第132話 ルビアの薬再び
「ライーザさんがどうした?」
「兎に角酷い状況なんです、説明するより見て貰った方が!?」
「早く、早く来てください!?」
「お、おぃこっちもそれ所じゃ・・・」
「いいから!いいから!」
ディードの腕を掴み強引に話を打ち切るメイ。早くと涙目で焦るリンにディードは戸惑いながらも部屋を後にする。
それを目にしたインディス子爵は、後を追うように席を立った。
「そっちは任せた、必ず生け捕りにしろ。奴の隙を作るのに打ってつけの材料なのだ。」
「・・・・はっ!」
後をゆっくりと追うインディス子爵、その様子を見送る無表情な兵士は窓に目を向けると、その視線の先には今まさにリリアが魔法を地面に向って放つ瞬間だった。
ドン!という音を共に地面が扇状に赤く染りはじめる。それを見た兵士は誰も居なくなった部屋で一人呟く。
「自分の力量と相手の力量を見誤るとは・・・所詮小物か。やはりあの方に報告しておくべきだろう。・・・奴等は危険だ。」
そう言い残すと兵士もまた部屋を出るのだった。
メイに手を引かれディードは奥へと進む、階段を降り始めた頃から汗や血、脂や糞尿などの不衛生な匂いがディードの鼻腔を刺激する。
周囲を見渡すと、売れ残りの奴隷なのだろうか、目に焦点が定まっていない女性の奴隷や、片腕のない奴隷など、雇用され直ぐに仕事に取り掛かるには時間のかかりそうな奴隷達が数人項垂れている。
顔を訝しめながら進み一番奥の鉄格子にブラウと奥にはイーグがライーザの手を取り何か呪文を唱えている。
数日ぶりに彼女にあったディードだったが、その変わり果てた様子に言葉を無くす。
彼女の右半身は呪いにより真っ黒く衣服すらも染め上げている。
数日湯あみや風呂などに入っていなかったのだろう、彼女からは据えた香りが匂って来ており、髪もボサボサ、顔も生気がなく一点を見つめている。
そして壁に貼り付けられている鎖が彼女の両手の自由を奪い張りつけディードの前世の世界の聖人を彷彿させるような恰好だった。
「一体これは・・・・?。」
「かなり酷い状況で数日過ごしていたようだ。呪いの進行状態も酷い、早く教会に行って措置をしないと、このままだとライーザ君は死んでしまうかも知れない。」
「ライーザ様、私が分かりますか?リンです。返事してください!?ライーザ様。」
メイやリンの問いかけにも反応を示さずただ一点だけを見つめている。
「呪いのせいなのか、何をしても彼女は反応を示さない。それに自ら幽閉されに行ったとは言え、この状況はおかしすぎる。一体何が・・・・?」
「それは、彼女が自分の罪を認め懺悔しているからなのですよ。」
ディードとイーグの会話にインディス子爵は割って入って来る
その顔はまるで勝ち誇ったように薄っすらと笑みを浮かべてながら話し出す。
「一体何をした?」
「はて?何の事でしょうな?ライーザは自分の罪を認め、私に懺悔し、主君を変える事で自分の罪を洗い出し、新たな人生を歩むと決めているのです。」
「ライーザさんの罪?一体?」
「彼女のは自分の父と計画を実行し、自身の兄を殺めようと計画を立て実行をしようとした。その事に気づいた私は彼女を説得し、己の過ちに気づいた彼女は自らの罪を償う事で新たな人生と主君をえるというのだ。」
「嘘です!?ライーザ様はそのようなことは一切致しません!?」
「そうです!ライーザ様はハヴィ様に仕え、民の生活を守る事だに注力していました。そんなデタラメ信じられません!?ですよね?ライーザ様!」
恍惚とした表情でインディス子爵は途方にも無い事を話す。
勿論それは嘘であり、メイとリンが反論する。
「ライーザ様を返して頂きます!?」
「そうです、借金は清算させて頂きます。」
「そうですか、貴方達が言うのであればそれはそれでいいと致しましょう。借金を清算させた後、彼女は何処へ向かうか楽しみだな。そうだろ?ライーザよ。」
インディス子爵の問いかけに、ライーザ少しだけ反応し小さな声が聞こえて来る。
「・・・・はい、わ・・・たしは主・・を変え、インディス・・・様に仕え、生涯変わらぬ忠・・・誠を・・・」
「ライーザ様!、一体何を言うんですか!?」
無機質な声で途切れ途切れに話すライーザにメイとリンは彼女を揺さぶる。
小さな声は無情にも彼女達の望まない言葉を口にする。
身体の傷ならディードは魔法で治せるが、呪いや思考は魔法では治せない。
どうすべきか考えている最中のディードにアイリスから念話が届く。
『ディー。』
『なんだ?アイリス?』
