第135話 指輪
「呼びました~?。」
窓の外からひょっこりと顔を覗かせるレミィ。
彼女は少し不安定ながらも自身の足の裏から大小の不揃いな兎の盾を出現させ空中を歩く。
宙を綱渡りのような感覚で歩く姿は少し危なかっしい。
レミィの姿を見るとインディスは驚き、窓に向って大きな声を上げる。
「何故お前がここにいる?!?」
「何故って・・・・・?ディードさんが呼んだからですけど?」
「俺の部下はどうした?何をしている!?」
「ああ。それなら下で蹲ってますよ?」
レミィの言葉を聞き、インディスは窓から身を乗り出し下を覗く。
そこには数人の奴隷達が呻き声を上げながら蹲り、1人の兵士は左手で右腕を抑えながら蹲っていた。
「なんだこの状況は!?それにアビタリスはどうした!」
「アビタリス?ローグンじゃなくて?。」
「ローグンはそこに転がっている!貴様アビタリスをどうした?ここに居た兵士だ!」
「そんなの知りませんよ?下に居たのは貴方の兵士が鍵を使って外に出した奴隷達と、あの黒い屋根の所に気を失っている弓使いの冒険者2人ですね。」
そう言うとレミィは冒険者のいる所に指を差し応える。
黒い屋根の付近に倒れているのは2人の冒険者、既に気を失っているのか武器を手放している。
「お・・・おのれ貴様ら・・・・こんな事してタダで済むと思うなよ!?」
「貴方達が襲ってこなければ私達は何もしませんでしたよ。」
「それが何だというのだ!黙って捕まって男達の慰み物になっていればいいものの、この私に盾を突くとは何事だ!?この貴族であり、いずれは偉大な名を遺すこのインディスの贄になる事を誉と思え!」
怒りに身を任せるように怒鳴り散らすインディス、だがレミィはその言葉に耳を傾ける事無く、虫をする形でディードに話しかける。
「ディードさん、そっちも大変そうですけど終わったらこっちに来てもらえますか?怪我人が多いので。」
「わかった、終わったらすぐに行くよ。そっちも気を付けてね。」
「は~い、それじゃ。」
レミィはそう言うと足元にあった兎の盾を解除し真下へと落ちて行く。
その様子を見ながらインディスは無視された事や自分の思い通りにいかなかったことに対しい、身を振るわらせ怒りを露わにしている。
「ご協力感謝します皆さん。手筈通りに動いてくれて助かりました。」
ディード達に顔を向け軽く会釈をするイーグ。
実はイーグは先程フォルが部屋から入って来た時、密かにディード達に風の魔法【風の囁き】でインディスとブラウに聞こえない様に風に音を乗せて彼等の耳に魔法を届けていた。
内容は《イーグとディードが芝居を打つ》と。
「即席の芝居を打たされるとは思ってもいなかったよ。」
「ふふふ、すみませんね。どうしても彼の自供がないと貴族を拘束するには時間が要してしまいますので、逃げられる前に・・・・・と思ってね。さて、色々とお話を聞かなければならない事がありますね?インディスさん。それにブラウ奴隷商・・・。場所を変えてお話するとしましょうか?。」
イーグとディードの即席による単純な手に引っ掛かてしまったインディスは、更に怒りを露わにする。
「黙れ!たかだがギルドのマスター風情で!?この偉大なる子爵である私にr声をかけるだけでもd大罪なのに!?それを・・・そrがd・・・・!?」
「かなり興奮なさってますね・・・先程から話がおかしな方向に言ってますが大丈夫ですか?」
「うるさい!?うるさい!うるるrrrさぁぁああ!!?」
最早視点すらも定まっておらず狂気に満ちた顔でインディスは拳をディード達に突き出し一気に魔力を注ぎ込む。
「き様ら全IN。私のかいわいにしいぇるるる!」
呂律も回ならくなりながらもインディスは変換の指輪に魔力ぎ込む。
「させるか!水獄!」
ディードはインディスの突き出した拳に狙いを定め、その周囲を取り囲むように水獄を形成し発動しようとしていた。
しかしインディスの指輪は魔力を注いでも怪しい光が現れる事は無かった。
