胸から上に構えを取る。
それは投擲用の構えであり、ライーザに向けて投げるという物。
しかし短槍の投擲は何度も試したがライーザに見切られていて、簡単に避けられるか剣で弾かれてしまっている。
その隙にメイは強襲を試みているが成功は1度もなっていなかった。
(何度同じ事を繰り返しても無駄だいうのに・・・小さな反抗期みたいなものだったのか?。これ以上は付き合えん。気を失う程度に打ち込んでやる。)
「行くぞ!?」
体勢を少し屈ませながら突進してくるライーザ。
それを打ち崩そうとリンは短槍を狙いを定めようとする。
ライーザがリンの間合いに入ろうとした瞬間、2人に予想していなかった事が起こる。
「ごめんリン。」
「え?ぐぎゃ!?」
「な!?」
突如メイはリンの背中を飛び蹴りし、リンを正面に蹴り出す。
背後からの蹴りを受けリンは碌に体勢も取れずに前のめりに倒れ込みそうになりながら槍を振り下ろす形となる。
虚を突かれたライーザは一瞬判断が鈍る。
加速し間合いに入ってしまったライーザは、崩れながらも振り下ろされる槍に対応をせざるを得なかった。
剣で短槍を受け止め、左手でリンの腹部に拳を打ち込む。
「ぐふ!?」
リンがぐもった声をあげ前に崩れ落ちライーザの正面にもたれ掛かり崩れ込む。
そして背後にいるであろうメイに警戒をしようとした瞬間、視界の左側から何かが動くのを察知し注視する。
だがそれは・・・
「なっ・・・・剣!?」
それはメイの持っていた剣であり、ライーザの注意を引く為にあえて回転をつけ投げられていた。
ライーザはその投げた剣に驚く。
投擲武器以外で武器を投げつける事は、騎士の中ではあるまじき行為であり騎士団の中では恥ずべき行為とみなされているからだ。
だが、それがメイの狙いでもある。
「リン!」
「・・・倒すって・・・こっちの事・・・ね。」
メイに声を掛けられ自分の成すべき事を理解したリンは、ライーザの両膝を抱え込み前に進み押し倒そうとした。
「・・・くっ!お、お前達!?」
「さすがライーザ様。簡単には倒れてくれないか。」
不意に足元を狙われバランスを崩し始めるライーザに、メイの攻撃はさらに続く。
左手に集まる魔力は水へ変わりやがて小さな水の球になりかけている。
メイは完全に球の形になる前にライーザに投げつける。
「水球。」
「メイ!お前魔法を!?」
メイの隠し玉とも言える魔法にライーザは再度驚かされる。
騎士団に居た時メイは魔法の適性が低く実践では使える代物ではなかったからだ。
しかし水球は無情にもライーザに当たる事は無く、彼女の顔真横を通り抜ける。
ライーザの反射神経が勝り、ギリギリの所で避けたのだ。
「流石ですライーザ様・・・・・ですが、これでチェックメイトです。」
「・・・・な!?」
メイの不敵な笑みと大胆な行動にライーザは頭の整理が出来ずに固まってしまってした。
メイはライーザの持つ剣の刃の根元を両手で掴み、それを自分の喉に向け抱え込むように倒れてきたのだ。
全てはこの一瞬の為に用意した作戦。
リンに不意打ちを与えライーザの虚を突く所から始まり最後に剣を握る。
この一連の流れをメイは最後の一手と考え実行したのだ。
ライーザは振り払おうと試みたが、バランスを崩されさらに剣を掴まれた状態では彼女に成す術は無かった。
唯一出来る事はメイが大怪我をしない様に剣を離す事だけ、ただそれしか出来なかった。
3人はもつれ合うように倒れ込む。
それと同時にライーザの持つ剣は彼女の手から離れ地面に落ちた。
「・・・これで私達の勝ちですね。ライーザ様。」
「メイ、今のは無効だ!お前が怪我、下手をすれば死ぬかも知れないから離したのだ。それにこんなやり方は卑怯だぞ。」
「ええ、わかっていますライーザ様。本当は正攻法で貴女から剣を奪いたかったんですけどね、卑怯だといいますがこれもれっきとした作戦ですよ。それにライーザ様も同じ事していたじゃないですか?私達を助ける為に。」
「それとこれとは別だ!こんな行為は騎士団の中では許される部類では無かっただろ!?心配を掛けさせるな。」
「それを貴女が言うとは・・・・冗談ですか?ライーザ様。私達はいつもあなたの事を心配していましたよ?」
「なんだと・・・?いつだ?」
「いつもです。いつもいつも貴女は私達の事を気にかけて、勝手に一人で抱え込んで、私達の気持ちも考えず一人で勝手に・・・。」
「それは・・・お前達の事を思って・・・。」
「私達も同じ気持ちなんです、いい加減気付け!この行かず後家!?」
「なっ!?」
先程までの激しい模擬戦とは打って変わって、口喧嘩がはじまる。
その様子に周囲者者は唖然とし、誰もが止める事を躊躇う程の・・・・・
下らない口喧嘩に発展する。
「貴女が嫁に行かないから私達は心配で嫁に行けなかったのです!?」
「まずはお前達が先だ!私はハヴィ様に忠誠を誓い共にいると宣言しているのだ。」
「自分の父親に忠誠を誓うなんて馬鹿じゃないですか?本当なら甘えるべきでしょう?」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とは!?」
「やーい、ばーかばーか。27過ぎてもキスしただけで子供が出来ると信じているなんて馬鹿もいい所じゃないですか。」
「それに副隊長のドメイン様の好意にも気づけぬ位の鈍感さじゃ貰い手もいないわね。どんな男も魅了する程のいい武器持っているのに使わないとか。」