『ライーザに直接念話を送ってみても反応が無いの。完全に遮断されているみたい。』
『遮断?』
『ええ、心を壊されているとしか言いようが無いわ。何かを考えようとしても無理矢理思考を変更されられている・・・・と言うかほとんど傀儡状態ね、マズイわよ。』
『彼女はそんな状況なのか、身体の傷は俺が魔法で治せるけど、心の方が無理だぞ?』
『ディー、あの薬を使いなさい。ルビアに貰った薬よ。』
『完全回復薬か・・・』
それは異世界で出会った16年後の未来から来た自分の妹であるルビアから手渡された黄金色の霊薬の事をアイリスは示唆している。
2本の内1本はディードが飲み、その効果は身をもって証明している。
ディードはアイテムボックスから金色に輝く薬を取り出しライーザに近づく。
その様子を後ろから見たインディス子爵は、勝ち誇った様に話す。
「無駄だ、何をしても彼女の忠誠は私の物だ。ハヴィという悪から救ったこの私に忠誠の言葉を捧げるのだ。ライーザよ。」
「・・・私は・・・。」
「ライーザさん。これを飲むんだ、回復薬だ。」
「ならぬぞライーザよ。私の命令に従え。」
ディードは取り出した回復薬をライーザに飲ませようとするが、彼女は消え入りそうな声で何かを途切れ途切れ話す。
無理に口に含ませたのだが、彼女は飲み込む事もせずにただ話ながらその薬を出してしまう。
意を決したディードは一言ライーザに謝罪する。
「ごめん、ライーザさん。」
自身に回復薬を含みライーザに口移しで回復薬を流し込む。
一気に回復薬を流し込むディード、ライーザはインディス子爵の命令通りに拒むのだったが、ディードの勢いに抗えずに回復薬を飲み込む。
コクリと少量を飲み込む。するとライーザから抵抗する気配が無くなり動きが止まる。
少量でも薬の効果が出たのか、少しづつだがライーザの瞳に光が戻って行くのをディードは見逃さなかった。
回復薬を口に含んだディードが2度目の口移しをした時に、ライーザは完全に意識を取り戻す。
「・・・・・!!??」
それは彼女にとって初めて異性との口づけであり、彼女自身に衝撃が走り抜ける。
(キキキキキキス!?私が?しかもこの人はディード殿!?生きておられた?)
混乱するライーザ。
だが彼女は抗う事はせずにディードの口から移ってくる回復薬を飲み込む。
そして薬を飲み込む度に自身の身体から力が湧き上がるのを感じ取っている。
「さぁ、ライーザよ。お前は私に忠誠を誓い、剣を捧げると答えるのだ。」
「私はハヴィ様を敬愛し、その剣を生涯捧げると誓っている。決して貴殿ではない!?」
「な!?」
「「ライーザ様!?」」
メイとリンが歓喜の声をあげる。力強く強い意志がこもったライーザの声。
その声にインディス子爵は驚きの声を上げた。
「どうやって?、き、貴様何をした?。」
「何って?正気に戻る為の薬を飲ませただけだ。」
「それにしては意識が戻るのが早すぎる。それにその腕はなんだ?」
「腕?」
ライーザは自身に腕を見る。
彼女の右腕は先程まで真っ黒に染まりあがっていた腕が、いつの間にか黒い腕は無くなり、傷の無い白く透き通るような腕に生まれ変わっていた。
「呪われていた腕が・・・・?ディード殿、貴方一体私に何を飲ませた?」
「伝手で手に入った完全回復薬だ。その様子だと身体だけじゃなく思考もハッキリとさせているね。良かった・・・。」
ほっと胸を撫でおろすディード。
ライーザと視線が合う、先程まで治療行為とはいえ口移しで薬を飲ませていたことを思い出し互いに赤面し離れる。
ディードは頬を指で掻き、ライーザは視線をしてに向け顔を赤らめている。
「ふ、完全回復薬だと・・・・?どうしてお前の様な冒険者が・・・?そ、それにその回復薬の価値を知っているのか?金貨1万枚でも手に入るか怪しい品物だぞ?」
「貴方にそれを話す義務はない。ライーザさんはまだ貴方の奴隷ではないだろ?それに俺が出した薬をどう使うのは俺の勝手だろう?」
「ふ・・ぐ・・・・ぐっ。」
苦虫を嚙みしめたようにインディス子爵は苦痛に満ちた表情をディード達に見せる。
(この男は危険に過ぎる。多少を無理をしてでも、最悪こいつだけでも手に入れさえすれば、ハヴィへの復讐もスムーズに出来る。やるなら・・・・・今しかない!)
多少の犠牲を払ってでもディードを手に入れれば、有意義に物事を運べると確信したインディス子爵は自分の指輪に魔力を込め始める。
それは禍々しく感じる程の紫色の光はやがてディードに襲い掛かろうとしていた。
「ディードよ、これを見ろ!?」