第129話 生きている証
――同刻――
「失敗だと・・・?」
「は・・・はい、恐れながらもうし――」
襲撃の失敗の報告の最中、インディスは部下にワインの入ったグラスを投げつける。
足元で割れたグラスは瞬く間に飛び散り周りに広がる。
赤いワインはまるで血溜まりの様にも見え、報告をしてきた男のこの後の未来を予測するかのようだ。
この男はビークと同じくディードの策略に嵌り捕まえられたもう一人の兵士、名はデオという。
デオは震えながらも俯き、インディスの叱責を受けていた。
「よくノコノコと私の前に失敗を報告しに来たな。それ相応の覚悟は出来ておろうな?」
「し、しかしながらインディス様。どうしてもお伝えしたい事を思いまして・・・。」
「伝えたい事?・・・申せ。」
「は・・・。スカーレット騎士団の女二人はギルドにて駐在中。こちらの襲撃は難しいと判断し、彼女等の雇った3人組を襲撃しようと企てました。
その3人組の中で特質すべき者がおりまして・・・。」
「ほう・・・。」
「その者は冒険者の身でありながらアイテムボックス持ちであり、複数の魔法を使いこなせる神官、賢者の能力を持っておりまして。この者にやられましたが、こちら側に引き込めればかなりの利になるかと・・・・。」
デオは恐る恐るディードの事を話す。
それは昼間ディードがアイテムボックスを使い買い物を歩き回っていた事、その内容量はかなりの量が入る事が判明しており、さらには集団の動きを楽に止められる程の魔力を保有している事、そしてリリアとレミィの能力を話していた。
その報告を聞いていたインディスは他の部下に新しくワインを運ばせ、飲みながらにわかに信じ難い報告を耳に入れていた。
少し目を閉じ考えるインディス、瞳を開くと同時に重い口を開く。
「信じられんな・・・。」
「で、ですが本当に見たのです。アイテムボックスはそれは数多くの物を入れておりました。そして奴らは明日大金が入るから馬車を買うとまで・・・そして。」
「そうじゃない。その者達が冒険者をやっている事だ。普通に考えればどこかの貴族か王族に使えているはずだ・・・・・・。冒険者など日銭を追いかける低俗な事よりもっと他の事で金が稼げるはずだ・・・。」
「私達も調べましたが、ここに来てまだ1月も経っておらず先日Cランクにあがったばかりだと先程知りました。」
「それだけの魔法が使えればCランクなど楽になれるだろう・・・・。今まで何処にいたは足取りは掴めているのか?。」
「残念ながらそこまでは・・・。」
デオを渋い顔をしながらインディスに報告する。
再び目を閉じて考え込むインディスにデオは話をかけられず沈黙が流れ始めていた。
1~2分程考え込んでいたインディスはゆっくりと瞳を開け口を開く。
「デオ、センガはどうした?。」
センガはビークの本当の名である。冒険者崩れの男達を雇う際、偽名を使い男達に接近していた。
「センガは捕らえられましたが、後に開放され一人で奴らを始末する算段に取り掛かっております。」
「全員撤退するように伝えろ、お前は潜ったセンガを見つけ出せ。その3人組の男の名は確かディードと言ったな。」
「は、はい。」
「随分と利用価値がありそうだ。どうせ明日会う事になるだろう、罠だとしてもこの力で私が直々に引き入れてやる。」
自分の指に嵌められた指輪を見つめながらインディスはそう言い放つ。
その顔からは獲物を見つけた獰猛な笑みを浮かべる猛獣のようにも見えた。
「いかに強いといっても、この変換の指輪の前には敵では無いわ。アレのようにな。いいぞ、ついに私にも運が回って来たな。行く行くはこの国を担う・・・いや国を滅ぼしあの御方の元で悠々と暮らせる日が来るかもしれんな。
ふ・・・ふははははははははははははははは。」
狂ったように高笑いする姿に指輪は怪しく光っていた。
――――
――
「ど、どうぞ・・・。」
「あ、ありがとう。」
緊張した面持ちでディードに持って来た酒を注ぐレミィ。
そのオレンジ色の酒は以前飲んだスクリュードライバーに似ているが、度数を下げ果実を多めに入れており、飲んでも酔い潰れる事は無さそうに感じる。
「それで・・・リリアに言われここに来たと?。」