「ディード君大丈夫だよ。もう彼にその力は無い、もう封じてある。」
「え?」
ディードの肩に手を置きイーグはインディスを見ながら話す。
「さっき君が水の魔法で封じたように、私もこの部屋に来た時、彼の指輪に魔封じの魔法を掛けておいたのさ。・・・と言っても、もうその指輪は限界だったみたいだけどね。」
「限界?」
そう言うとイーグはディードの肩に置いていた手を離し指輪を指差す。
すると指輪は真っ黒く染まりあがり、ポロポロと欠片らしきものが落ちていった。
「あががががががが、うびわがぁあああ。」
魔力を注ぐの止め指輪が崩れさろうとするのを阻止しようと試みた子爵だったが、既に時遅く指輪は音を立てる事無く崩れ去り、黒い灰となり足元に落ちて行った。
「・・・・・ビク・・トリア・・。」
インディスはその一言を発した後、膝を地面につけ黒く灰になった指輪だった物を見つめながら動かなくなった。
「・・・・・死んだ?」
「いや、生きている。多分だが魔道具による反動だと思う。察するに思考を無理矢理変換するような精神系の魔道具は本人にも間違いなく負担は掛かるはず、それを使い続けて壊れかけの所に私達の魔法が指輪を崩壊、使い過ぎた反動でああなった・・・といった感じだろう。」
説明を終わるとイーグはインディスの所に歩み寄り膝を曲げ彼を見つめる。
彼は視線は指輪を見つめているが、口元から涎が垂れており先程までの悪態も付くことなく、本人が壊れた道具かのように動きが止まっている。
「これでは話どころでは無いな・・・。取りあえずは事情を知っているブラウ、君に話しを伺おうか?。」
「ヒ、ヒィィィ。」
部屋の隅で小さく縮んでいたブラウはイーグと視線を合わせると、その場で小さな悲鳴をあげる。
彼にはこの後、自分の身に起こりうる事を予測してなのか身を震わせていた。
「奴隷商が部外者に鍵を渡すという事は、絶対にあってはならない事。それを分かっているよね?」
「あ、あの・・・私は脅されて・・・そ、そう脅されていたんです!?」
「悪いけど嘘は通用しないよ?私はこの数日間、フォル・・・私の精霊にこの場所を監視して貰っていたんだから・・・・もうすぐ憲兵も私の出動要請に応えてきてくれると思うからゆっくりと落ち着いた場所で話をしようね。」
涼やかな笑顔とは裏腹に圧をかけるイーグに対しブラウは恐怖で顔を引き攣らせ、さらに小さくなり身を震わせていた。
「取りあえず、この書類は私が預かる。ライーザ君申し訳なかった。」
「イーグ様・・・。」
「私は君が操られている事に感づいていたのだが、貴族相手に証拠無く動く訳には行かなかった。すまない。」
借金のやり取りが書かれていた羊皮紙を力いっぱい握りしめ、ライーザに深く頭を下げるイーグ。
「いえ、お顔をお上げくださいイーグ様。貴方は何も悪い事はなさっておりません。こうして私は元に戻れるのですから気にしないでください。」
「だが、それだけでは気が済まないのだ。私は君に借りがある、それすらを返さずにさらに困難な目に遭わせてしまって・・・申し訳ない。」
「借り・・・?いえ、私は何も・・・・」
困惑するライーザに対し深々と頭を下げ続けるイーグ。
これでは埒が明かないとディードは言葉を挟み込む。
「取りあえずこの場はイーグさんに任せて俺達は外へ行っても平気ですか?」
「・・・ああ、この場は任せてくれ。色々と世話になったねディード君。」
「お礼は結構ですよ。この後ギルドが忙しくなりそうだし。」
「戻って来たばかりのギルド職員をあまり虐めないでくれ。」
「ええ、2日程かかる量までにしておきますよ。それじゃ。」
そう言うとディードはリリアとレミィのいる所へ1人向かう。
その姿を見送るメイとリンは少し戸惑う。
「2日程の量って・・・・もしかしてあの魔物を全部売るんじゃ・・・?」
「あの量を全部売ったら2日で済まないと思うわリン。一応は抑えてくれるみたいね。」
「・・・・もう少し残業の日々が続きそうだな。」