「騎士だ兵士だと言っている割には私達の不意の攻撃も防げなかったのにね。」
「くっ!貴様らさっきから言いたい放題言って・・・もう1戦だ。その根性叩き直してやる!?」
「もう私達戦う必要が無いのでやりませーん。」
「剣も奪えたし、面倒な姉のお世話から解放されたし・・・それにもう限界だしね。」
「これで、私達もいい・・・おとこ・・を。」
言いかけたままリンの言葉は止まる。緊張が解けたせいか一気に疲労が押し寄せて来て気を失ったようだ。
「リン!どうした。」
「もう・・・限界なんですよ。私達は貴女と違って化け物レベルじゃないですから・・・きっと貴女と釣り合う方はあの人達しかいませんよ・・・・ほんとうに。」
それに便乗するかのようにメイも力尽きようとしていた。
「ライーザ様、またいつか・・・・お会いしま・・・しょう。」
メイはそう言い残すと同時にライーザの胸元に倒れ込んだまま気を失ってしまう。
彼女達は決してライーザから離れたかったのではない。むしろ常に一緒に居たいと思っていただろう。
だがしかし、今のままではライーザはいずれ全てを犠牲にしてまでも自分達の事を優先していたのだろう。
それが彼女達には我慢ならなかった。
多くの男を虜にするほどの美貌を持ちながらも、剣に生き仲間想いの優しい姉の様な存在。
そんな姉を思って自立する事を選んだ妹のような存在。
どちらも不器用ながら互いに思いやる気持ちがそこには存在していたのだ。
彼女達の思いを理解してやれなかったライーザは、少し後悔しながらも気を失った2人の頭を優しく撫でていた。
「馬鹿者・・・・本当にお前達は馬鹿者だな。」
「ライーザさん。決着は付いたかい?」
「ディード殿・・・・ああ。彼女達はここで生きて行くそうだ。」
「そうか、見た所ボロボロのようだけど回復はいるかい?」
「ああ・・・・でももう少しだけこうさせてくれ。」
優しく頭を撫でるライーザの顔はどこか嬉しそうであり、寂しそうな複雑な顔をしていた。
周囲から感動と尊敬の念を込められた拍手が送られる
この小さな騒動が切っ掛けとなり、メイとリンはギルドの中でも冒険者の中でも一目置かれる存在となる。
後に彼女達は不屈のメイ、リンと呼ばれるようになる。
それからメイとリンは、ディードの回復魔法によって傷は癒されギルドの仮眠室へと運ばれた。
ライーザは彼女達が起きない内にグラドゥを出る事をディードに伝えた。
「本当にいいのかい?ちゃんとした別れの挨拶も済んでないだろ?」
「ああ、決心が鈍る前に離れようと思う。すまないがよろしく頼む。」
「・・・わかった。なら行こうか、ゲートウォールに。」
ディード達はギルドを出てグラドゥの門の前まで足を運ぶ。
門の前にはジロエモンとララ、夢花とギルドマスターのイーグが見送りに来ていた。
「ライーザ君。これを受けてって欲しい。」
「これは・・・・?。」
イーグが手渡したのは鮮やかに輝く翠色の小さな珠。
「それは翠の宝珠を言って、見た景色や記憶を封じ込め他者に見せる事が出来る珠だ。」
「どうしてこれを私に?」
「君に是非見て欲しいんだ。私の精霊フォルの記憶の一部がそこにある。後で見て欲しい。君の大事な人がそこに映っている。」
「大事な人?」
「見ればわかるよ。」
「そうなのですか?・・・・わかりました、ありがとうございます。それとメイとリンの事もよろしくお願いします。 」
「ああ、彼女達はギルドの大事な職員として預からせてもらうよ。」
「ええ、よろしくお願いいたします。」
「ディード必ず戻って来いよ。それとお土産期待しているぞ。」
「お土産待っているにゃ~。」
「戻って来たらまた飲もうなディードはん。待ってるで~。」
「ああ、ありがとう。また此処に戻って来るよ。」
ディードはアイテムボックスから昨日仕上げた1代の幌馬車を取り出す。
一見普通の幌馬車の様に見えるが、御者台は膝から下を木でしっかりと囲まれ、中央には丸いハンドルが付いていた。
ディードは御者台に乗り込みハンドルに手を取り、リリアとレミィとライーザは荷台へと乗り込む。
「それじゃ行ってくる。」
ディードは魔力をハンドルに流し込むと、馬車の車輪はディードの魔力に反応しゆっくりと動き出す。
行く人々が物珍しそうな顔でディード達の魔力馬車を見る中、徐々に加速していく。
「それじゃまたね~。」
「いってきま~す。」
荷台からはリリア達が手を振り、またの再会を誓う。
ディード達の馬車はあっという間に走り去ってゆく。
やがてグラドゥから離れ人が見えなくなった辺りで、突然ライーザは倒れ込む。
「ライーザさん!。」
「ディー!ライーザさんが!?」
慌てて馬車を止めディードはライーザに回復魔法を掛けようとしたのだが、彼女の姿を見て少し微笑みまた御者台へと戻って行く。
「心配しなくていいよ。寝ているだけだから。」
「へ?寝て?」
「ああ、1日中模擬戦をやっていたんだ。色々と限界だったんでしょ。寝かせておいてあげて。」
「・・・・本当だ。寝息を立てて眠ってますね。」
「もうびっくりさせないでよ。・・・・本当に不器用な人ね。」
「ですね。でも嫌いじゃないです、こうゆう人。」
「・・・私もよ、他人事とは思えないもの。」
疲れ果て眠っているライーザを少し気遣いつつ速度を上げて行くディード。
向かう先は鉱山の街ゲートウォール。