「はい・・・今夜ならディードさんに・・その・・か・・可愛がって貰えると突然言われコレを持たさせれドアを閉められました。」
酒を胸に抱き、顔を真っ赤にさせながらレミィはディードに伝える。
その様子を見たディードは、そのレミィの可愛さに見惚れながらもなんとか自制心を保とうと自分の足を抓る。
「だめ・・・でしたか?」
「いや、突然の事で驚いている。てっきりリリアが来るもんだとおもってしね。」
「やっぱり、リリアさんの方が良かったですか?。そうですよね、リリアさん綺麗だし胸も大きいし。」
しょんぼりとするレミィ、ディードは自分の失言に気づき慌てる。
「ち、違うよ?レミィちゃんが悪いとかそんなんじゃないんだ、レミィちゃんはレミィちゃんだけのいい所も一杯あるし、今だってこんなに詰め寄られたら押し倒したい衝動を我慢している位なんだから。」
泡目ふためくディードを見つめていたレミィは、その大袈裟とも見れる動作がなんとも可愛く、それでいておかしく思え思わず笑ってしまった。
「ふふふ、ディードさん。そんなに慌てなくてもいいですよ。」
「ご、ごめん、なんかテンションあがちゃって・・・。取りあえずお酒飲もうか。」
ベットに腰を掛け横並びに2人は酒を飲む、オレンジ色の酒は喉を通ると、柑橘系特有の爽やかさを後に残していく。
「そう言えばこうやって2人きりで話すのも久しぶりだね。」
「そうですね。あの異世界の時以来でしょうか。」
「うん、あの時はレミィちゃん本当にありがとうね。」
「いえいえ、私なんて大した事してないですよ。」
「あの時は本当にどうでもいいや、って感じになっていたんだ。あの時レミィちゃんが傍にいてくれたからこうして居られると思う、本当に感謝しているよ。」
異世界に飛ばされた時ディードは前世の死にリリアとレミィが関わっている事を思い出す。
「聞いてもいいですか?」
「うん。」
「あの時、ディードさんに何が起こったのですか?」
「・・・・そうだね、レミィちゃんに話してなかったね。リリアもこの話を聞きたくて夜訪れたんだっけ。」
「そうなんですか?」
「・・・・うん。聞いてくれる?」
ディードはあの異世界で起きていたことを正直に話した。
前世の自分の死にリリアとレミィの2人が関わっていた事を正直に話しす。
それを聞いていたレミィは身体が凍てつくような感覚に襲われる。
「わ、私がいなければ・・・ディードさんは死ななかったかもしれない・・そうしたらまだあっちの世界で生きられたかもしれない・・・でも・・・でも・・・」
絞り出すように言葉を紡ぐレミィ、自分がいなければ前世のディードは生きていられたのかも知れない、でもそうしたらこの出会いは無く今の私は無い。
でも、でもと次々と出て来る不確定な予測の中、罪悪感と自己嫌悪に襲われそうになった時、突如ディードに優しく肩を抱かれ身を引き寄せられる。
ディードの身体は温かく、レミィの身体にじんわりとその温もりが伝わってくる。
彼の心臓の鼓動が聞こえ生きている事を感じる事が出来る。それを確かめるようにレミィはディードの身体に身を寄せる。
「正直に言えば前世はただ死を待つだけの生活だったよ。魔物に襲われる心配は無かったけど、先の全く見えない日々に心が少しづつ削れててね。
あの日ファグやアイリス、リリアやレミィちゃんが偶然とはいえ救ってくれた。
これだけは絶対に間違っていないと言える。
レミィちゃん。俺の事を救ってくれてありがとう。」
「ディードさん・・・」
優しく力強い言葉にレミィは安堵し、瞳から大粒の涙が溢れ出し嗚咽をもらす。
ディードはレミィが泣き止むまで無言で抱きしめていた。
彼女のすすり泣く声だけが部屋に木霊する。
「ディードさん、お願いを聞いてくれますか?」
泣き止んだレミィは突如ディードにお願いする。
「なんだい?」
「私にディードさんが生きている証をください・・・・抱いてください。」
意を決しレミィはディードを見上げる。
潤んだ翡翠の瞳は真っ直ぐ彼を見つめて離さなかった。
その思いに応えるべくディードはレミィに口づけを交わす。
仄かに香る柑橘の香りが彼女から漂ってくる。
「大好きです、ディードさん。」
「俺もだよ、レミィちゃん。」
その夜、2人の初めての愛の語らいは夜明けまで続いた。