メイとリンはディード達と一緒に挑んだダンジョンで狩った魔物達の量をある程度把握していた。
その量を想像した途端、鑑定する職員達の阿鼻叫喚の顔を想像してしまい心の中で手を合わせていた。
「あ、来た来た。ディードさん。」
「意外と早かったわね。」
「うん、そっちも・・・・色々大変だったね。」
ディードが1階へと降り店の外に出てくると、そこから入って来る景色は異様な物だった。
奴隷だった男達は足に酷い火傷を負い、呻き声をあげならその場に蹲っている。
インディスの兵士は右腕を左手で抑え、泣きながら必死に痛みに耐えている。
その他にも大きな打撃痕を喰らい気を失っている者や屋根の上で大の字になっている冒険者風な姿も見受けられた。
「一応説明聞く?」
「お願いします。」
「まぁ見れば分かると思うけど、そこの兵士がこの奴隷達の鍵を持っていてね、私達を襲うおうとしたの。多分人質にするつもりだったのかしら?だから地面を焼いて足を焼いてやったわ。
その他にも私の後ろを取ろうと、回り込む奴らをレミィちゃんが蹴りで吹き飛ばしたり、矢を放って来る奴らに対応したり、それから空を飛べるようになったわ。」
「・・・・なるほど、それは大変だったね。それでそこの兵士は?。」
「なんか叫びながら私に斬りかかって来たから、利き手を斬ってやったわ、一応繋がっているとは思うけど血止めだけしておいてくれる?後、他の奴らもある程度でいいから回復をね。多分正気じゃなかったと思うし。」
「了解。」
リリアの要望に応えるべくディードは次々と奴隷達を回復魔法で傷を癒していく。
そして最後に泣きながら手を抑えている兵士にも回復魔法を掛けていると、西区の入り口の方からゾロゾロと憲兵たちはやって来た。
憲兵たちは素早くディード達を取り囲むと、いつでも戦闘に入れるよう武器に手をかけている。
その中から一人の男がディード達の前に歩んでくる。憲兵の隊長なのか、白髪交じりの少し年を取った憲兵だ。
「そこの君達、パーティー虹の翼の3人で間違いないか?」
「ええ、合っています。憲兵の方々ですか?」
「ああ、ギルドマスターイーグの要請によりここへとやって来た。私の名はゼスと言う。マスターイーグは中か?。」
「ここに居ますよ、ゼス。」
ディード達が振り返るとイーグは店の中から出て来る。
その後に続くようにメイ、リン、ライーザが後ろについて来た。
「イーグ殿、無事か?」
「見ての通りです。詳しい話は歩きながら・・・・そしてここの奴隷達とそこの兵士達を、後は2階にいる奴隷商とインディス子爵の身柄を確保してください。」
「・・・・わかった。皆の者、聞いての通りだ。奴隷達を詰め所の牢屋へ。子爵様は丁寧に扱いしろ。」
ゼスの言葉に返事をし、憲兵達は指示通り動き始めていき奴隷達を立たせては縄に縛り1列へと数珠繋ぎに結んでいく。
抵抗する者が居なかったのが幸いしたのか、あっという間に奴隷達は連行されていった。
「さて、私達はこれで失礼するよ。ディード君、また後程。」
「ええ、マスターイーグ。また。」
ゼスと共に今回の出来事を説明しながらイーグは去って行く。
「疲れた~。」
「そうね、取りあえずお疲れ様かしら?。この後どうするの?」
「ギルドに言って素材を買い取って貰おう。鑑定は1日じゃ終わらないくらいの量を持ち込むから俺達は食事に行こうか。」
「そうですね。それで時間が余るなら少しお昼寝したいかも・・・。」
奴隷達が運ばれて行く間、ディード達は見る事しかしていなかった為か少し眠気が差し込むレミィに対し、リリアが面白そうに茶々を入れる。
「レミィちゃん、ディーはそんなに寝かせてくれなかったの?悪い男ね。」
「いえ、そんな事無いです。私の事を優しく・・・・・って!何言わせるんですか!?」
レミィが昨夜の事を思い出し顔を赤く染め上げると、リリアはそれを面白がり、仕返しと言わんばかりに、ギルドに着くまでレミィをいじり続けた。